「俺も命を懸けてやるから、お前らも死ぬ気でやってくれ!」 株式会社ホットリンク 取締役C.O.O 成瀬功一郎

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株式会社ホットリンク 取締役C.O.O
成瀬功一郎

1970年1月14日生まれ 神奈川県出身
米国ピアスカレッジ卒業。帰国後、サービス業を経て、1997年に株式会社オプト入社。各部門の責任者を歴任。2006年より株式会社ホットリンク非常勤取締役を兼務、2007年より同社取締役C.O.Oに就任。


COOまでの道のり

 オプトに入社するまでは、ずっとサービス業に従事していました。米国留学中も、ロスアンゼルス郊外の寿司バーで約5年間アルバイトをして、帰国後も青山の高級イタリアンレストランで2年間ギャルソンを務めたり、夜の世界に入ったりしました。

 とても厳しい世界でしたが、異例の大出世により3か月で小型店舗の店長となり、全店舗の中でも営業利益率No.1を達成したりして、とても楽しかったんです。その後六本木にも、当時日本で一番大規模な新店舗を出したのですが、激務がたたって1年で体を壊してしまい、それをきっかけに水商売からは足を洗いました。
  ちょうどその時、1997年の夏頃ですが、B-ingという雑誌に、オプトが創業以来、1回だけ見開きの求人広告を出したことがありました。

 応募した理由は、昼間の仕事がよかった(笑)というのと、あと人に命令されるのがそもそも嫌いなので、大企業ではなくベンチャー企業がいいな、という漠然とした基準で何社かアポイントをとってみたんです。その中で、1社目の面接がオプトだったんです。面接で鉢嶺さん(現・オプト代表取締役社長CEO)に「他の面接はもう受けないでくれ」と懇願され、熱意に押されてその場で入社許諾してしまったという訳です。
 
 当時のオプトは、社員10名ほどのFAX-DMの会社でした。オフィスへのFAX普及率がほぼ100%になった時代で、対象企業を絞って、集めたFAX番号に対しててDMを一斉同報するというダイレクトマーケティングサービスの営業をしていました。僕がいわゆる営業マンだったのは、FAX DMの時代だけなんですよ(笑)

 オプトには約10年間在籍していて、営業部門やマーケティング部門の責任者を経た後、ホットリンクに転籍しました。

 2005年の末に、オプトがホットリンクへ資本参加し、ホットリンクが連結子会社になったんです。2006年から1年間、社外役員としては経営に参加していたのですが、海老根さん(現・オプト取締役会長)と、内山さん(現・ホットリンク代表取締役社長)からも「専属でやって欲しい」とダブルオファーがあったので、二つ返事で引き受けました。

 そして、オプトからの出向ではなく、転籍を条件にしていただきました。ホットリンクの社員からしてみれば、親会社から出向で来て、いついなくなるかわからない役員に対して命を預けられないだろうと思ったんです。社員達に「俺は上場企業の経営幹部という安定したポジションを捨てて(ストックオプションも放棄して)来たんだ。俺も命を懸けてやるから、お前らも死ぬ気でやってくれ!」って、格好つけたかったんですね(笑)。

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CEOは『選択』、COOは『集中』

 僕は、CEOは『選択』をする役割、COOは『集中』をする役割だと考えています。
 
 「我々はどこに進むのか?」、は最終的には内山さん(CEO)が決める。僕はそれを「どうやって進めればいいのか?」、を決める。ちなみに、僕と内山さんは得意領域が全く被らないんです。
 
 内山さんは東大の博士課程の途中で起業しているので、サラリーマン経験がない。が、その代わりサラリーマンには出来ないぶっ飛んだ発想ができる。僕は、10人の会社が上場して数百人の会社になっていくまでの、サラリーマンとしての長い管理職の経験があるから、会社の成長過程においてどのような弊害やトラブルが起きるか、という事を良く判っているんです。
 
 「成瀬さんが何で技術の会社なんですか?」とよく昔からの知人に聞かれますけど、技術の会社こそ、オーナーではないプロ経営者が必要だと思っています。これまでシステムの受託開発が売上の100%だった会社が、ASPの売上が全社売上の8割以上を占めるような会社になったというビジネスモデルの大転換は、第三者が、信念と背景的な権力を持って断行しないと実現できないんです。だから私は苦しい時期もカルロス・ゴーンになったつもりで頑張ったんです。(笑)
 

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今、チャレンジしていること

 我々が掲げている目標の一つに「2015年までに社員の平均年収を1,000万以上にする」というのがあります。これには様々な意味が含まれていて、一つは、それに見合った能力の人材しか生き残れない、というメッセージです。また、皆が色々な事業アイディアを考える際にも、必ず継続性が高く、且つ高収益な事業でないとダメだということだったりします。
 
 これは、何か物事を決定したり、採用を決めたりするときに、ベースとなる考えになるんです。「こいつは将来年収1,000万円とれるエンジニアになれるのか?」とか考えながら、採用も決めたりしています。
 
 採用で絞った後は充実した社内研修によって優秀な社員の育成に励んでいます。外部研修を取り入れることもあるし、僕が講師をやることもあるし、オプトの経営陣に講師をしてもらったりもします。全てのエンジニアが、戦略やマーケティングの研修も徹底的に受けています。

 僕はエンジニアにはなれないし、本当のエンジニアの気持ちはわからないのかも知れないけど、僕が確実にわかっているのは「ただプログラムを書けるだけのエンジニアは将来必要なくなる」ということだけです。だから、ちゃんと企業の経営者や幹部と、戦略とかマーケティングという視点で、少なくとも同等に話ができるようなエンジニアでないと価値がなくなり、アジアの安い労働力にどんどん職を奪われていくんだから、と社員を半ば脅してます(笑)。

 当初は社員からの抵抗も予想しましたが、皆必死で勉強しています。結果として、社内の議論レベルもすごく上がりましたね。

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COOを目指す方へ

 世の中のほとんどの人は、大企業で管理職を経て、その先に経営者という職があると考えているようですが、僕はそれは違うと考えています。求められる資質も全く違うし。管理職はあくまでも『部分最適』を考えますが、経営者は『全体最適』を考えるものです。アプローチや考え方がそもそも全く違っているんです。稀に両方できちゃう人もいますが、それはたまたまその人にセンスがあったというだけです。
 
 僕は幸い、オプトの経営陣の方針で、経営者育成研修をずっと受けてきたんです。2000年頃からいつも、「経営者とは?」みたいなことを毎日考えてきましたし、成功した経営者が書いた本をたくさん読む、というのを10年近く積み上げてきています。そのおかげで、僕の中では躊躇することなく『部分最適』から『全体最適』に考え方を切り替えられたのだと思います。
 
 もしこれから経営者を目指したいと思ったら…、偉そうなことを言わせてもらうと、まずは10,000時間、「経営者とは?」ということを徹底的に考え抜くことではないでしょうか。僕の場合も、毎日3時間を10年以上続けているから、ちょうどそれくらいになると思います。これが出来ない人に経営者という孤独でタフな仕事は難しいと思います。

 

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