プログラミング以外の強みを持つこと、貪欲に高みを目指す姿勢が大切 – 株式会社ietty 執行役員CTO 技術本部長 大浜毅美氏

株式会社ietty 執行役員CTO 技術本部長 大浜毅美氏

■略歴
茨城県出身。横浜国立大学卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科に進み、社会心理学を専攻。学業終了後は日経リサーチ、ヤフー、グルーポン・ジャパン、マーケティングアプリケーションズなど、文化も規模も異なる組織で、新規事業の立ち上げからマネージャー、プランナー、CTOなど、さまざまな事業やポストを経験。2016年4月、技術本部長としてiettyにジョイン、現在に至る。

不動産の接客サービスが昼夜を問わずチャットで受けられる

■まずは御社が現在手がけられている、サービスについてお聞かせ願えますか。

不動産に関する各種サービス、特に現在は不動産仲介業に力を入れています。当社が一般的な不動産会社と違うのは、「ietty(イエッティ)」というオンライン型の接客プラットフォームを使い、賃貸物件をお客様に提案したり、各種やり取りを行っている点です。これまでのように不動産会社の実店舗に行き、物件を扱う担当者と会わなければ受けることができなかったサービスを、ネット上で簡便に受けられます。

■その接客プラットフォームは、チャットを利用しているそうですね。

ええ。チャットを利用することのメリットは大きいです。まず営業時間。実店舗のように閉店することはありません。iettyであれば夜23時まではオペレーターがチャットで対応し、以後深夜の時間帯であっても、コンピュータが自動でおすすめ物件を提案するなど、昼夜を通してサービスの提供を行っています。

■つまりiettyでは、実際の人(オペレーター)によるチャットサービスに加え、コンピュータ(人工知能)による接客サービスも提供していると?

人工知能と呼べるまでのシステムには、まだ仕上がっていません。ただ当社が目指しているのはまさしくそのようなサービス。「人が提供している接客仕事を機械化する」ことをミッションに掲げ、日々の開発に臨んでいます。

■チャットによる接客サービスを実現している技術的なお話をお聞かせください。

機械学習の技術がメインになります。具体的にはSVM(サポートベクターマシン)などの技術を使うことで、まるで人間のオペレーターがチャットを行っているような接客を可能にしました。ただiettyの特徴はオペレーターとコンピュータが協力して接客サービスを提供することであり、この部分は今後も変わらないと考えています。

内見の予約から契約までチャットで完結

■なるほど。完全にコンピュータに頼るのではなく、人と機械、それぞれのいいとこ取りをすることで、より良い接客サービスを提供していくことがポイントだと。

ええ。私たちは決して全てコンピュータ(人工知能)によるサービスに、既存のプラットフォームを置き換えようとしているわけではありません。そもそもiettyを開発しようと思ったきっかけは、従来の不動産業界のフローに疑問を抱いたからです。
物件を探す場合は大抵、「SUUMO」や「HOME’S」といった大手不動産情報サイトで検索しますよね。そして気になる物件が見つかったら、今度は不動産会社の店舗に行かなければならない。その後、内見、契約という流れが一般的です。

■iettyもネット上で物件を検索するのは同じですよね? 何か違いがあるのでしょうか。

先の情報サイトはあくまで不動産会社を紹介するためのサイト、言わば広告塔です。物件を探したり、契約したことある方であれば分かると思いますが、先述した従来の手順では手間がかかる。

■なるほど。iettyであれば実店舗に行く手間が省けると。

はい。現在は実店舗も営業していますが、基本、チャット上でほとんどのやり取りが完結できます。内見は現場に行く必要がありますが、予約はチャット上で行っています。もちろん、その後の契約も対面で行う必要はありません。iettyのチャット上で完結します。ですからプラットフォームの見栄え(UI)や使い勝手(UX)には、とてもこだわりました。チャットのプラットフォームそのものが、実店舗と同じような役割を担っているからです。

データサイエンティストとして不動産業界を改革したい

■ところで、大浜さんが現在のサービスを実現できたバックボーンといいますか、これまでの歩みを簡単にお聞きしてもよろしいですか。

大学院時代に社会心理学を専攻していた私は、エンジニアとして歩む一方で、データ分析の研究にも注力していました。卒業後は同分野のサービスを提供する日経リサーチに就職。マーケティングリサーチシステムの開発エンジニアとしてのキャリアをスタートさせます。当時は主にブログ分析サービスの立ち上げに参画。機械学習だけでなく、事業立ち上げといったビジネスパーソンとしてのスキルなど、この時期に多くのことを学びました。

その後はヤフージャパンの研究開発部門に転職。研究所にはヤフージャパンの新サービス開発に携わる研究員が働いていて、彼らと画像解析や音声認識といった技術のやり取りを日々行っていくうちに、現在iettyで実現しているさまざまな技術が身についていきました。

■なるほど。プログラミングだけでなく、データ分析にも強いエンジニアだと。おそらく多くの企業からオファーがあったかと思いますが、なぜ次のビジネスのステージにiettyを選ばれたのでしょう。

キャリアパスを考えたとき、これからはデータ分析などのバックヤードではなく、ユーザーが直接触れるシステムを作る場で活躍したいと思いました。中でもIT化が遅れている業界であれば、自分のキャリアを存分に発揮できるだろうと。

■つまり不動産業界のIT化は遅れていると?

ええ。他にもIT化が遅れている業界はありましたが、不動産が一番遅れているように感じました。
楽天やAmazonといった大手ECサイトの強みは、物流に加え、ありとあらゆる商材を扱っている点です。しかし不動産は扱っていません。なぜだと思いますか。彼らの強みであるレコメンデーションエンジンが使えないからです。

■物流という観点からも、不動産はマッチしませんね。

あるユーザーがECサイトで色々と商品を購入した。また別のユーザーも同じように商品を買った。ECサイト側では、このような無数のユーザーの属性や共通点を分析し、似たような属性を持つユーザーに紹介していきます。これがレコメンデーションエンジンの仕組みです。ところが不動産物件は1人のユーザーがいくつも買うものではありません。つまり既存のECサイトが得意とする仕組みが成り立たないのです。

■なるほど。しかし大浜さんであれば、新しい仕組みを構築できると。そして実際にiettyで実現された。

はい。不動産業界を選んだ理由はもう1つあります。旧態依然の慣習です。私自身が物件を探す際にも感じていたことですが、これまで不動産業界では借りる側の立場が、なぜか弱かった。「貸していただき、ありがとうございます」と。お客様が神様とは言いませんが、本来ビジネスは提供側もサービスを受ける側も対等な関係であるべきで、両者がWin-Winのはずです。しかし不動産業界では違っていたように思うのです。さらに言えば、不動産会社の人は大家さんの代理人のように感じます。iettyが広まることで、このような好ましくない慣習も改善していければと考えています。

複数のbotで構成されるチャットボットが理想

■なるほど。ところで、なぜ御社のシステムであればネット上で不動産を扱えるのか、ぜひとも聞きたいところです。

まだ開発途中ですが、男女や年齢、収入といった属性だけに頼るのではなく、ユーザーがチャット内で発言するコメント、行動などを分析した上で、物件の提案などを行う仕組みを考えています。次の発言までに要する時間、前に提案した物件の評価の有無ならびにその内容などが対象となります。

■つまり、オペレーターが接客時に行っている対応を、同じようにコンピュータも行うと。実現には、さらにどのような技術が必要になってくるのでしょう。

chatbot(チャットボット)です。現在導入されているチャットボットの多くは、botが1つしか組み込まれていない場合がほとんどですよね。ユーザーとbotが1対1でチャットをしている。一方で我々が目指すところは、複数のbotがユーザーとチャットする仕組みです。

たとえば、手堅い物件を紹介するbotがいる一方で、個性的な物件を紹介するbotがいる、といった具合です。お客様の相場観がズレていたら、予算にあった場所と物件を提案するbotも用意します。iettyの使い方を説明するbotがあってもいいでしょう。いろんな個性を持ったbotを組込むことで、iettyをより使いやすく進化させていきます。

■まさしく御社の理念である「人間がやっている接客仕事を機械化する」ですね。

ただ、今ご説明したのはあくまでこれから開発していくべき仕組み。言うは簡単ですが、実現にはいくつもの技術的なハードルがあります。しかしiettyで使うシステムがそこまで進化したら、そのときは不動産という商材だけでなく、他の商材にも使えると考えていますい。特に先ほどお話したように、ECサイトで扱いにくい商材です。

■そうなると一気に事業が拡大しますね。具体的に、現在のフェーズはどのあたりですか。

iettyのサービスを開始してからそろそろ丸2年。データがかなり蓄積されたこともあり、開発スピードを高めようと、先日IBMの人工知能「Watson(ワトソン)」を導入しました。
実現はそう遠くないでしょう。さらにその先のアイデアもあります。iettyで成功したシステムをBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)として、他の事業者に提供するサービスです。

プログラミング以外の強みを持つことが大事

■事業の詳しいご紹介をありがとうございました。ではここからは、CTOとしての役割についてお話を聞かせください。現在はどのような業務を担当されているのでしょう。

会社のブランド力を上げることに注力しています。具体的には優秀なエンジニアを採用して組織を強化すること。人工知能などの研究や開発を手がける著名なエンジニアや研究者が活躍する大学、企業、サードパーティなどとの連携を推し進めています。先述した「Watson」の導入はいい例です。

■採用に関しては基準といいますか、具体的に求めているエンジニア像などがあればお聞かせください。

現時点でのスキルやキャリアはあまり気にしていません。重要なのはこれからの成長性です。「エンジニアとして成長したい」「もっと上のレベルで仕事したい」という“貪欲”な気持ち持つタイプです。また気持ちだけでなく行動に移していることも重要です。
たとえば、新しい技術をキャッチアップするために積極的に勉強会やセミナーに参加している。さらに参加するだけでなく、勉強法についても検討し、自分の中で成長できる方法論を確立している。「我こそは」というエンジニアがいたら、ぜひとも当社にジョインしてもらいたいですね。

■何か、そのような成長意識の高いエンジニアにアドバイスなどはございますか。

エンジニアとしての成長だけに固執していると、どうしても広がりが少なくなると思います。何か別の軸での強みを身につけるといいでしょう。私であれば、データ分析がそうでした。
もう1つ、キャリアアップの方法は人それぞれです。自分にあった方法で、目指すべきゴールに向かっていってもらいたいですね。私の場合は転職を繰り返すことでしたが、部署異動で実現するエンジニアもいるでしょう。特にこれが正解、というキャリアパスはないと思います。

どのフェーズのCTOとしてビジネスに携わりたいのか

■それでは最後に、CTOを目指すエンジニアにメッセージをいただけますか。

自分が目指すCTOの姿を、まずは明確にすることが重要です。言い方を変えれば、自分がどのフェーズで勝負したいのか、あるいはどこのフェーズであれば力を発揮できるのかを把握するのです。

創業時から事業に携わるような、ゼロイチタイプのビジネスを好むのか。あるいはその先、1のビジネスを10するのが好きなのか。あるいはもっと先、10のビジネスを100にしたいのか。自分がどのタイプのCTOになりたいのかを、定めてください。

というのは、それぞれで必要とされる能力が異なるからです。創業タイプのCTOであれば、創業者と同じような起業家としての力が必要です。1→10タイプのCTOであれば、エンジニアとしての強みを持つ一方で、マネジメント能力も身につける必要がある。ちなみに私はこのタイプのCTOだと思っています。さらにその先、ある程度成熟したビジネスをより大きくさせるCTOになりたいのであれば、エンジニアとしてのスキルはそれほど必要なく、むしろマネジメント能力の方が必要だからです。じっくりと考えてください。

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