監査法人からベンチャーへ転職。
1年足らずでIPOを実現したCFOの チャレンジの軌跡。
データセクション株式会社
取締役兼CFO 望月 俊男

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■略歴
1971年東京都杉並区生まれ。1995年法政大学経営学部卒業。1999年10月公認会計士第二次試験合格、朝日監査法人(現 有限責任あずさ監査法人)入所。2003年4月公認会計士登録。多種多様なクライアントに対し、会計監査、IPO支援、事業再編、M&Aデューデリジェンス、IFRSアドバイザリー、公益法人会計アドバザリー等の幅広いサービスに従事。その他、内部統制、グループ経営体制、オペレーション改善およびERPシステム等の構築プロジェクトに従事。
2013年3月データセクション株式会社入社。同社経営管理部部長を経て2014年6月より現職。準備開始からわずか1年足らずの2014年12月、同社を東京証券取引所マザーズ市場への新規上場に導いた。

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13年間の監査法人経験を生かし1年足らずでIPOを実現。

■御社は1年ほどでIPOを実現したとうかがっています。おそらくその裏には並々ならぬご努力やご苦労があったかと想像していますが、いかがですか。

上場を決意してからはいろいろな期限が否応なく迫ってきますから、そこにひたすら間に合わせるという積み重ねでなんとか乗り切った感じです。仕事量は多くて大変でしたが、難易度でいえば監査法人時代の仕事のほうが上でしたし、当時のきつさに比べれば何でもないと思いながら淡々と取り組みました。

データセクションに入社したのは2013年3月です。当時、「IPOは3年後ぐらいだろう」と聞いていたのですが、実際に上場したのは2014年12月でした。2013年の12月にCEOの澤(澤 博史データセクション代表取締役社長兼CEO)から「できるか?」と聞かれて。こういわれてやらない選択肢はないですよ。「周りのメンバーもいっしょに頑張ってくれるならやります」と伝えたところ、みんなも協力してくれるとのことでしたので。

 

■大きな初仕事になりましたね。

そうですね。それからはひたすら準備に明け暮れました。監査法人も正式に決まっていなかったので、12月中に急いで監査法人を決め、次いで主幹事証券会社を正式に決め、監査と引受審査が始まり、審査部に書類が回っていました。そして11月に上場承認をいただくことができまして。結果、1年足らずでのスピード上場となりました。

ただし、上場ストップに直結するようなミスだけはしないよう、ずいぶん気を遣いました。小さな会社でリソースも限られていましたから、目の前の業務に優先順位をつけつつ、最小限のリソースで確実に物事を進めることを心がけました。「命を取られるレベル」でなければ少々のミスには目をつぶり、最短で60点の合格ラインをねらうイメージですね。監査法人時代にIPO準備を経験していましたから、証券会社や監査法人の指導の意図がわかっていたのも大きかったと思います。

 

■あらためてうかがうとすごいスケジュールです。IPOが早まった直接のきっかけは何だったのでしょう?

同業他社が2013年10月に上場したことです。その直後、弊社に投資していたベンチャーキャピタルから「データセクションも上場しましょうよ」と勧められて。当時、ビッグデータに市場から大きな期待が寄せられていたことも背景にあったと思います。主幹事証券会社からも「フルサポートしますから頑張りましょう」といわれ、2014年正月明けから11月の上場承認までほぼ休み無しで準備をしました。

相当大変でしたが、結果的にはこのスケジュールで良かったと思います。同時期に上場したベンチャーが上場直後に業績予想を下方修正し、営業赤字に転落するという「上場ゴール」が問題となりました。スケジュールに遅れていたら、うちの上場は難しかったかもしれません。

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公認会計士試験に4度失敗。
合格をもたらしたのは社会人経験という「寄り道」。

■監査法人時代の経験がさっそく活きたわけですね。望月さんはそもそも、なぜ公認会計士を目指されたのでしょうか。

一浪したのに希望した大学へ行けず挫折を味わったこと、また卒業後の進路に危機感を抱いたのがきっかけです。都立の進学校に通っていて、一浪して早慶に、と思っていましたが、合格したのは法政大学の経営学部。暗い気持ちで入学式を迎えたことを今でも覚えています。

入学後も「卒業後はどうなるんだろう」と危機感でいっぱいでした。自分が成功できるイメージが全く持てないまま日々を過ごしていたところ、偶然、公認会計士という資格を知ったんです。当時はどんな仕事かもよく知らなかったのですが、聞くと難関の資格で、三大国家資格の一つだという。そこで「漫然と4年間を過ごしてはだめだ。これから頑張って公認会計士にチャレンジしてみよう」と考えたのです。

 

■すぐに公認会計士の勉強を始めたのですか。

受験勉強の終わった直後ですから、なかなかすぐに勉強を始める気にもなれなくて。2年間は大学に通いながら、ラケットボールのサークルで活動をしたり、ダブルスクールのための学費を稼ぐアルバイトをしたりしていました。3年生からようやくTAC(資格取得のための専門学校)に通い始め、本格的に公認会計士の勉強を始めました。しかし、すんなり合格とはいかなかった。ここからの道のりが結構長いんですよ。通算5回受験しましたから。

 

■そうだったんですか。

大学3年生の時から4年連続で受験したのですが、いずれも不合格で。アルバイトで専門学校の学費を稼ぎながらの生活だったこともあり、いつになったらこの生活が終わるのかと思うと気力が萎えてしまいました。お金も尽きてしまい、親からも「いい加減にまっとうな仕事に就きなさい」といわれて、言い返すこともできませんでした。

そこで、一度受験をやめて就職したんです。公認会計士の受験をあきらめて就職した先輩が勤めていた印刷会社で経理として働きました。しかし、やっぱり違うと思い、1年ほどで退職します。その会社で自分の成長するイメージがどうしてもわかなかったんです。

 

■公認会計士の合格前に事業会社で経理をされたというのは珍しいキャリアだと思います。
望月さんにとっては「寄り道」のようなご経験だったかもしれませんが、それがかえって良かったということはありますか。

おっしゃるとおり、一度受験勉強をストップして就職したのは正解でした。ひたすら受験勉強とバイトを続けていた頃には見えなかったものが見えてきましたから。つまり、社会人になると勉強する時間って意外と取れないんだなということです。それに苦しいとはいえ、自分の選んだ道を目指して一日中勉強できることのありがたさもわかりました。印刷会社を辞めて受験勉強を再開したのは10月でしたが、リフレッシュしたおかげか、そこから集中して勉強でき、翌秋には合格することができました。

 

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監査法人でのハードな日々。
「登山ガイド」から「パーティーのメンバー」へ。

■そして朝日監査法人、今のあずさ監査法人に入所されたわけですね。念願の公認会計士、さらに監査法人での仕事ということで毎日が楽しかったのでは。

ところがそうでもなくて。私が配属されたのは「第4部門」という大変ハードな部署で、毎週のように送別会があるような、人の出入りの激しいところでした。大手商社のチームに入れてもらったのですが、新米ですから担当するのはコピー取りやM&Aのデューデリジェンスの資料整理など、いわゆる雑用です。オフィスに常駐する使用人のような扱いで、ほとんど監査なんてさせてもらえません。

他部署の同期は事業会社に行って「先生、先生」といわれて監査をやっているのに……と思うとうらやましかったですね。仕事がハードな上に終業は毎晩22、23時頃と遅く、そこから飲みに行くような生活でした。

 

■2年目以降はいかがでしたか。知識も経験も蓄積され、可能性が広がってくる時期かと思うのですが。

2年目以降は化学品メーカーや石油元売会社など、大手の事業会社で監査を担当できるようになりました。4年ほど経つとインチャージもまかせてもらえるようになり、デューデリやIPO支援も経験します。主査として自分の担当した企業がIPOに成功した時はうれしかったですね。

ただ、IPO支援をする中でいろいろと感じることが出てきました。つまり、上場した事業会社にはリターンはあるけれども、僕らはどんなに一生懸命サポートしても監査報酬やアドバイザー費以上に評価されることはないということです。IPOを登山に例えるならば、僕らはどこまでいってもガイドで、パーティーのメンバーたり得ない。そういう意味で上場した事業会社の方々とは達成感がまるで違うと感じました。

公認会計士、特に監査法人の業務というのは規制産業で、チャレンジするといってもできることは限られている。自分もいつかは事業会社で仕事をしてみたい、チャレンジ重ねて成長したいという思いが少しずつ大きくなっていきました。

 

■監査法人には何年ほどお勤めになったのでしょうか。

13年ほどですね。41歳になっていました。ここでチャレンジできる可能性が今後どれだけあるのかと考えた時、外に出たほうがいいかもしれないと気づいたんです。

しかし、独立して会計事務所を立ち上げようとは思わなかったし、会計処理を突き詰めることにも魅力を感じませんでした。それに自分では監査業務よりマネジメントのほうに適性があると思っていました。事業会社で経験を積むほうが公認会計士の枠にとらわれないチャレンジができるかもしれないし、人脈もできるのではないかと考え、事業会社への転職を決意しました。

 

■事業会社が数多ある中で、あえてIPO前のベンチャーを選ばれたのはなぜでしょうか。人によっては「IPO前」「ベンチャー」という要素をリスクととらえる方もあるかと思います。

ひと言でいえば「ポテンシャル転職」をしたかったから、というのが理由です。もし上場できなくてもそれは経験になりますから、IPO前であることをリスクとは考えませんでした。CFOの席が空いているのも魅力的でした。

弊社も含めて4社から内定を頂きましたが、売上も待遇も正直いいましてデータセクションが一番下でした。しかし、その時が良くても私の入社後に成長が頭打ちになるかもしれないし、仕事が面白くないかもしれない。役員を目指そうにも、大企業だと上が詰まっていて可能性が狭まる。ポテンシャルのないところに入れば、その後の成長には限界があります。ですから、当時はビッグデータが未だ世間に広まっていない時代でしたが一番伸びる可能性のあった弊社を選んだのです。

 

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CFOは「CAO」。ファイナンスを見ながら内部統制も担当。

■データセクションに経営管理部の部長として入社され、IPOという大きな仕事を成し遂げられました。IPO準備中に取締役兼CFOに就任されていますが、上場後、仕事内容に変化はありましたか。

業務量が相当増えました。経理だけでなくIR、また人事や組織といった総務的な仕事も担当するようになりました。肩書きはCFOですが、ファイナンスというよりアドミニストレーションの役割が強いと感じています。CFOというより、CAOですね(笑)。

他社のCFOの集まりにもよく顔を出すのですが、だいたい皆さん、人事や組織の話ばかりしている。CFOというのは財務責任者というより管理全般責任者だと思うんです。GoogleやFacebookであればファイナンス専門のCFOというのもあり得ますが、弊社のような規模の会社であれば、ファイナンスも見ながら内部統制もしていくような「何でもできるCFO」が求められるのではないでしょうか。

 

■望月さんのお考えになる理想のCFO像がありましたら、教えてください。

上場承認をいただいた後、これからどうすればいいかと悩んでいる時に先に上場していたCFOのあずさの先輩からいわれたことがあります。「強い会社というのはナンバー1とナンバー2の差がない。」と。CEOの考える方向性の中で最適なバランスを見つけ、それを実現できるような役割を担えたらと考えています。なかなかそのレベルには至らないのですが目指して行きたいと考えています。

 

■IPOを実現した今、望月さんはこれから何を目指されますか?

本質的にはポジションにしがみつくことなく、チャレンジできる環境に常に自分を置き、より高い頂上を目指していきたいと思っています。弊社はマザーズ上場は果たしましたが、東証一部上場、時価総額1000億円達成という目標も持っています。

ふり返ってみると、上場するというのはすごいことなんです。世の中に4,000社弱ある上場企業の末席に座らせてもらっていることに感謝しながら、チャレンジし続けなければという責任を感じています。守りに入らず、リスクも取りながら仕事をしていきたいですね。

よく「リスクは取るから、報酬をください」という方がいますが、そういう方ってうまくいくことが多くはないように思います。それは報酬をもらうという時点で短期的な視点でリスクを回避しているからです。要は失敗してもお金をもらっているから大丈夫という、自分本位的な考え方に近いかもしれません。うまくいかないことがあっても、その経験を活かしてどこかで回収するというのが私のリスクの考え方です。今後もチャレンジすることを忘れないでいきたいと思います。

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