ベンチャーで生きる人へ。「うまい」プレゼンではなく、「いい」プレゼンをしよう

Pocket

ベンチャーで働く人材にとって必要不可欠なプレゼンテーション能力。
いわゆる公的なプレゼンの場に限らず、チームメンバーとのやり取りやプロジェクトマネジメントなど、日々の仕事の中で随所に見受けられる他者とのやり取りに関して、いかに相手の共感を得るか、具体的な考え方と方法に関して、元俳優であり日本におけるパブリックスピーキングの第一人者である筆者が3回の連載を通してお伝えする。

第2回:説得力のあるプレゼンをできる人は全員「これ」をやっている

プレゼンがうまい、だけでは売れない時代

商品のプレゼンなんてしなくていいですから、あなたをプレゼンをしてください。」話し方の研修をする際に私が必ずお伝えしていることです。これを言うと頭の上に???が浮かぶ方が多くいらっしゃいます。

日本の学校教育ではプレゼンやディスカッションなど、人前で自分の意見をしっかり述べるチャンスが恐ろしく少ないので、日本人は総じて人前で話すことに苦手意識を持っています。

ですから、人前でパリッと自信を持って話すことができるだけで、「プレゼンがうまい人」の称号を得ることが可能です。ところが日本人の「プレゼンがうまい」の基準は、ひとたび海外に出ると「普通のレベル」だと認識されます。特に欧米のビジネスシーンでは、プレゼン能力はどちらかというと必要最低限のスキルです。

もちろん日本人の中でも、人前で話すのが上手な人はたくさんいます。ですが、それだけではクライアントや消費者は「YES」と首を縦に振ってくれないのです。なぜか?それは「上手いだけでは伝わらない時代になった」からです。

インターネットが広がって誰でも情報にアクセスできるようになったおかげで、個人の情報収集能力が格段に向上し、昔のように「有名な人が言っていた、権威のある人が言っていた」だけでは信用を得ることができなくなってしまいました。

では何をもって人はその情報を「その通りだ」と信じる判断材料しているのか?それが「人間性」です。肩書きでも権威でもなく、その「人間そのもの」が信用に値するかどうか、それを見られているのです。だからこそ、私は「商品ではなく、あなたをプレゼンしてください」と言うようにしているのです。

あなたは「うまい」プレゼンターですか?それとも「いい」プレゼンターですか?

「うまい俳優になるな。いい俳優になれ。」日本を代表する俳優である高倉健さんのインタビュー記事で読んだ一説で、今でも脳裏に焼き付いて離れないセリフです。

そのインタビューには「うまい俳優はたくさんいる。ただ、いい俳優はすごく少ない。いい俳優とうまい俳優の違いは人生経験や引き出しの数だ」といった旨の内容が書いてあったと記憶しています。私はこの言葉を思い出すたびに、何て本質をついた言葉であろうかと考えさせられます。

人生経験が豊かであればあるほど、その俳優の雰囲気・言葉の選び方・息遣い・表情からにじみでるオーラに説得力が増すのと同じように、プレゼンの質は、そのプレゼンをする人の人間性にそのまま比例します。そして恐ろしいことに、オーディエンスはそこを見抜く力を持っています。

本屋さんに行けば、グーグルの検索窓を叩けば、人前での話し方が上手くなるための方法をいくらでも知ることはできます。ですが、うまいだけではもうダメなのです。
「うまい」プレゼンターではなく「いい」プレゼンターになるためには、どれだけ多くの人生経験を積むことができるか、が明暗を分けてしまうのです。

人生経験は、人間理解の幅であるとも言い換えられます。どれだけ多くの人の感情に寄り添うことができるか、そしてどれだけ多くの「本当は見たくない自分の感情」と向き合ってきたか、が人間理解の幅を広げてくれます。

そしてその人間理解の幅こそが、あなたの口から紡ぎ出される言葉、スライドに載せる画像、話すスピードや姿勢などにおいて豊かな表現力を生み出し、あなたの思いが届く対象者の枠を広げてくれるのです。

プレゼンの大原則、オーディエンスファースト

役者時代、私は演出家の方に「お前はお客さんの想像力をなめている。お前の芝居は押し付けがましい。」としょっちゅう指摘されていました。

当時の私は「脚本上ここでの演技は、これこれこう言う事をお客さんに伝えるために、こう言う演技をすればその作品の意図がきちんと伝わるんじゃないか」そうやって役作りをしていました。ところがこの発想はとんだ勘違いだったのです。

今思えば私は自分の演技を通して「ここではこう言うメッセージを受け取ってくださいね」と、観客側の感情を操作しようとしていたのです。お客さんはそんな押し付けがましいことをしなくても、役者がその役として「生きる」だけで、きちんとその意図を受け取ってくれるのに、です。

私は俳優としてお客さんの想像力を信用していませんでした。オーディエンスはスピーカーが思っている以上に理解力があり、想像力があります。オーディエンスを尊敬し、信用しないことには、オーディエンスがスピーカーを尊敬し、信用してくれることはありえないのです。

さて、ところで、あなたのプレゼンは「構成上、ここではこういう事を理解してもらうために、こういうことを話そう」という思考の元に組み立てられていませんでしょうか?あなたのプレゼンはあなたが伝えたいことをオーディエンスに押し付けているだけではなかったでしょうか?

プレゼンテーションの大原則に、「オーディエンス・ファースト」という考え方があります。これはすべてのプレゼンテーションに共通して、絶対になくてはならない考え方です。

そのプレゼンを聞きに来ている人たちがどんな人たちで、どんな人生を歩み今そこに座っているのか?自分が話したいことではなく、その人たちが心から聞きたい内容が何か?その思いをできるかぎり想像し、頭がはちきれるほど考える。その心構えなくしてオーディエンスからの「ブラボー」はもらうことはできないのです。

日本人、総役者時代へ

私はこのEXキャリア総研というメディアを通じて、私が信じるプレゼンの本質をエグゼクティブの皆様へお届けできることを非常に光栄に思います。

日本人の発信力がその他の先進国に比べて低下してきている(*1)中で、日本経済を牽引するエグゼクティブの皆様が、オーディエンスを奮い立たせるプレゼンテーションの本質を理解し伝えてくだされば、私個人が発信するよりもよっぽど多くの人たちのプレゼン能力に寄与することができます。

この連載では、日本人全体のプレゼン力を上げるために、もっと言えば全員が舞台の上の役者のようにオーディエンスを沸かせるプレゼンができるようになるために必要だと私が思うこと、稚拙ながらも俳優として活動した経験を活かしてみなさんにお届けしていきたいと思います。どうか、エグゼクティブの皆さまのお力添えをいただけますと幸いです。

(*1)参考:日本人ジャーナリストアンケート結果分析
http://www.genron-npo.net/society/archives/6192.html

Pocket