2016.12.20 インタビュー EXキャリア総研
風呂グラマーが描く次世代のエンジニア組織とは 株式会社トレタ 取締役CTO増井 雄一郎 ■略歴 1976年、北海道生まれ。中学生の頃からプログラミングに興味を持ち、高校生の頃にはアルバイトでシステム制作を担うように。大学時代に起業。その後フリーランスのエンジニアとして活躍する。2008年渡米、現地で中島聡氏とiPhoneアプリを開発する会社を設立。2010年帰国。2011年に現ミイル(株)を、2013年に(株)トレタを、トレタ代表取締役の中村仁氏と共に設立し現在に至る。
浴室でもコーディングする“風呂グラマー” ■頭にタオル乗せ、湯船にのんびりと浸かる。けれど手元にはノートパソコンがあり、プログラミングを行うその姿から、「風呂グラマー」としても有名な増井さん。やはり幼い頃から、コンピュータやプログラミングは好きだったのでしょうか。 増井氏: はい、大好きでした。中学生の頃にはちょっとしたコードが書けましたから、当時発行されていたパソコン専門誌『MSX・FAN』に投稿したりしていました。高校生の頃になると、アルバイト先の写真屋さんにあったPC-98で、在庫や発送が簡便になる管理ソフトを作成。もう1つのアルバイト先である会計事務所の人にそのソフトを見せると、大変褒められましてね。本来はデータ入力のアルバイトだったのですが、そこから私の仕事は、システムのコーディングに変わりました。 ■幼い頃からエンジニアとしての非凡な才能を発揮されていたわけですね。そして大学生で起業を果たされています。 増井氏: 高校生の頃から今で言う、フリーのエンジニアとしてお仕事をいただいていました。大学に入ると仕事量は増加、個人で対応できる量を超えるようになりました。それで会社を設立したわけです。会計事務所でアルバイトをしていたので普通の大学生よりは経営というものが身近にありました。ただ当時は、起業という意識はそれほどありませんでした。どちらかというとまわりの状況に応じでの会社設立でした。そのため、しばらくしてフリーのエンジニアとして活動するようになります。 ■フリーになられたのが2003年だと聞いています。その後アメリカに単身渡られたわけですが、何か向こうで学びたいことなどがあったのですか。 増井氏:2004年の年末だったと思います。国内でRuby On Rails(以下、Rails)が注目を浴びるようになっていました。私もRubyはずっと使っていましたから、Railsに興味を持ち、使い出したんです。するとドキュメントが全部英語で書かれていて……。私、英語が昔から苦手なんです。でも、 Railsを学びたい。そんなことを考えていたら、Rails初のカンファレンスがシカゴで開催されることを知ります。 ■それで、アメリカに出かけたと。行動力がおありだったのですね。そして既に現地で会社を経営されていた元マイクロソフトのエンジニア・中島聡氏と共に、会社を立ち上げられたわけですね。 はい。2010年に帰国するまで、iPhone関連のアプリケーションの開発を行っていました。帰国後は当社の代表である中村と出会い、FrogApps(現、ミイル)のスタートアップに参加。2013年に今の会社、トレタの設立に至ります。
飲食店の予約・顧客管理がiPadで手軽にできるアプリを開発
■それでは現在、御社が手がけているサービスについてお聞かせください。 増井氏:飲食店に向けた、情報管理アプリケーション「トレタ」の開発を行っています。従来、多くの飲食店では予約の電話が入ると、予約内容をノートに書き込み、管理していましたよね。その紙への入力の部分をiPadで行い、さらにその先の情報管理を担うサービスになります。 ■iPadで予約情報を入力したり管理を行うと、どんなメリットがあるのですか。 増井氏:一度入力した情報はクラウドに保存され管理されますから、従来のような単発的な予約管理で終わることなく、他のサービスに活用できます。たとえばお客様の好みの料理、誕生日、よく訪れる時間帯、好みの席といった情報を紐付けることができます。さらにお店でこれまで使っていたPOSとも連動しますし、「メディアコネクト」というサービスを使えば、ネットからご予約いただいたお客様が、どのWebサイトからのアクセスなのかも分かる。チェーン展開している店舗であれば、系列店との情報共有も可能です。 ■私も実際に「トレタ」を使わせていただいたのですが、とにかく使い勝手が簡便だという印象を持ちました。 増井氏:ありがとうございます。先に紹介したように、情報化することのメリットは多いです。しかし入力が面倒だと、いくらその先に価値があっても、使おうとは思いませんよね。パソコンの操作が苦手な方、アルバイト初日のスタッフ、年配者など。誰が使っても一目で使い勝手が分かり、簡単に扱えるインターフェースであること。この“使い勝手がよい”という点がトレタ最大の特徴であり、開発におけるベンチマークにもなっています。 マネジメントはしません。自分で考え、行動できる人を採用しています。 ■それでは増井さんのCTOとしての役割についてお聞かせください。まず増井さんは、トレタでどのような業務を担っているのでしょう。 増井氏:スタートアップの頃はありましたが、現場でプログラミングをすることは、今ではほとんどありません。主に新規企画の立案を行っています。代表と一緒になって新しいサービスを考え、どうすればそれが実現できるのか――。そのプロトタイピングなどを行っています。 ■マネジメントについてはいかがですか。 増井氏:当社の特徴になると思いますが、私は一切マネジメントをしません。これは就任当初からです。その影響かどうかは分かりませんが、当社には肩書による上司・部下の関係がほとんどありません。チームの雰囲気はとてもフラットです。肩書はあくまでチーム内での役割を示すものであり、私であれば先ほど申したように、新規事業の開拓を担うメンバーである、ということです。 ■マネジメントをしなくても、プロジェクトはスムーズに進んでいくと? 増井氏:ええ、問題ありません。というのも当社のエンジニアは全員、自分でマネジメントできる優秀な人材だからです。もっと言えば、そういったエンジニアを意識的に採用しています。ですから採用は慎重に行い、時間もかかります。選考も人事に頼るのではく、エンジニアが自ら行います。基本的には、今働いている13名ほどのエンジニア全員と面接を行い、最終段階では当社に入ったら何をしたいのか、といったプレゼンテーションまでしてもらいます。私が言うのもあれですが、合格率はかなり低いです。 ■CTOがマネジメントしなくても動ける、優秀な人材が御社には集まっているということですね。 増井氏:実際、入社するエンジニアの中には、他でマネジメント経験がある人が複数いますまた何のために仕事をしているのか、という想いの部分も大切にしています。上司や会社のために仕事をしているエンジニアではなく、クライアントである飲食店のことを考え動ける方が、当社で働くメンバーの特徴です。 ■増井さんがマネジメントをしないことは分かりました。ではたとえば、技術の選定は、どのようなプロセスになるのでしょう。 増井氏:もちろん最終決定は私がします。ですが、その前段階としてエンジニア一人ひとりが考え、アイデアを出してくれる環境だということです。たとえばアイデアを出すための勉強会を、私の発案ではなく、メンバーが自発的に行っています。その上で出てくる技術を私が覆すようなことはほとんど起こらないですね(笑) ■失礼ですが、増井さんがいなくてもプロジェクトはまわると? 増井氏:ええ、そういうことになります。短期的には全く問題ない、と断言できます。ですから私は安心して、通常業務は現場のエンジニアに任せ、先に話したような新しいプロジェクトを考える時間が持てています。会社にずっといる必要もないですから、出張していることも多い。今後は海外展開を計画しているので、そういった意味でもとても心強いメンバーであり組織だと思っています。 ■なるほど。何だかお聞きしていると素晴らしい企業風土だと感じます。実際、皆さんどのようなメンバーが集まっているのでしょう。 増井氏:先ほども少し話しましたが、私たちの想いは、飲食店の方によろこんでもらうアプリケーションをつくることです。この想いを、全社員が共有しています。営業や企画の人間とエンジニアの関係も良好ですし、エンジニアが営業や企画と一緒に、クライアントのもとに足を運ぶこともあります。インターフェースにも気を使っていますから、デザイナーとの打合せも多いです。 ■部署を超えた意見交換の場も、特に増井さんがマネジメントすることなく、自然発生的に行われていると? 増井氏:19時を過ぎたら、社内でもお酒を飲んでいいことになっていて、自然発生的に社員が集う“場”があります。その場では会議で話されていた内容が、再び話題に上がることがよくある。会議に参加していなかったメンバーも内容を共有でき、意見を述べることができる。エンジニアだけでなく、全社員の関係性がフラットな組織なんです。 肩書ではなく1人のエンジニアとしての強みを持つことが大切 ■それでは、キャリアアップを目指す若きエンジニアに、何かメッセージやアドバイスをいただけますか。 増井氏:どんな分野でも構わないですから、自分なりの強みを持ってもらいたいですね。「私は○○を開発したエンジニアです」と、声を大にして言えるような、自分にしかない魅力です。たとえば私であれば、数十万ダウンロードを記録したPHPによるWikiシステム「PukiWiki」、iPhone向けアプリをRubyで開発できるオープンソースソフトウエア「MobiRuby」の開発に携わった、といった感じです。 ■つまりCTOやPMといった肩書の前に、エンジニアとしての根幹である技術面での明確なキャリアが重要だと。 増井氏:そういうことです。役職が上がっていくと、部下も含め、まわりからの評価対象となります。そのときに明確な指標がないと、残念ですが部下からの求心力は得られないでしょう。 ■その他で、エンジニアにとって大切な心構えなどがありましたら、お聞かせ願えますか。 増井氏:自分が将来、どうなっていたいのかを考えることが、とても重要だと思います。特に3年後位の姿をイメージし、そこから逆算して今自分が携わっている仕事がどうなのかを、考えてください。イメージ通りであれば続ければいいですし、今の仕事を続けていても自分の望むキャリアに行けないと感じたのであれば、変えるべきです。これは私自身がそうでもあるのですが、海外で仕事をしたいのであれば、英語の勉強はもちろん、海外でエンジニアとしての知名度を上げるにはどうすればいいのか、そういったことを考えた上で、日々の時間を使うことが大切です。 ■目標や夢を持つことが大切である、ということですね。ではそんな増井さんの、今後の目標や展望についてお聞かせください。 増井氏:これまで築いてきたキャリアや肩書をある日突然失ったとしても、何事もなかったように仕事を続けていくことができ、ふつうに暮らしていける自分でありたいですね。 ■それは技術的にどこにいっても食べていけるレベル、ということでしょうか? 増井氏:ええ。CTOになり、経営的な業務の比率が増えていくと、どうしてもエンジニア個人としての評価が下がっていく、と感じています。そうならないためには、会社での役割は置いといて、それ以外のフィールドで、1人のエンジニアとしてのスキルアップを続けることを意識しています。 ■増井さんほどのエンジニアでも、いまだにスキルアップに努めていると。具体的には、どのような取り組みをされているのでしょう。 増井氏:アプリケーションの開発です。会社に関係のないプロダクトを、年に1つ制作することを自分に課しています。去年はオフィス向け受付アプリケーション「Kitayon(キタヨン)」を、一昨年は勤怠管理のシステムを開発しました。 ■「Kitayon」は「TechCrunch Tokyo Hackathon 2015」で優勝作品に選ばれたアプリケーションですよね。まさに1人のエンジニアとしても優秀だということの証明です。その他の取り組みはございますか。 増井氏:年に一度、英語で発表する場を設けるようにしています。もし日本で仕事ができなくなった場合でも、海外で勝負できるスキルを身につけるためです。実際、先週シンガポールで開かれたRubyのミートアップに参加し、30分ほどのスピーチを英語で行いました。 ■それでは最後に、トレタCTOとしての今後の展望をお聞かせください。 増井氏:おかげさまで事業は好調で、人出が足りない状況です。そこでメンバーを増やしたいのですが、先ほど申したように、当社が求める人材はそう簡単には見つかりません。しかし裏を返せば、そのような厳しい基準で採用を行っているからこそ、他社に胸を張れる社風が維持できているとも思っています。何とか今の良き状態を維持しながらも、組織の拡大を実現していくことが、今後の課題でありチャレンジだと考えています。