挫折感に始まったCFOへのキャリア
Q:いろいろな企業でのご経験があるそうですが、そのスタートからお聞かせください。
A:最初に入社したのは不動産会社です。いわゆる「バブル世代」で、社会人になった頃は、就職先として不動産会社や証券会社に勢いがあった時代です。土地再開発など華々しい仕事を想像していたにもかかわらず、配属されたのは経理部でした。正直に言うと、経理は数字ばかりいじる暗い部署というイメージで、挫折感を持ちました。
Q:意外なスタートだったわけですね。始めてからはいかがでしたか。
A:予想とまったく違っていました。というのも、他部署の人が次々と稟議書を持って、経理部門・財務部門にお伺いを立てにくるのです。それほど財務・経理部門の力が強い会社でした。だんだんと「会社経営の本丸にいる」と思うようになりました。
Q:その会社には、どのくらいいましたか。
A:10年ほどです。そこで上場会社としての情報開示やファイナンスを担当していましたが、そのうちに「うちの会社は銀行に利子を返すために存続しているのではないか」と疑問を持つようになりました。実際に決算書を見るとそれに近い状態でしたし、当時は有利子負債が大変多くファイナンスを支える必要から、銀行からエース級の人が送り込まれていました。そういった方たちと働くのは学ぶことも多く楽しかったのですが、自分の専門領域を活かしてもっと会社を前に進める方向の仕事がしたいと考えるようになりました。そのような背景の中でコンサルティング会社に興味を持ちました。
Q:何かきっかけがあったのでしょうか。
A:その当時エイベックスさんが株式上場をされました。代表取締役社長CEOの松浦勝人さんは同世代にあたり、そのような方が株式上場を実現されていることに強く衝撃を受けました。その後、トーマツが株式上場支援コンサルティングを強化していくと知るチャンスがあり、自分も株式上場に携わるエキサイティングな仕事をしてみたいと考えて、トーマツへの転職を決めました。
Q:今は東証マザーズのように一般でも認知された株式市場がありますが、当時はどういう状況でしたか。
A:当時はIPOという言葉さえも一般的ではありませんでしたし、株式上場支援を真剣に考える人はごくひと握りだったと思います。マザーズができたのは、トーマツに転職してベンチャー支援を開始した2年後のことでした。
Q:転職してからはいかがでしたか。
A:当初はコンサルティング部門でベンチャー支援をやるはずが、着任すると事業戦略が変更されており、コンサルティング部門ではベンチャー支援業務をすることが難しくなっておりました。事前に聞いていた話と違っていたため途方に暮れていたところ、トーマツグループの監査法人から、ベンチャー支援の子会社を立ち上げたいので来てほしいと声がかかりました。そこで監査法人に移り、証券会社等から転職してきた同僚たちとトーマツ ベンチャーサポートという子会社立ち上げの実務を行いました。。
Q:その後はどうなさったのでしょうか。
A:ベンチャー支援はエキサイティングで面白い仕事だったのですが、長く続けているうちに安全なところにいて支援するだけではなく、リスクを取る側になってみたいと思うようになりました。リスクは高いが最も関心が高かったのが創薬系バイオベンチャーです。創薬系バイオベンチャーは、大学等の研究成果を基に製品化を目指し、最初にベンチャーキャピタル(VC)が資金を投入して経営者を募り、国内外の製薬会社と交渉していくビジネスモデルです。お付き合いのあったVCの社長から、投資先のバイオベンチャーにCFOとして参画しないかと声をかけてもらい、渡りに船と移ることにしました。ですので、ベンチャーに近いところで仕事をしているうちに自然とCFOになった、という流れですね。
外部環境に翻弄されて得たもの
Q:バイオベンチャーのCFOになってからはいかがでしたか。
A:毎年10億円ぐらいのファイナンスをやっていました。ところが、2006年のライブドアショックや2008年のリーマンショックで、IPOの氷河時代に入りました。
Q:そのベンチャーへの影響はいかがでしたか。
A:薬の開発は順調でしたが、ファイナンスにおける外部環境の厳しさは想像を超えていました。バイオと言っただけで投資委員会に通らなくなり、ファイナンスの継続ができなくなりました。投資家側も比較的すぐIPOできるであろうと見込んでいたのだと思いますが、ファイナンスの氷河時代に突入して、IPOも追加投資もできない状況になり、会社を停止せざるを得なくなりました。社員やプロジェクトをそのままにするわけにはいきませんでしたので死ぬ思いでその対応をやりました。自分としてはひたすら真摯に対応することで、負の影響を極小化することに注力しました。
Q:振り返ってみて、いかがですか。
A:会社としては志半ばで非常に残念でしたが、バイオベンチャーの厳しい創世記に身を置き、外部環境に大きく翻弄されながらも、会社が存続できなくなるまで自分の力を出し尽くせたのは、貴重な経験であったと思っています。
Q:外部環境の影響とはいえ、かなり責められたのではないでしょうか。
A:もう、めちゃくちゃ責められました。今までの人生で一番つらかったですね。一方で投資や株式や契約書に関して身をもって勉強することができたと思っています。投資家や株主との対話、種類株式を発行することの意味、投資契約書の重要性等に関して形式論だけではなく本質論を体感することができました。外部環境が悪化するなどの要因で前提条件が変わってくると当初想定していなかった状況に置かれたり難しい関係性が生じたりすることも踏まえて契約書等は入念に確認する必要があります。。最近ではそのような経験を踏まえてなのか、例えば投資契約書に関する知見やノウハウを共有する動きもありますがとても有意義な取り組みだと思います。
Q:そのバイオベンチャーにはいつまでいたのですか。
A:クローズの目途が立った最終段階までです。当時の弁護士さんからは「逃げないで最後までやり抜きましたね」と言われたのが、今でも心の支えになっています。自分は、この経営陣なら信頼できると思ってリスクテイクして経営メンバーに入りましたし、その信頼感に揺るぎはありませんでしたので最後までやろうと思って頑張ることができました。
Q:状況が厳しくなってから、周囲の反応はいかがでしたか。
A:厳しい時の反応にこそその人の本質が現れるように思いました。。残念ながら本質的な会話ができなくなってしまう場合もありますし、むしろそういう場面だからこそ本質的な会話をしていただける場合もありました。
Q:厳しくなっても本質的な会話ができる人かどうかを見極めるには、どうすればいいでしょうか。
A:難しいですね。例えばですが、ある事柄に対する見方が違う場合は本質的な価値観が違う可能性があるかもしれません。自分にとって重要だと思っているのにスルーしてしまう人とか、自分にとってはささいなことにすごくこだわる人とか。なかなか判断は難しいですけど。
Q:いまの会社に移ったのは2012年ですね。
A:バイオベンチャーを離れてから、企業再生の会社に行った後、縁あってはてなにお世話になることになりました。面談の際に、バイオベンチャーでの経験を話したら「非常に貴重な経験してますね」と言ってもらいました。そこからご縁が始まりました。
IPOに不可欠なのはいいチームづくり
Q:はてなに移られて約4年後の上場でしたが、いちばん大変だったのはなんですか。
A:弊社はそもそも『「へんな会社」の作り方』という本を過去に出していたぐらいユニークな制度を持っている会社です。そうした制度を上場審査に耐えられるかたちに改修することはなかなか大変でしたね。
Q:最初はいわば外様の立場ですが、その点でのご苦労はありましたか。
A:すでに上場を目指すことは社内決定事項で、入社の際に「待望のCFOです」と紹介されました。立場は外様ですが、コーポレートに軸足をおいた本部やIPO準備チームを立ち上げる必要性が前提にあり、経営陣や社員も上場にCFOが必要だと理解していて、むしろ非常に歓迎を受けました。敢えて言えばその期待に応えなくてはという苦労でしょうか。
Q:御社の上場は非常に注目されていました。年明け最初の上場会社、というこのタイミングを最初から狙っていたのでしょうか。
A:最近の審査は厳しいので、スケジュールを修正せざるを得ない上場準備会社さんもあるかもしれません。ただ、弊社はオンスケジュールでした。スケジュールを引いて、主幹事さんとこれでいきましょうと話し合ってからは、1日もずれていません。それが結果として良いタイミングにつながったのではないでしょうか。
Q:そのように進められた要因はなんですか。
A:トーマツで数々のIPO準備を見てきて、上場準備会社におけるCFOの最初にして最大のミッションは「優秀なIPOチームを組成できるかどうか」だと考えていました。というのも、IPOはチームで進めていかなければなりません。CFOとしてやるべきことはたくさんありますが、そうは言っても一人で全部できるわけではありません。頑張れるチームを作れないと大変です。例えば監査法人の会計士からCFOになる方は多いと思いますが、会計制度に詳しくても人や組織に関しての知見がなければ、優秀なチームを作るのは難しいでしょう。結局は、自分一人がやることになってしまう。けれども、人の選び方さえ失敗しなければ、優秀なその人がどんどん進めてくれる状態になります。極論すれば経理経験のないCFOでも、実務がきちんとできる経理マンを目利きできるか、あるいは目利きできる助言をしてくれる人がいるか。ここはIPOを良い形で進めていけるかどうかの分かれ目だと思います。
Q:これまで多くのCFOの方にお話を伺ってきましたが、初めて伺った意見です。どのようにしてチームに入れる人を見極めていけばいいでしょうか。
A: 当たり前なのですが、必要なスキルをきちんと身に着けている人かどうかを見極めることです。実務の進め方等について話せば、この人は本当に分かっている人だな、この人は人の受け売りで話しているだけだな、ということは分かるのではないでしょうか。
Q:確かにそうですね。
A:優秀なチームを作ったら、そのチームにしっかり動いてもらうために、どれだけ自分がサポートしていくかが重要です。例えば大手からベンチャーに転職する人は、そもそも自分の裁量をもっと増やしたい気持ちがあるはずだと思います。そこで、その人の予想を上回るぐらいの裁量を与えて大いにやってもらえばいい。自分はCFOとして、方針をしっかり示し、最終的に責任を取ることを明確にした上で、皆さんがやりたいようにやってください、と言い続ける。これは、上場準備のフェーズにおけるCFOにとって、とても重要な役目だと思います。
CFOの役割はリリーフピッチャーに似ている
Q:ご自身の目指すCFOをお聞かせください。
A:基本的にCFOは野球でいうリリーフピッチャーです。事業を行ったり、営業したり、財務的に言えば営業キャッシュフローを稼ぐ立場の人たちが、打たれたり、ケガしたりして、営業キャッシュフローが落ちるときに、リリーフとしてすぐに手当てができるか。来たるべきリリーフ登板のために、情報を得たり、人脈を築いたりして、平時でもブルペンで準備しておくことが大切です。
Q:平時でも、というのは具体的にどういうことでしょうか。
A:この事業は今は好調だけど本当に続くのかな、続かなかったら危険だから、この場合は銀行さんと先に話しておこう、みたいなことですね。私のモットーは「会社がいいときは悲観的に、会社が悪いときには楽観的に」です。事業がハッピーで、営業キャッシュをどんどん稼いでいるようなら、極端な話、CFOは何もしなくてもいいのかもしれません。でも、そうではないことを常に想定した準備が必要です。逆に本当に悪い時にCFOが悲観的になっていてはいけません。前面に出て楽観的な前向きさが必要だと思います。
Q:最後に、これからCFOを目指す方へメッセージをお願いします。
A:ベンチャーステージのCFOになるには、まずどこかで経営者と出会わなければなりません。実際に私が知っているCFOの多くは、VCや証券会社、監査法人にいた経験を持っています。ベンチャー経営者と接点のある仕事を選択することからCFOへの道は始まることが多いように思います。。また、CFOという仕事は、株式市場と接点を持つことは避けて通れません。監査法人やVC、証券にいた経験者であれば、その株式市場との向き合い方がわかります。そういう素養を持った人がベンチャーの経営陣に入ることも重要だと思います。
Q:スタートアップの人の集まりなど、経営者との接点も増えていますね。
A:そういった場に飛び込んで、経営者から声をかけられてCFOになるのも一つの道筋です。ただ、 CFOになるにあたって大事なポイントがあります。それは「そのCEOに対等にものを言えるかどうか」です。CFOはChief Financial Officer、最高財務責任者と訳されますが、ベンチャー企業ではお金だけを見ていればいいわけではありません。経営陣の中で会社組織全体やコンプライアンスを見る責任者である必要も出てきます。なんとなくCEOに声をかけられてCFOになった、でも肝心の時にものが言えないようでは、CFOの役割を果たすことができません。
Q:ものを言うためにはどうしたらいいのでしょうか。
A:必要なのは、専門性と気概だと思います。やはり財務畑出身のCFOが多いようですが、人事系、法務系など、なんらかの確たる専門性をもっておくといいですね。専門性があれば、ものを言うときの後ろ盾にできます。CFOとして、つらい立場に立ったとしても、自分の見識において意見を言うべきときはやはり言わなくてはなりません。言うべきときに、きちんと言える気概を持っているかどうか。経営陣の一人として役割を果たせるように、頑張っていただきたいですね。
CFOロード
~最高財務責任者(Chief Financial Officer)の生きる道~優秀なIPOチームを組成できるか、それがCFOの最大の仕事
株式会社はてな 取締役CFO 小林直樹