従業員や会社が不祥事を起こしたときのこと

従業員や会社が不祥事を起こしたときのこと
Pocket

当時中学生か高校生だった私は、深夜に地上波で放送していた、「新・スタートレック」というドラマを偶然見かけ、その世界に一気に引き込まれ、ファンになったことがある。

新スタートレックはアメリカのドラマで、宇宙船エンタープライズ号に乗ったクルーが宇宙を旅しながら様々なフロンティアを開拓し、時に敵と戦い、時に「正義とは何か」を問う、いかにも古き良き時代のアメリカドラマだ。
アメリカの全テレビドラマを対象に、その年の最優秀作を決定する、テレビドラマのアカデミー賞と言われるエミー賞を数次に渡り受賞するなどアメリカ人に心から愛されているシリーズでもある。

その時、私が偶然見かけたストーリーはこうだ。
主人公は、宇宙船エンタープライズ号の副長であるライカー中佐。
彼はある日、エンタープライズに思いがけないゲストを迎える。
それは、新人として初めて部隊配属になった宇宙船において艦長を務めていたプレスマン提督。
階級は中将にまで昇任しており、艦隊最高幹部の一人になっていた偉いさんだ。

プレスマン提督は、ある作戦の指揮を執るためにエンタープライズ号に乗船したが、その作戦の行き先も本当の目的も一切明かさない。
エンタープライズ号の艦長であるピカードは状況を明かすよう要求しその指揮命令に強く抗議するものの、状況は変わらない。

そのような中、ライカー副長だけはプレスマン提督から作戦の本当の目的を明かされるが、その内容は地球を含む惑星連邦が批准した条約を無視し、違法で強力な新システムの開発実験を行うというものであり、さらにエンタープライズ号クルー全員の命を危険に晒すというものであった。

艦長のピカードは、その異常な空気を察知し、ライカー副長に対し、プレスマン提督の本当の目的は何かと強く問うが、ライカー副長は「プレスマン中将から口止めされていて話せない」と答える。
ピカード艦長は大佐であり、軍事組織である以上、プレスマン中将の命令が優先されるということで、それ以上の無理強いはできない。
そして無謀な実験は、プレスマンとライカーの2人で着々と進められることになる。

その中でライカー副長は、尊敬するピカード艦長を裏切り、また大切な仲間であるエンタープライズ号のクルーを危険に晒すこの異常な任務に対し、命令違反を犯してでも阻止するべきかどうか、という命題に悩み抜くことになる。

そして最後の最後、ライカーはプレスマン提督の命令をギリギリのところで拒否し、ピカード艦長に対し真実を告白してプレスマンの違法な実験は全て中止になった。
さらに、プレスマンとともに違法な作戦を進めた罪で営倉(牢屋)行きとなるのだが、最後に勇気ある行動を取ったということで恩赦が下り、任務に戻ることができるという内容だ。

当時中学生か高校生だった私には、階級を無視し、キャリアを失うようなことになっても、尊敬する艦長に真実を告白し、大事なクルーを守ることを選んだライカー副長はヒーローそのものであった。
自分も大人になれば、どのようなことがあろうとも自分が正しいと信じる道を貫く勇気ある大人になりたい。
それが例え会社の上司であっても社長であったとしても、不正は許さず、また卑怯な真似をするような人間にだけはなるまいと、若い血を熱くして固く拳を握りしめ、エンドロールが流れるエンディング画面に見入っていたことをよく覚えている。

それから30年近くの時間が経ち、正義というものは立ち位置によって全く異なるものであるという分別くらいは身につけたが、それでも基本的な価値観は変わっていない。

しかしながらそのビジネスマン人生の中で、まさにこの時のライカー副長のような立場に立たされたことは数え切れないほどであったが、果たして私は、「勇気ある行動」に出たのか。
結論から言うとほとんどの場合、現実との折り合いをつけていたに過ぎなかった。

かつてライカー副長に目を輝かせ、その価値観に血を熱くした若者は、現実社会の中で随分と腑抜けになって、リスクに臆病なオッサンになってしまったものだと省みることしきりだ。

しかしそんな私でも、人の会社で取締役に就き経営企画室長やCFOを歴任し、あるいは自分で会社を起こして代表に就任すると、不思議なもので、「自分の正義」を貫くことを求められる場面が多くなった。
中間管理職のポジションにいれば、「自分のやり方」で仕事を進め、その結果責任も全て負うというシチュエーションになることは多くないが、取締役になり何らかの仕事で会社を代表するようになると、自分のマインドで仕事を仕切り、そしてその結果責任を求められることが多くなったと言うことだ。

こうなれば逆に、仕事を進めその決断を下す時には、合理性だけでなく、自分の価値観というものを曝け出し、それを部下に見せ、自分を理解させる必要が出てくる。
なぜなら、部下が仕事を進める上で何らかの判断に迷った時には、「あの人ならこう考えるだろうな」という、部下の立場での決断に自分の上司としての価値観を「忖度」させる必要があるからだ。

逆に言うと、仕事に対する明確な信念を持ち、なぜその仕事をしなければならないのか。
どのような価値観で仕事を進めなければならないのか、という哲学を示せないものは、会社の一組織はもちろん、どれほど小さな会社であっても、経営者として部下や従業員を率いるのは難しい。
だからこそ、経営トップや責任感のある取締役は、自分というキャラが気持ち悪いくらいに立っている人間が多く、どこまでもしつこく、自分の価値観を繰り返し語るものが多い。

今回の話は、そんな「ライカー副長ってカッコイイ」という青臭い価値観をいい年になった今でも持つ私が、20年に及ぶ経営者人生の中で遭遇した「組織内の不正」、あるいは「組織の不正」に対して、どう向き合ったのか、という話だ。
部下を信じて裏切られた事も多々あり、あるいは部下を信じなかったばかりに多くのものを失うなど、苦い経験と記憶が多い時間だったように思う。
人の命にかかわるような不祥事をやらかした者もいた。
私利私欲のためならなんでもやらかすとんでもない部下もいた。

しかし、客観的に明らかにおかしな行動をやらかして組織や家族、取引先に多大な迷惑をかけたような者でも、その行動には驚くほど、自分なりの合理的な理由と正当性をアピールすることも、時に印象的であった。

余談ついでだが、世界で最も売れた自己啓発本として有名なディール・カーネギーの「人を動かす」には、「相手の理を認める」という下りがある。
曰く、どれほど凶悪な犯罪をやらかした死刑囚であっても、自分が悪いことをしたと思っている者はまずいないという内容だ。
拘置所などに収監されている死刑囚に実際にアンケートをとっても、自分は社会に抑圧されて罪を犯さざるを得なかった被害者であると考える死刑囚が圧倒的に多いというものであり、ほとんどの場合、人は自分が悪いと考えないことを説くものである。
同啓発本の中でとても印象的な部分だったが、これほどまでに正義とは、人によって異なる。

そんな中で、私が経営者として遭遇した「不祥事」にどのような価値観を持ち対応したのか。
そしてその結果、どんな失敗をやらかし、あるいは場を収めたのか。
そんなことを通して僅かでも、組織を率いる経営者の人たちの参考になれば、幸いだ。

INDEX
200万円の現金を持って逃げた若手従業員
退職後、会社のサーバーに不正アクセスを繰り返した従業員
自ら違法行為に手を染めた経営トップ

200万円の現金を持って逃げた若手従業員

最初は比較的良くある、ある程度の規模の会社であれば一人はいるであろう「業務上横領をやらかす」社員の話だ。
まともな人間であれば、他人のお金はもちろん、会社のお金に手を付けようなどという発想はもちろんないのだが、会社の現金をポケットに入れたがる人間というのは一定の割合で必ず存在する。
なおかつ相手が個人からの窃盗ではない分、そのハードルはなぜか下がってしまうようだ。
ところで、私は仕事柄、インターネットというインフラが未だ存在せず、ネット振込やネット取引など、ドラえもんの世界ですら予想されていなかった頃には、お客さんの下に出向いて帯札付きの札束をいくつも受け取り、それを鞄に入れてバスや電車に乗ることも珍しくなかった。
札束を数えすぎて指紋が擦り切れるなどという事も良くある話だったが、自分ではない誰かのお金を受取り運ぶという行為の最中に、現金が現金そのものに見えたことは一度もない。
そのため、1千万円入りの鞄を足元においてバスで寝るという事も何度かやらかしたが、それほどまでに自分以外の誰かの現金が、「魅力的なお金」に見えたことがないということだ。

もし本稿を読んでいる人の中で、何らかの事情で会社や顧客の現金を輸送する仕事をした時に、その現金がお金に見えて
「1枚だけでも抜き取れないかな・・・これだけあったらバレないだろう」
と思ったことがある人がいれば、貴方のマインドはかなり危ない。
自分に処分する権限のない現金などはリスクに過ぎず、さっさと他人(経理や出納係など)にそのリスクを引き継ぎたいというのが、ビジネスマンとしてまともな感性だ。
一瞬でもそんなことを考えたことがある人は、業務上横領をやらかす素養があるので、お金を扱うことがない部署に転属を願い出ることを強くお勧めする。
こればかりは素養であり、思ってしまった以上、現金から遠ざかる以外の方法はない。

ちなみに、業務上横領の法定刑は懲役10年以下だが、窃盗は懲役10年以下もしくは50万円以下の罰金であり、罪の重さとしては業務上横領の方が圧倒的に重い法律の仕組みになっている。
変な言い方だが、お金に困った場合、居合わせた人の財布を盗むより、会社のお金に手を付けたほうが罪は圧倒的に重くなることが多いということだ。

もっとわかりやすくいうと、万引き(窃盗)は罰金30万円で済むこともあるが、業務上横領は懲役刑しかなく、額や態様によっては一発で実刑(執行猶予がつかずにいきなり刑務所に入る)になる可能性もありうる、非常に重い罪ということである。
これは、自分に与えられた信頼を悪用し、また信任を裏切るという態様が極めて悪質であることによる。

自分を信頼していない人からものや現金を盗む行為より、自分を信頼して仕事を任せ現金や備品を預けた組織を裏切るほうが、より重罪になるということである。
会社のお金に僅かでも魅力を感じたことがある人は、この刑法の仕組みをよくよく覚えておいて欲しい。

話を元に戻す。
そんな刑法の仕組みを知ってか知らずか、会社のお金を横領する「愚か極まりないバカ」は一定数存在し、かつて私がCFOを務めていた会社でも、20代前半の若者が200万円を持ち逃げして行方不明になった事があった。

具体的な態様を話すのは憚られるので、類似の例え話で説明したい。
例えば、飲み物の自動販売機から現金を回収する仕事をしている従業員だと思って欲しい。
但しその「自動販売機」の単価は飲料よりも高額で、なおかつ街角などに存在する機材ではないために現金の回収は1ヶ月に1回で十分であり、盗難のリスクはない。
1回あたりの回収額(売上)は150~250万円程度で、「自動販売機」のような仕組みである以上、現金は誰かが実地で回収する以外の方法はないという業務の態様だ。

もはや嫌な予感しかしないと思われるだろうが、まさにその通りである。
この仕事を任せていた従業員が、回収後は必ずその日のうちに帰社し現金を経理部長に納めるという規則を無視し、なおかつ数日間、顧客からの呼び出しや機材のトラブルを理由に会社に顔を出さないという報告を受けたのは、回収予定日から実に1週間経過後。
その従業員に横領などの前科はなく(当たり前だが)、仕事にまじめに取り組む青年であるという社内の評価は定まっていたものの、状況は明らかにクロだ。

もはや電話で話す段階でもなく、身柄を直接抑えないと最悪の場合、自殺すら考えられる状況と言っていいだろう。
私はすぐにその日の夕方に、彼が一人暮らしをしているマンションに車で向かったが、客先に出向き仕事をしていると申告のあった時間であるにも関わらず、部屋の電気が点いている。
もうどうしていいかわからず、部屋から一歩も出られない状況に追い込まれていることは明らかだった。
おそらく何らかの理由で、横領したお金はすでに使い込んでいるのだろう。

この状況では、部屋の呼び鈴を鳴らしても絶対に出てこない。
というより、いきなり呼び鈴を鳴らして「会社の偉い人」の突然の訪問をインターフォン越しに知ってしまえば、確実に追い込んでしまい、ますます予測不能の事態を招くことになる。

そのため、やむなく私は彼のマンション玄関が見える位置に車を駐めエンジンを切り、彼が出てくるのを待つことにした。
どれほど絶望に沈み頭を抱えている人間でも、一人暮らしであれば飯を買いに出てくるタイミングがあるはずだ。
そこを抑えて保護しない限り、いろいろとマズイことになるという思いでの“張り込み”だった。

寒空の中、車中で待つこと3時間ほどであっただろうか。
その若者が玄関から姿を表し道路まで出たところで、マンションに逃げ込まれないように後ろから声を掛けて、身柄を確保することに成功した。
そして、まずは心配していることと、体に異常がないことなどを確認して車に乗せ、近くのファミレスに連れて行き
「時間も時間なんで一緒にメシを食おう」
と誘った。
訪問の目的は、あくまでも横領を疑ってのものではなく、しばらく会社に顔を出さなかったことで「たまたま近くに来たから様子を見に来た」というものだ。

しかし、あからさまに挙動不審な彼は全く落ち着かない。
注文したメシを掴もうとする箸はブルブル震えており、早く本題に入って楽にして欲しいと訴えているかのようであった。

メシにもならないので、仕方なく私は食事を脇にやり、彼にもそうさせて、単刀直入に切り込んだ。
「盗ったな?」
「・・・はい、あ、いえ。」
「まずは全部、話を聞く。何があったのか話してみろ」

要約すると、彼の言い分は要旨以下の様なものだ。
・回収した売上金200万円を落とした
・クビになると思い、サラ金で50万円を借りて競馬に賭け、当てた金で穴埋めをしようとした
・しかし全額外してしまい、さらに借金を重ねても全て外し、穴埋めできるアテがなくなった
・借金も巨額になり、途方に暮れていた
・出来る限り時間を稼いで会社にバレないようにしていたところです

まあ、まともな言い分ではない。
落としたお金について警察に届けたのかと聞いても、落とした場所がはっきりしないという理由で届けていないと言い訳する。

信憑性以前の問題だ。
普通に考えれば、刑事告発もやむを得ない内容だが、私は彼に、
「話はわかったから、まずは会社に出てきて上司に報告をしろ、俺も立ち会ってやる」
「現金を紛失した事実があるなら、一緒に警察に届けに行くぞ。事実なら、そのケツ拭きはお前の仕事ではない。こういう仕事の仕組みで動いている会社の責任だ。何も心配するな。」
「ただし、絶対に嘘をつくな。お前が嘘をついていない限り、200万円の責任をお前に取らせることは絶対にない」
こんなことを話しただろうか。
彼は少し嬉しそうな顔をして、翌日必ず会社に出て説明することを約束したので、私は彼と握手して会社に戻った。

しかし、翌日彼は会社に来なかった。
それどころか一切の連絡が取れなくなり、受け持ち顧客のところにも実家にも現れず、完全に姿を消した。
「どうしようもないバカめ・・・」と毒づかずにはいられなかったが、もうこうなればどうしようもない。
私は彼の実家に改めて連絡し、事の次第を説明。
彼が業務上横領をして逃げている可能性が考えられることを説明せざるをえず、ご両親にとってはショックであろうが、そのままの状況を伝えた。
自殺の可能性もあり、もはや状況を隠している余裕はないからだ。

黙って聞いていた電話口のお父さんは、状況はわかりましたと。
数日以内にけじめは付けさせますので、被害届だけは待ってくださいということで、数日間待つことにした。

そしてその僅か2日後、本当にお父さんはその若者を連れて会社に現れた。
詳細な説明は憚られるが、車で遠方の友人宅に逃げ込んでいたその社員を、お父さんは仕事柄、簡単に見つけて連れてくることができたものだった。

結果として彼の業務上横領分の現金は、その場で弁済が為されたので彼を自己都合退職として処分するに留めた。
そして社内にも、自己都合退職として掲示するに留めた。

彼が横領を認めた段階で直ちに会社に連れて行くか、警察に被害届を出すべきだったのかもしれない。
いたずらに彼を信じ翌日会社で待つことは愚策だったという誹りも免れないが、最悪の場合、自分と経営トップの折半で現金を穴埋めしていいとすら思っていた。

なぜなら、この一件で一番悪いのは、紛れもなく彼を信じ彼に現金を預けていた、会社の運営体制そのものだからだ。
現金に触れることがない運用体制であれば、彼はこのような行為を決して犯していなかっただろう。
そういった意味では、万が一被害額が未回収であった場合には、経営トップが半分、直接現状確認に当たりながら判断を誤った私が半分。
それぞれ、弁済するべきだと考えていた。

そういった意味では、未熟な会社の被害者でもあるとも言える彼であったが、会社のお金をギャンブルで浪費した挙句、家族にも取り返しのつかない迷惑をかけた上で、ひっそりと会社を去った。

退職後、会社のサーバーに不正アクセスを繰り返した従業員

不正をやらかす人は、大体の場合、自分の能力以上のものを望む。
そして、本来なされるべき努力をショートカットして、結果だけを得ようとする者が安易に手を染める。
このケースも、そんな男がやらかした案件だった。
ある会社で、取締役営業部長をしていた男は、業績が上がらない組織の責任を取らされる形で何度か役員報酬を減額されていた。
そんな状況が数年程度続くと、ついに取締役解任の議題が役員会に上げられるようになるが、その男は解任をされる前、取締役の肩書を持つうちが売り時だとばかりにすぐに同業他社に転職を決め、自ら辞任届を提出し会社を去っていった。

こんな男ではあったが、私はその男と年令が1つ違いの役員であったこともあり、そこそこ気の合う飲み友達だった。
自らの非を素直に認めない性格も、前向きな局面では必ずしもマイナスの動きになるわけではない。
むしろ、なんとかして現状を打開しようとする強力な感情に転化することもあるので、私はそんな彼でも付き合いづらいと思ったことはなかった。

そんな彼が去ってから1ヶ月ほど経った頃。
私の下に、社内メールの不着が頻繁に起こるという相談が多く寄せられるようになった。
確実に送ったという業務日報が高確率で上司に届かない。
顧客が送ったという発注に関するメールが届かない。
経営トップに対する取引先からの重要なメールすら、必ず出した、いや届いていないという揉め事が起こることもあった。

すぐに外注のサーバー管理者に状況を相談し、「メールの不着が起きている前提で調べて欲しい」と申し入れるが、サーバーは正常に稼働しているという一点張り。
状況から何が発生しているのかおおよその見当がついていた私は、ならば今月1ヶ月の、幹部社員何名かのメアドに対するアクセスログを全てアウトプットするように求めた。

今から10年以上前、2005年頃の話だが、意外にもITセキュリティに神経質な規則を設けていたので、会社のIPアドレス以外からメールサーバーにアクセスする社員は私のみ。
なおかつ私も、自宅からのアクセスには固定IPを使っていたので、膨大なアクセスログを調べ、おかしなIPアドレスからのアクセスがあることを特定することは、非常に容易であった。

結果として、ある市内の当社ではない特定の地域から、繰り返し当社のメールサーバーにアクセスを繰り返すIPアドレスを発見することになるが、その地域はまさに会社を去った取締役の、再就職先の会社がある場所。
未練を持ちながらも会社を去った者が、古巣の会社が気になって仕方がないという感情を持ち合わせることは容易に想像がつくが、その思いが行き過ぎて今、元の仲間たちが何をしているのか。
それを幹部社員や従業員のメールアドレスを盗み見ることで知ろうという行為に出たということだ。

彼がなぜ、幹部社員や社員のメールパスワードを知ることができたのか、ということだが、これは簡単に判明した。
サーバー管理を委託していた業者によると、元取締役が在任中、セキュリティの強化を名目に全社員のメールアドレスのパスワードをより複雑なものに指定し直して、端末の設定も変更を指示。
そのパスワード一覧を元取締役もそのまま管理していたということだった。

私が取締役に就任する前に為された話で全く知らなかったことだったのだが、情報管理の甘さは致命的だ。
なおかつ、その元取締役は同業他社の役員に就任しているのである。
状況は完全に黒な上に、許されるものではない。

幸いその元取締役が、自分の端末に設定した当社従業員のメールアドレスの受信設定を「受信後もサーバーに残す」にしていなかった為に不具合が生じ、そのために異常事態に気がつくことができたということだ。

私は状況を経営トップに報告すると、怒り心頭ではあったものの善後策を求められたので、
「基本は警察に被害届を提出し、厳しく臨むべきですが、一度私に預けてもらえませんか」
と伝え、一旦は私の裁量で対応する許可を得た。

不正の態様は悪質だ。
同業他社に転職をして役員に就任すると言う行為も、法律上の実効性はともかく信義則には反する行為である。
なおかつ、おそらく在職中から経営トップを含む多くの従業員のメールアドレスに不正にアクセスし情報を盗み見て、退任後もその愚行を続けていたということだ。
一方で、当時はすでに不正アクセス禁止法が施行されていたこともあり、当社が被害届を出せば、彼は最悪、逮捕されることになるだろう。

行為の悪質性からかなり悩んだ上でだが、私は警察に被害届を出す前に、彼に電話を入れることにした。
それは、日曜日午前の緩い時間を狙って、敢えてリラックスしているであろう頃合いでの久しぶりの連絡だった。
元の仲間からの電話に気を良くした彼は、とても調子がいい近況を饒舌に語りだし、世間話を5分ほどした頃だろうか。
私はおもむろに、彼に切り出した。

「ところで、今日はちょっと話があって…」
「・・・急にどうした?」

一気に戦闘モードに切り替わったために、彼の声が上ずる。
どうやら不正アクセスをしていることがバレていることには、全く気が回っていないようであった。

この時に私が、不正アクセスを把握していることと併せ、元取締役に伝えた結論はこうだ。
・自分のやった行為を素直に認めて、誠心誠意謝罪するために会社(当社)まで足を運べ
・アクセス元は自宅じゃなく会社からであることは明白なので、会社ぐるみの可能性も疑っている。
ついては、会社の代表も同行で一度こっちに来い
・拒否をするならおそらく役員会で、被害届を出すという結論になるだろう。
そのためこれは条件交渉ではなく通告だ。答はYesかNoだけで、これ以上の力になれない。

極めて温情的で甘い対応だと思われるかもしれないが、不正アクセスに用いたPCを破壊されればおそらく、彼がやったという証拠は何一つ残らないので、被害届を出しても不受理になる可能性もあることを恐れていたものだ。
その会社の誰かがやったかもしれないが、わかっていることはIPアドレスのみであり、実行したPCから直接的な証拠を取り出せない限り、踏み台にされただけだという言い訳すら通る可能性もある。

そのため、流出した情報を特定しその確実な消し込みを行うこと。
この行為が会社ぐるみであるのかを明らかにすること。
この2点を解明することを優先するため、元取締役の自発的な謝罪に期待したものだが、彼は意味不明な言い訳をしばらく重ねた後に、自分の行った行為を認めた。
そして不正に用いたPCを持参の上で代表とともに当社を訪れ、深々と頭を下げて謝罪をしたが、幸いにPCを調べたところ大した情報も受けておらず、残された情報の件数はサーバーへのアクセス記録とも矛盾はなかった。

そして、先方の社長は会社ぐるみであることを否定した上で、少なくない額を「見舞金」として提示し、その場で元取締役の解雇を宣言。
それら内容を契約書にまとめた上で、当社は元取締役とその所属会社に対する被害届の提出を見送ることで合意した。

この話では、場合によっては刑事罰を受けることになる元取締役に対し、証拠不十分になる可能性があっても、いきなりの被害届の提出という厳しい対応を行うべきであったのか。
それとも、自白させた上で情報保全と被害の全体像を把握することを優先するべきだったのか。
私の中ではその二者択一であった。

結果として、元取締役を前科者にしてしまう可能性を採ることにためらいもあり、実効性から考えても後者を選んで自分の裁量で行動をしたのだが、後日役員会では、
「甘すぎる」
「なぜ刑事の事案でも扱わなかったのか」
と随分批判された。

元取締役を追い込んで溜飲を下げるより、会社としての被害を最小限化することを優先したつもりだったのだが、全面的な賛同を得られることはなかった。

ちなみに後日、彼から私の携帯に電話があり、ひとこと、
「お前は裏切り者のクズだ。二度と俺に電話してくるなよ!」
と言い捨て、一方的に電話を切られるという事があった。

「裏切り者・・・?」
本当に、正義とは人の立場によって全く違うものが見えているものだと、脱力感を感じる一連の“事件”になった。

自ら違法行為に手を染めた経営トップ

さて、ある意味でもっとも抗い難く、役員や従業員を悩ませるパターン。
それは、経営トップ自ら反社会的行為に手を染めることを厭わず、なおかつ会社経営とはそういうものであると勘違いをしているケースだ。
このケースは本当に辛い。
なおかつ、CFOなどお金を預かるポジションにいる場合、ことによっては自分自身も刑事罰の対象になることもあり、役員として会社の正義を担うだけでは済まされない問題になることもある。

かつて私がCFO兼管理部長を務めていた会社では、このような、絵に描いたような反社会的経営者の行為に大いに悩まされた。
どんな手段を使ってでも会社の存続を担保しようという、経営者としての「生存本能」そのものは評価するが、それが違法行為であれば話は別だ。
そのような会社は社会から駆除されなければならない。

助成金は経営の厳しい会社のために作られた制度ではあるが、条件を偽装して助成金をだまし取る手口が全国で多発した。
1社で数千万円もの巨額の公費を騙し取った会社もあり、このようなケースでは経営者と担当役員が詐欺容疑で逮捕される事態も多く見られた。

当然のことながら、このような行為は見過ごせるものではない。
そのとき在籍していた会社の経営トップも例に漏れず、1:1で話し合いの時間を設けて、その考え方を正した。

なおこの話の時系列だが、私が役員に就いた時にはすでに現在進行系の不正であり、業務を精査する中で発見した行為である。

「このような助成金の申請は犯罪行為です。IPOを目指す上でも深刻な傷になる可能性があります。直ちに中止して下さい。」
「そんなきれいごとでは、ベンチャー企業の経営はできません。あなたは大企業病に冒されているのではないですか?」
「私の価値観はともかく、中小企業であるからと言って許される違法行為などありません。承認できかねます。」
「何を言ってる!他の会社もやっていることなのに、ウチだけが利用しないほうがステークホルダーへの裏切りじゃないか!」
「公金を不正受給することの恐ろしさを貴方はわかっていない。この行為は、法人版の生活保護の不正受給じゃないですか。」
「IPOを果たして多額の納税をすることでお返しをすれば問題ない。むしろ今、会社が犬死することこそ、国に対して迷惑をかける事だ。違うか?」

このような話であっただろうか。
全く噛み合わず、経営方針というよりも人間としての価値観に違いが大きすぎることだけが明らかになった話し合いになった。
この時、私は取締役に就いて間もない時期であったこともあり、このことだけを理由として退任することを選ぶのは躊躇われた。
そして、この助成金関連では私の承認は絶対に経由させないと言うと、経営トップは、経理部長経由で申請するルートで制度の悪用を続けた。

もはやここまでと判断して会社を去ったが、私が会社を去って数ヶ月後。
会社に厚生労働省から立ち入り調査が入り、数千万円に及ぶ助成金の不正受給が摘発され、日刊紙などでも報じられる事態となっていた。

経営者としての倫理観の欠如は本当に悲惨な結果を招く。

どれだけ「自分の正義」で行為を正当化したところで、違法行為や不正行為が見逃されることはない。
たまたま見つからなかったということで「得をした」と思っている者がいるのであれば、それは大間違いだ。
そのような価値観は必ず従業員や取引先にも伝播しており、そのような行為は必ず何処かで、マイナスの影響となって会社を蝕んでいる。

若者であった頃に感動した「スタートレック」の世界には、不正を明らかにさえすれば正義が必ず勝ち、現状を変える力になるというわかりやすい夢があった。
現実はそこまで単純ではなかったが、それでも概ね、リーダーは会社と部下に奉仕するのが仕事であり、その手段は正しく行われなければ必ず歪みが噴出する。
その事実だけは、揺るぎのない教訓であることは間違い無さそうだ。

経営トップが間違った方法で暴走し、悩んでいる役員がいれば、ぜひ参考にして自分の正義を貫いて欲しい。

Pocket

ABOUTこの記事をかいた人

アバター

1973年生まれ。とある企業の経営者。 大手証券会社からキャリアをスタートし、広告代理店やメーカーなどを経験する。 CEOを2社、CFOを3社ほど経験し、現在はマーケティングと人材開発を主なサービスとした企業を経営している。