「IPOは単なる通過点」株式会社イグニス 取締役CFO 山本彰彦

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Q: 公認会計士の資格を取られて、最初は監査法人に入られたんですね。

 はい、監査法人には5年ほどいました。監査法人の中でも、コンサルティングなどではなく、いわゆる「会計監査」に携わっていて、国際事業部というところで、主にナショナルクライアントの会計監査業務を担当していました。

 監査に関しては、業務自体はそれほど嫌いではなかったのですが、結局、全然面白いと思えなくて。仕事として頑張ってやってはいましたが、のめり込むほど面白いと思ってやっていないので、自分の最大パフォーマンスはきっと出ていなかったと思います。キャパの8割で仕事をしているみたいな感じでした。監査業務が向いていなかったのかも知れませんね。それで、面白いフィールドがないかなぁ、と探していました。

Q: イグニスに入られた経緯は?

 たまたまご縁があったんですね。同郷で、中学時代の同じ部活の友人と飲んだときに、彼がたまたま友人を連れてきていて、それが銭(せん 株式会社イグニス・代表取締役社長)だったんです。お互いの近況を話しているうちに、銭が「じゃ、うち来ればいいじゃないですか」という具合で、即決まりました。

 当時、イグニスは資金繰りの面で苦労していました。約1年の開発期間をかけて、大きいプロジェクトを進行していたのですが、開発期間中は売上がたちません。内製と外注を合わせて20人ほどのエンジニアやデザイナーを抱えており、彼らの人件費を払うだけで相当な費用なので、この状況が続いたらヤバイな、と。ただ、数字だけ見ると、どう考えてもヤバイ会社ではあったんですが、中にいる人材を見ると、非常に優秀なエンジニアやデザイナーが揃っていたんです。しかも、銭が示す会社のビジョンに共感して皆が全力投球しているので、一体感がすごくて、会社の将来性を感じました。開発会社はエンジニアやデザイナーが財産なので、それをきっちりマネタイズまで結びつけられれば、絶対にV字回復するな、と思ったんです。

 

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Q: 最初から取締役として入られたんですね。

 

 はい、「いきなり取締役ってどうなんだ?」という話もありますが(笑)

 「最短でIPOをやってくれ」というのが私に対するオファーでした。

 会社の方向性の一つとして、「大きいチャンスがきた時に、一気に勝負がかけられる」というオプションが欲しかったんです。そういった時に、考えられる選択肢の一つに、「市場での資金調達」、を用意しておきたかったですね。いざお金が必要となった時に、迅速に市場から資金を調達して投下出来るような、そういったオプションが欲しくて、IPOをやろうと。もちろん、IPOはゴールではありません。最終的なゴールは、億単位の人が使うサービスを作ることですから。IPOは単なる通過点でしかないので、なるべく早くやってしまった方がいい。会社は大きくなれば大きくなるほど複雑になりますし、IPOするにもコストがかかってきます。そんな経緯もあり、「最短でIPOをやってくれ」というオファーがあったんです。

 

Q: 短い期間でのIPO準備は大変だったのではないですか?

 やってみて思うんですが、IPO準備は多分、会計士なら誰でもできると思いますよ。実際、意外と最短でできましたし。確かにやることはたくさんあって、とても忙しいんです。証券会社の審査と、東証の審査に必要な準備や作業量はかなりのものです。特に証券会社の期間中は、質問事項が500項目ぐらい出てくるんです。その納期がまた短くて、一気に回答していかなければいけないので、その時はさすがに会社の近くに泊まり込んで業務に集中しなければいけないこともありました。でもそれだけです。業務の量が膨大であっても、結構パワーで何とかなりました(笑)

 上場審査の書類準備などに関しては私が頑張ればどうにかなるのですが、難しかったのは内部統制の部分でした。これまでルールや統制が何もなかったところを、いきなり会社っぽくしていこうとするので、当然社内からの反発も多くあります。突然ルールがたくさんできることで、社員の自由度が奪われていくんですよね。

 たとえば、勤怠管理もそうですし、ものを買う前には稟議をあげて承認を得る、というのもそうです。「別に買ってダメと言っているわけではなく、必ず稟議をあげるルールになったので」と言っても、「いいじゃん、別にこれくらい」みたいなこともよくありますし、しつこく注意していくと、そこに感情が入ってきたりもするので。そういった内部の統制をきちっと作っていって、それをスタンダードとして定着させていく作業の方が大変でした。

 勤怠管理も稟議も、それをやる社員側の労力をできるだけ小さくとどめて、でも会社として絶対に譲れない最低限のラインはどこなのかを考えながら、という作業でした。最初から正解が見えているものではないので、正解を探りながら話し合いによって進めていきました。こちらからも、会社の方向性や、なぜ今これをやらなくてはいけないのかなどを説明し、社員からも「でも、これはどうしても嫌だ」といった意見を出してもらい、「じゃ、これだったらできますか」とおとしどころを決める感じです。

 

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Q: 管理部門のメンバー構成はどのようになっていますか。

 今は私を含めて5人です。一番初めは私一人で、その後、経理担当で一人、労務担当を一人採用しました。経理担当は採用当時は全くの経理未経験者、労務担当は前職の同僚で社労士の方で、労働基準法が得意な労務のプロです。この3人体制でしばらくやっていました。組織として職務分掌は必要じゃないですか。最低3人いないと記帳などもごまかせてしまうので、まずは最低限の人数を揃えた感じです。

 会計まわりは私が一人でやっていましたが、この3人でしばらく上場準備を進めて、2013年の12月と2014年の1月に2人会計士を採りました。経理も労務も新しく採用した会計士も皆、中高の同級生だったり、飲み友達だったり前職の同僚だったりと、実は全て身内から採ったメンバーなんです。

 

Q: 今、CFOとして注力されているのは何ですか?

 今はIRを力を入れてやっていこうとしています。CFOの役割は、会社のそのフェーズによって変わってくると思うのですが、上場前の準備期間の仕事は、主に管理部長なんですね。仕訳も見るし、開示書類も作るし、契約書も作るし、人との折衝もやるし、事業以外のことは自分で仕切ってやるくらいの勢いで何でもやるんですよ。そして上場準備を経て、ある程度管理チームが固まってくると、現場の仕事はチームメンバーがやってくれるようになります。

 上場後は、必要な時に必要な金額の資金調達ができるように、オプションを常に持っておくことが重要な仕事なので、例えば、銀行とのお付き合いも良好な関係を保たなければいけないし、必要な時に株式市場で資金調達できるということもオプションの一つなので、株価もある程度大切なんですよね。そのためには一定のIRは必要で、今後はそれを注力していこうと思っています。

 せっかく市場から調達出来るオプションができたので、いつでも自分の会社にお金を引っ張って来られるような状態を常に維持しておくのがCFOとしての役割だと思っています。マーケット環境が良い時はいいのですが、マーケット環境が悪くなってきたら当然自社の価値も下がってしまうと思います。しかしそういったところをIRでカバーしていくことなんかも今後の課題になってくると思っています。

 

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Q: 時価総額は予想通りでしたか?

 株価に関しては、今の株価が高いのか低いのか、そもそも適正価格がどこなのか、ということは市場が教えてくれるものだと思っています。ただ、まだまだIRのボリュームが不足しているので、株主の方々との情報の非対称性が少なからず存在するということは認識しています。これからは、ある一定のIRというか、株主の方々に対して、会社の状況をしっかりと伝えていきますので、それで適正な判断をして頂ければなと思います。

 

Q: ベンチャー企業のCFOや財務部門を目指す若い方々へのアドバイスはありますか?

 何をやるにしても、「やり切る力」って必要なんだと思います。
「やり切る力」って、自分が今置かれている環境でもどこでも培うことができます。私は監査法人出身者なので、監査法人の会計士に絞って言及させていただきますが、監査法人にいる会計士であれば、監査法人の中で自分に与えらえた仕事にフルコミットで仕事することです。そうすることで、自ずとIPO準備に必要な知識と経験を得ることができると思います。頑張ってやりきった経験は絶対に役に立つんです。
あと、ベンチャーに移るか移らないかといった話も、結局タイミングやご縁なので、そういったタイミングを大事にして欲しいですね。こうなったらどうしようとか、そんなこと考えなくていいと思います。フルコミットしてきっちり仕事してきたような人材でしたら、多分どこに行っても活躍出来るので、何とでもなりますよ。(監査法人で8割で仕事してきた私が言うのもなんですが、、笑)

 

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