■略歴
2004年 慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。
野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究に従事。
2011年 スタンフォード大学経営大学院卒業。野村ホールディングスCEOオフィスに所属。
2012年10月より株式会社マネーフォワードで経営全般に携わる。
■経済への興味は高校時代が原点
Q: これまでのご経歴を教えて頂けますか。
東京生まれですが、小学校1年から6年の間はロンドンの南に住んでいました。いわゆる帰国子女です。全然周りに日本人がおらず完全に英語漬けでした。帰国子女枠で慶応の附属校に入ったのですが、エスカレーター式で、多くの先輩たちがあまり勉強しない様子に違和感を感じ、大学に入ってからものすごく経済学を勉強しました。
Q: 経済に興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか。
一つは、村上龍さんが1999年に始められたJMM(JAPAN MAIL MEDIA)というメールマガジンです。経済学者や評論家などが質問に答えていく内容で、そういった発言や発信ができる人になりたいと思ったことです。
もう一つは、高校の夏に部活を引退して図書館にある経済の本を全部読んだことです。中でも面白かったのはドラッカーの『見えざる革命』です。年金制度がいかにアメリカを変えたかという本で、カタルシスとして響くものがありました。普通、革命というと、フランス革命のように庶民が上流階級を倒す話になりますが、アメリカは、庶民が自分たちの年金資産を間接的に株式に投資しています。例えばGEやP&Gなどの大きな会社が儲かると年金が増える、それはつまり裏から上流階級を支配していることになります。本人たちは意識していなくても、実はフランス革命と同じことが起きている、それが「見えざる革命」です。日本で起きていないなんて、もったいないと思いました。
Q: 学問の世界に目覚めたのは、ご両親の影響などがあったのでしょうか。
父親は銀行員で、身内に学者がいるわけではありません。好奇心がたまたまそこに向かった。ただ、自分が大事だと感じ、なおかつ、自分にしかない視点があると思えるものに出会ったとしたら、それは楽しいし、続けることができますよね。そういう意味では、大学4年生くらいまで学者になろうとしていたきらいがあって、今もリサーチの仕事を好き好んでやっているのは、そういったバックグラウンドがあるからかもしれません。
■こだわるのは、手段ではなく本質
Q: 大学卒業後は、野村證券へ入られましたね。
2004年4月に野村證券に入社しました。1カ月間、完全に証券マンの研修を受けた後、リサーチの部署で、基本動作をたたき込まれました。何か新しい事象などを相手に通じる言葉で橋渡しするような、情報のデリバリーのプロになるということにこだわっていました。
Q: それからスタンフォードのMBAに留学に行かれたそうですね。
キャリアとして、情報のデリバリーを通じて日本社会のひずみや、お金の循環、若年層対高齢層の格差問題などを解決したいと思っていました。ただ、それが向こうへ行ってからは、自ら変化をもたらしたい、という考えに変わっていきました。
ただ、その手段は必ずしも起業とは限らないと考えるようになったのは、留学中、まだ創業当初だったビズリーチ代表の南壮一郎さんにお話を伺ったことが大きいです。「野村はものすごく大きな会社だし、そこでできることもある。手段にこだわるのではなく、本当にそれがやりたいことなのか考えなさい」とアドバイスを受けました。そこで、お金というジャンルでよい情報を与える何かを作りたい、という気持ちが芯にあるんだと気づきました。
日本人は、金融機関で自分たちが何を買っているかよく分かっていないことが多いですし、老後の不安を解消するならとにかく貯金、というような、あまり「自分で決めていない」ことが多いと思うんです。けれども、もっと前向きな気持ちで資産形成したいし、そもそも自分が何を買っているか知りたいと思うんです。それに、日本人には、お金を貯めたまま死ぬ人が多いんですよ。ほどよく貯めて、ほどよく使って、ということができない。今、全然貯められない人と貯め過ぎちゃう人に二極化しているのは、やはり判断材料が足りないからだと思います。そこで、本来あるべき幸せな生活をするには、判断材料を増やして、理解できるようにすることが必要だ、そのための仕事をやろうという考えに至りました。1年ほどかけて仲間を集め、マネーフォワードができました。
■シェア型からPFM への転換
Q:CEOの辻庸介さんと知り合ったのは留学中だそうですね。
辻は、私と同じ時期にアメリカ東部のペンシルベニア大学に留学していました。私がいたのはアメリカの西側にあるスタンフォード大学でしたから、3カ月ぐらい週に3、4回Skypeをやってチャット友達のようになっていました。その後、留学先を卒業する前に1度会うことになり、私が妻とフィラデルフィアに行きました。
Q: 辻さんと会った最初から、プロダクトありきだったのですか。
いえ、全然ありませんでした。最初は運用会社をやりたい、いいねと盛り上がったんですが、当時は運用会社といってもすぐスケールするモデルがなかったんです。
ただ、アメリカにはMint.comというサービスがすでに存在し、アカウント・アグリゲーションといって銀行やクレジットカードの情報を全部集めてくる仕組みで、その当時で利用者が400万人ぐらいいました。日本でそこまでのプレーヤーはいない、でも単体では儲からない。ビジネスをスピード感を持って拡大する方法はなんだ、ソーシャルだ、という話になって、資産運用の内容を匿名で共有するサイトの構想ができました。シェア型のPFMです。
Q: PFMについてご説明いただけますか。
Personal Financial Management の略で、そのまま訳すと、個人の金融資産の管理です。お金の管理サイトをやるときに、一番ベタなのは紙の家計簿です。紙の家計簿はツラいから通帳に、通帳も記帳しに行くのが手間だからインターネットバンキングに、さらにネットを見に行くのも面倒だから自動取得する。この自動取得する仕組みがPFMです。このカテゴリーで日本でNo.1になれば、お客様の人生にすごく豊かな情報を提供できるようになるので、まずはPFMをやろうと決めたのが2012年の5月でした。ただ、シェア型のPFMは、いざ作ってみたら数人しか使わなかったんです。最初のサイトが駄目だとわかり、そこからいろいろなピボットを経て、共有する形ではなく普通のPFMとして家計簿に近いものに落ち着いていったのが2012年の後半ごろですね。そうしてできたサイトが今のマネーフォワードです。
■COOの基本動作とスタンス
Q: CEOとCOOの役割分担はどのように固まっていったのでしょうか。
法人を作ると決めたあたりで「お互い得意なことに注力する」「一方で本当に何でもやる」と割り切っていました。10年ぐらい社会人をやっていると、本質的な強みってそんなに変わらないと思うんです。私の強みは観察と、情報のデリバリーです。また、サービスの中まですごくしつこく見て何か変なことが発生していないかとか、自社に対するリサーチをするとか、ユーザーがどんな人たちで、どんなことに困っているか等をよく見るとか、観察眼とアウトプットというのが僕の中では自分の強みだと思っています。一方、辻はある意味正反対のところで、エクセキューションの達人なんですよね。そして、ベンチャーはエクセキューションが最大の付加価値なんです。人を集めて、人に納得させて、早く動いて、成果を出して、もう一回PDCAを回す。誰が組織のリーダーをやるべきかは明確でした。
Q: ではあまり意識しないで分担ができているということでしょうか。
経営陣はみんな経験豊富ないい大人なので、弊社の場合、「これがビジョンです」と言い続けないとやっていけないというようなヤワな組織ではありません。そうそうぶれないものが共有されているということかもしれません。まず「テクノロジーの力で世の中を幸せにする」というビジョンを掲げた上で、その切り口として「お金」があるのだと考えています。
その上で、CEOの1日の過ごし方を見ていると、営業も行くし、広報や採用の仕事もする。足で情報をつかんで、ビジネスの領域を拡げ、とにかく会社を推進させるべく、ガーッっと攻めていくタイプです。私は普段、1日の9割以上の時間をユーザーを見ること、具体的にはほとんどの時間を顧客サポートに費やしています。UX(ユーザー体験)に対して一番責任を負わなければいけないのは経営ですからね。
Yコンビネータ―をご存じですか。アメリカで1番といっていいぐらいベンチャーが育っていくプラットフォームです。起業したい人がチームで応募し、合格すると3カ月のプログラムを受け、最後にベンチャーキャピタルから出資を受けることができます。我々はそこを出ている訳ではないんですが、そのプログラムで課されることは2つのみと言われており、凄く共感しています。
一つは「ユーザーと話す」こと。お客さま一人一人にたとえば「こんな商品を作りました。8,200円するんですけど買いますか」と尋ねていき、実際に相手が支払うところまでやるんです。これはビジネスの基本で、お客さんと話すことがきちんとできていたら、値段が高いとか、機能が足りないとか、機能が多すぎるというように、必ず改善点が見えてくるんですよ。2つめは、そうした改善点を反映するための「コードを書く」ことです。その2つだけでいいと。コードを書いたらまたユーザーと話して、フィードバックを受けて、またコードを書く、それを繰り返していきます。つまり、ユーザーと話すのは、会社の一番基本の動作だと思います。
Q:COOの役割は、お客様との触れ合い、ということでしょうか。
COO(Chief Operating Officer)のOってオペレーションですよね。オペレーションって、物理的なものを動かす会社、たとえばApple CEOのティム・クック氏は史上最高のCOOだと思います。彼は、例えば台湾の工場と交渉し、数千万枚という液晶パネルを確実に手に入れるとか、そういうことを確実にクリアしていくことができます。ただ、弊社はiPhoneやMacを作るわけではありません。ユーザーの皆さまからこの機能が欲しい、あの機能も欲しい、とさまざまな要望を弊社に伝えてくださいます。
伝えてくださるお客さまの要望は大切にしたいのですが、同時にすべての要望を叶えられるわけでもありません。だからこそ、ファウンダーの責務として、その優先順位を付け、本質的に必要なことは何かを常に考えることが大切だと思います。本当にいいプロダクトであれば、黙っていても人は買いますからね。そういうプロダクトができるようになるまでは、責任を持って逃げないで、むしろユーザーに意見を出していただくよう要求するくらいの姿勢が求められると思います。
Q: 最後に、これからCOOを目指す方々へメッセージをお願いします。
どんなビジネスでも基本は上司を出世させることだと思います。私の仕事はマネーフォワードという会社を出世させること。そこで必要なのは、自分の強みや、現状を的確に把握していることだと思います。会社には、色々なことが起きます。そういうときに、やはり自分が見えていないとすごくつらいと思うんですよ。スティーブ・ジョブスは、人を褒めるときに”He knows what he’s talking about”と言っていたそうです。彼は自分の言っていることが分かっているという意味です。どのような会社も、目指すところはユーザーの満足度の最大化ですよね。何をやっているか常に明確にし、誰かを幸せにするためなのか、仕事をしやすくするためなのか、そういうリソース配分もとどのつまり、自分で今、何を優先すべきかが見えていることが必要だと思います。だからこそ、自分のことが見えているかどうかはすごく大事だと思いますね。