Q: まず、藤川さんのご経歴をお聞かせください。
コンピューター関連のお話をさせていただくと、初めてパソコンに触れたのは小学6年生の頃でした。パソコンゲームに夢中になり、中学生の頃はずっとパソコンで遊んでいましたね。そして高校1年生の夏休みにモデムを買い、インターネットの先駆けであるパソコン通信ができるようになったんです。しかし夏だけで20万円近い電話代を使ってしまい、いわゆる「パケ死」の第一世代になってしまいました(笑)そんな感じで、ネットワークには随分長く触れてきましたね。
大学卒業後は工場の生産設備を作る会社に入り、制御エンジニアとして電気設計などに携わりました。そして数年が経ち、製品開発にアサインされたんです。GUIにWindows NTの産業用コンピューターを搭載するためにWindowsアプリの開発を手がけることになったんですが、Windows NTにはPersonal Web Serviceという簡易Webサーバーが搭載されていたので、おまけの機能としてLANを通じて装置のモニタリングができるものを作ろうと考えました。HTMLファイルを置くと配信してくれるシステムになっているんです。しかしHTMLに関しては不勉強だったので、仕事と並行してデジタルハリウッドに通い始めました。そこで特別講師に来ていた有限会社フロムビッツ(当時の社名)の社長から声をかけていただき、転職することになったのです。フロムビッツはWebサイトの受託制作をメインに、自社プロダクトとして動画のCMSを行っていた会社です。その転職が、Web系エンジニアとしてのスタートですね。
しかし入社して数年後、Web2.0ブームを受けて興味の方向性が変わってきてしまいました。そこで、Webサービスをメインにしている会社への転職を考えて株式会社paperboy&co.(現・GMOペパボ株式会社)の社長を務めていた家入(家入一真/BASE株式会社社外取締役)に相談したところ、折良く同社への転職が決まったんです。そして、オンラインショッピングモール「カラメル」を一から立ち上げることになりました。当時同社では「カラーミーショップ」でショッピングカートを提供しており、登録ショップ数は数万店舗に達していました。これらを束ねてショッピングモールを構築しようという話が出ていたタイミングで、僕がアサインされたんです。最初はエンジニアとして、途中からは責任者として、退社するまでの約4年間「カラメル」に携わっていました。
Q: そして2007年、「モバツイ」をリリースされたのですね。
そうですね。「モバツイ」は個人的な趣味のプロジェクトで、「携帯でTwitterが楽しめたらいいな」という思いから簡易的なツールを作ったのが始まりです。最初の2年間は徐々にユーザーが増え、いい形で注目もしていただいて楽しい時期でしたね。そして2009年、Twitter社から「モバツイ」へのリンクのお話が舞い込んできました。「アクセスが増えますけど大丈夫ですか」と聞かれて何も考えずに「問題ないです」と返したのですが、想像以上にアクセスが増えて大変なことになってしまいました。当時「モバツイ」は自宅サーバーで運営していたのですが、ルーターが使い物にならなくなってしまったんです。それ以降はAWS(Amazon Web Services)に移行し、安心してサーバーを増やせるようになりました。
Q: 藤川さんは起業家としてもご活躍されていますが、なぜ独立起業に至ったのですか?
「WebSig24/7」の影響が大きいですね。WebSigは、Webサイトの作り手として、いろんなことを考える勉強会を定期的に行っているコミュニティで、僕もモデレータとして参加していますが、中心メンバーのほとんどが経営者なんです。彼らを見ていて「会社をやってみたいな」と思い、独立を決めました。構想していたのは、受託とWebサービスの中間的なビジネスです。受託は個別すぎますし、Webサービスは汎用的すぎるので、お客さんの希望に寄り添いつつ、自社のリソースを有効活用できないかと考えました。そして2010年に株式会社想創社を立ち上げたのですが、「モバツイ」のおかげで初月から黒字にはなっていたものの、モバツイが忙しすぎて今後について悩んでいたんです。そんな時に「シーマン~禁断のペット~」を作った斎藤由多加さんに出会い、モバツイにコミットすることを決めて、彼の会社と合併して株式会社マインドスコープを設立しました。同社は2012年に譲渡したのですが、その後想創社を再び立ち上げ、現在も個人的に続けています。
起業は自分にとって非常にいい経験になりました。実際に人を雇い、お金が減る感覚を実感できたのは大きかったと思います。会社を作るという経験を買った感じですね。
Q: 近年では「ツイキャス」開発にも携わるなど、さまざまな挑戦をされていますね。
そうですね。2013年から以前から憧れていた赤松さんが運営されている「ツイキャス」にジョインして開発をしていました。しかし、当時はBASEの顧問を務めながら自分の仕事をこなし、大学院にも通っている状況でしたから週3日の契約でしたが、申し訳なさが非常に強かったです。マルチインカムでリスクヘッジをした方がいいという説もありますが、僕には複数の仕事に同時にコミットするのは難しいです。結果的には翌年、BASEのCTOに就任したタイミングで「ツイキャス」からは退かせていただきました。
この経験を通じて、労働時間外に自分が関わっているビジネスへのマインドシェアを持つことの重要性に気がつきました。例えば休日に仕事に関連する本を読む、技術を研鑽するといった行動が、メインの生業と連動していることが大事だと思います。マルチインカムで集中力が散漫になってしまうと、そこが疎かになってしまうんです。
そういった教訓もあり、CTOに就任してからは極力BASEにコミットしています。想創社のビジネスはかつての「モバツイ」のように趣味的なポジションに位置づけて、大学院には休日を利用して通っています。
Q: CTOの役割について、藤川さんのお考えを伺いたいです。
教科書的な言い方をすれば、技術面からの投資判断に尽きるでしょう。人のための投資ですから、チームや技術の選定も責任を持って行うのがCTOの役割です。
僕個人としては、CTOは技術者の生存戦略における1つの方法論だと思っています。エンジニアはどの時代においても、コンピューターに対して情熱を持っていて、新しい技術に夢中になれる人が有利です。しかし技術は常に進歩していますから、過去の技術はコモディティ化され、エンジニアは次の世代に追い立てられる宿命を負っています。さらにオープンソースが主流になって開発者の参入障壁が非常に低くなったこともあり、僕は年齢に対してずっと危機感を感じていました。それに、僕はエンジニアではありますがギークではありません。技術よりも「何を実現するか」を考える方が好きなので、いずれそちら側にシフトしたいと考えていました。しかし、エンジニアとしてそういう役割に関わるとなると方法は限られます。その1つがCTOです。幸いにして経営の経験はあるので、僕にとってはこれがベストな形なんだと思います。
Q: 人の選定というお話がありましたが、採用基準についてはどのようにお考えでしょうか。
完全にフィーリングですね。相性が合わないとお互いにうまくいかないと思うので、大切なのは、ビジネスにコミットしてくれて、協力しながらやっていけるかどうかです。スタートアップは一人ひとりの戦力が命ですから、そこは絶対に妥協しないようにしています。会社が大きくなれば各分野のプロフェッショナルを招いて助けてもらうことも考えてはいますが、現状の規模では難しいです。今はとにかくマインドが大事ですね。
Q: 社内ツールとしてはどういったものを導入されていますか?
内部コミュニケーションには「Slack」、バージョン管理には「GitLab」を使っています。チケット管理には「Redmine」を使っていて、エンジニア以外の社員にも使ってもらって「開発要望スレ」や「UI/UX改善スレ」などで皆の意見を取り入れています。CSやマーケもそこに登録してもらっていますね。
社内で気をつけているのは、立ち話レベルで個々のエンジニアと直接、仕様の話をしないことです。本来、ビジネス上やるべきことでも、ついつい中を知っているエンジニアは論破できてしまうことも多いので、その場で議論になると重要な話がそこで消えてしまう可能性があります。ですから一旦データベースに登録してもらい、吟味するようにしています。
ツール導入の決め手は、皆が使いたいかどうかです。社内で「これを使いたい」という意見が広がったり、エバンジェリストがデータの移行をやってくれたりと、自発的な意見が出てきたら導入を検討するようにしています。運用上こちらで考えることもありますが、仕事に使うツールには極力社員の意見を反映させたいです。最大限の力を引き出すためには日常的に働きやすい環境を作ることが大事ですから、そういうことをイメージしながら皆で模索している最中です。
Q: CTOとしての業務に携わるかたわらで、大学院ではどのようなことを学ばれているのでしょうか。
KMD(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)の博士課程に在籍して研究をしています。
デザイン、テクノロジー、マネジメント、ポリシーを統合した創造的活動のプロセスについて学ぶ学科で、最近Webサービス界隈でも頻出する「デザイン思考」に力を入れている学科ですね。音楽系、法学系、建築系など幅広いジャンルから学生が集まり、多様的なチームを作っています。
大学院に進学したきっかけは、2005年頃に遡ります。
フロムビッツからの転職に際してWebサービスの情報設計を意識し、僕はサービスの作り方を学ぶために大学院に行こうと考えました。当時は、MBAのエンジニア版と言われるMOT(Management of Technology)というジャンルに興味を持ったのですが、数校の説明会に行ってみて、思い描いていたものと少し違うなと感じたんです。
僕はWebサービス系エンジニアとしてエモーショナルな観点から方法論を見出したかったのですが、MOTはあくまでテクノロジーベンチャーを作りたい人が、技術を下地にした経営を学ぶ場という印象でした。
そういった背景があり当時は大学院には進まなかったのですが、独立した頃に現在ご指導いただいている砂原先生(砂原秀樹/慶應義塾大学教授)に出会い、KMDの説明をお聞きして感銘を受けました。先ほどお話しした「デザイン思考」は、モノを作るときに「どう使われるか」を重視したデザイン方法論です。エンジニアは言われたことを形にするのは得意ですが、「なぜそれが存在するのか」を考えるのは苦手です。
実現方法を重視すぎて、肝心の哲学やビジョンを打ち立てる訓練をしていないので、いざ自分でモノを作ろうとすると「何がしたいんだっけ」と固まってしまいます。その方法論をぜひ学びたいと思い、KMDに入ることにしました。
Q: 日本のSIビジネスにも通じる部分があると感じるのですが、いかがでしょうか。
そうですね。SIで語られている問題点は、あくまでも技術を提供するビジネスであることだと考えます。お客さんが考えたRFPに対しサービスデザインの視点でブラッシュアップすることは役割として求められておらず、顧客ニーズとして実現することに邁進し、そこで起きた技術的な皺寄せが下流工程に及んでしまったりします。問題視されるようになり、Webサービスはビジネスと技術の組み合わせや使われ方のバランスを自分達で考え、自分達のやりたい世界を実現し、それによって多くの人の生活を変えるものへと姿を変えつつあります。
最近は、IoTなどを通じて、ようやくそれがモノとインターネットが連動し始めているのが現在のフェーズですね。
Q: 昔ながらのエンジニアの方々は、その現状を受け入れ難いかもしれませんね。
おそらくそうでしょうね。そもそも、そういったことは自分の仕事ではないと思っている人も多いです。例えばお茶を相手に渡すというタスクがあったとして、どうやって腕を動かすかは考えられても、そこで一声かけるとか、どうすればスムーズに受け取ってもらえるかを考えられないエンジニアが多いです。昔はそれで良かったんでしょうが、Webサービス系エンジニアはその思考では務まりません。特に、わかりやすさが重視されるアプリやゲームの領域ではなおさらです。
大切なのは、「コンピューターって何でこんなに難しいんだろう」と思えるか否かです。多分、WindowsのショートカットキーやEmacsなどのエディターの操作方法をすぐに覚えられる人は、使い勝手には関心が薄いと思います。そういった職人タイプの人は技術力を追求していけば良いですし、常に「このままでは使いづらいのでは?」と考えて改善に取り組める人はサービス設計に向いているのではないでしょうか。
Q: Webサービス開発において大切なことは何だと思いますか?
BASEの開発にも通じることですが、「使い方がわからない人でも使えること」です。なおかつ、もっともシンプルで最適な形を作らなくてはいけません。理詰めで考えれば必要な機能だとしても、ユーザーさんが使えないような機能は存在している意味がないんです。エンジニアはそういうところを見逃しがちで、「あの機能もあった方がいい」となってしまうのですが、それではシステムがどんどん複雑化してしまいます。
僕は、iPhoneがいい例だと思います。WindowsやAndroidに比べると機能は格段に少ないですが、それこそがiPhoneの使いやすさなんです。Android派とiPhone派の人は望んでいる世界観が違いますし、歩み寄るのは難しいかもしれませんね。
Q: 最後に、エンジニアを志す方へのメッセージをお願いいたします。
僕は多分、世の中でどういうバリューを出せば認められるんだろう、どうすれば見捨てられないんだろう、ということに関しては考えているほうだと思います。履歴書を書いたときにone of themとしか見られないようなキャリアには絶対にしたくないですよね。
大切なのは、日頃からのアウトプットです。今はインターネット上にさまざまな方法論が転がっていますから、ぜひそれらをアウトプットに繋げてみてください。いつか自分でサービスやアプリを作るときにも、そういった経験が活きてくると思います。
そして、「作らないと後悔する」と思えるものを見つけたらやり遂げてください。1000人が思いついたら990人があきらめて、実行に移すのは10人だけだと言われています。実際に行動するのは大変ですが、それを乗り越えてでもやりたいと思えたことだけが、自分がやるべきことなんだと思います。そうでなければ、自分にとってその程度の魅力しかないということです。
もちろん今やりたいことがないからといって、焦る必要はありません。まだタイミングが来ていないというだけのことです。僕は定年を迎えた後も作りたいものが出てくる気がしていますし、夢中になれるものとの出会いを常に楽しみにしています。「世界を変えたい」なんて大きな野望は持たずに、死ぬまでインターネットと遊ぶことを考えています(笑)
いつか本気で作りたくなったときのために、新しい技術には一通り目を通しておくことも大事です。「作らないと後悔する」と思えるもののために、それを実現するためのスキルを磨いておきましょう。