国内最大級のクラウドソーシングサービス「クラウドワークス」。同サービスを運営するクラウドワークス株式会社は、2014年度売上高において昨対比800%という目覚ましい成長を遂げ、同年12月には東京証券取引所マザーズ上場を果たした。同社の経営はもはや盤石とも思えるが、代表取締役社長兼CEO・吉田浩一郎氏は決して気を緩めない。「これからが本当の戦い」―――その言葉には、困難を乗り越えた者だけが発する毅然とした響きがあった。
■略歴
1974年生まれ、兵庫県出身。東京学芸大学卒業。パイオニア株式会社、リードエグジビジョンジャパン株式会社を経て、執行役員として株式会社ドリコムで上場を経験。2011年に株式会社クラウドワークスを創業し、翌年よりクラウドソーシングサービス「クラウドワークス」を開始した。2014年には前年比800%の売上を達成し、同年12月にマザーズ上場。
Q:まずは、吉田さんのご経歴からお聞かせください。
私はもともと役者志望の人間でした。そもそものきっかけは、幼稚園のときに「ヘンゼルとグレーテル」の劇で褒められたことです(笑)「役者しかない」という思いを抱きつつ中高一貫校に進学したのですが、勉強についていけず地獄のような思いをしました。勉強というルールでは勝つことができないので別の戦い方をしなくてはいけないと感じ、演劇の道をめざして東京に出たのです。そして劇団を立ち上げたのですが、契約ミスや準備不足により借金を背負ってしまいました。その失敗を通じて社会の厳しさを痛感し、演劇をやめてパイオニア株式会社に就職したのです。
サラリーマンとしてのスタートは順風満帆でした。何となく就職したのではなく、自分のやりたいことを諦めてまで社会に出たわけですから、モチベーションが非常に高かったのです。入社2年目に関東でトップの営業成績をあげ、営業マンとして結果を出せたところで、次のステップとして「事業の立ち上げ」に興味を持ちました。かつての劇団経営のように全体に関わる仕事がしたいという思いもあり、リードエグジビジョンジャパン株式会社に入社したのです。企画~運営を一貫して手がけながら事業の立ち上げにも携わらせていただき、今度は「会社作り」を新たな目標に据えました。そこで、起業のノウハウを学ぶためにアタッカーズ・ビジネススクールに入学し、経営者の方々にお会いしてインターネットビジネスに可能性を感じたのです。そしてGREEのオフ会で内藤さん(内藤裕紀/株式会社ドリコム代表取締役)に出会い、2004年に営業担当役員としてドリコムに入社しました。
2006年にドリコムはマザーズ上場を果たしたのですが、上場後に様々な困難があり、色々な人に迷惑をかけてしまいました。その中で、「自分ならこういうアプローチで成功できるのでは」という思いが芽生え、2007年に株式会社ZOOEEを立ち上げました。しかし、ZOOEEは黒字ではあったもののあらゆる自社事業が失敗し、役員陣の離反や辞職もあって、事業をたたむ方向でスリム化していくことになりました。
Q:非常に困難な局面から、どのような経緯で現在に至られたのでしょうか。
2010年末の話ですが、当時マンションの1室で構えていたオフィスにお歳暮が届いたんです。以前はお歳暮なんて形式的なものだと軽視していたのですが、ZOOEEでの大きな挫折感に浸っていたときだったのもあり、その時は本当にすごく嬉しくて、人から感謝されることのありがたさを実感したのです。
同時に、今までは自分自身がお金儲け、上場、社長といった俗物的なことにとらわれていたことに気がつきました。そして、自分が本当に欲しいものは何だろう、これから何のために何をやっていけばいいのか、と考えたとき、人の役に立ち感謝されることが人生において最も重要なのではないかと。
多くの経営者の著書には「人のためになろうという決意がないと、事業は成功しない」と書かれています。かつてその文言を読んだときは、そんなのは建前だろうと思っていましたが、その時に初めて、人の役に立つ仕事がしたいと心から感じました。。
「人が離れていっても、自分にはまだお金がある」と思っていた自分に嫌気が差し、車を売り、貯金の2,500万を全額つぎ込んでクラウドワークスを設立しました。
大きなリスクを負うことにはなりましたが、人のために仕事をする感覚は、それまで塞ぎこんでいた気持ちを非常に晴れやかにしてくれました。次第に多くの人が味方をしてくれるようになり、自然に仲間が集まってきたのです。ZOOEEでは専門外のアパレル事業などに手を出しましたが、クラウドワークスでは自分の強みの先に大きな夢を描き、自分自身が100%の力を発揮できる事業に全力を尽くすことにしました。その中でクラウドソーシングに出会い、「クラウドワークス」を立ち上げたのです。
Q:既存のクラウドソーシングサービスもある中で、なぜ「クラウドワークス」を立ち上げられたのでしょうか。
私が着目したのは、プロフェッショナルのニーズです。当時のクラウドソーシングは「お小遣い稼ぎ」的な性質が強く、アフィリエイトの延長線上のような状態でした。プロのプログラマーやデザイナーが集まる場所というブランディングではなかったので、そこにニーズを感じて「クラウドワークス」を作りました。
Q:会社の急成長に伴い、歪みのようなものはありませんでしたか?
今まではありません。上場した今、これからが本当の意味での戦いだと考えています。上場後は創業時よりも慎重にならなくてはいけませんから、コントロールができるかどうかギリギリのところを直滑降していくイメージですね。
私はドリコムとZOOEEで失敗を経験し、やるべきこととそうでないことの取捨選択はできるようになりました。スタートアップ期の会社が成功するための秘訣は、会社全体で1つの目標を立てることです。ベンチャー企業の社長の多くは、最初はパワーも時間もあるので思いついたことを全部やろうとします。例えばサービスを作りつつ売り込みもやって、SEOも広告もというように、今出来る限りのことをやろうとするんです。これはベンチャーではよくあることですが、明確に間違っています。
弊社では、創業から2年間は一切の営業を禁止して、サービス作りに集中してもらいました。サービスがしっかりしていない状態で売り込み始めると予算が尽きてきますから、サービスの改善よりも営業に必死になってしまいます。そうなると、中長期的にサービスは弱体化していきます。営業という行為は禁断の果実のようなもので、インターネット業界では「いいサービス」ではなくても「いい営業」をすれば売れてしまいます。それでは顧客満足度が次第に下がり、中長期の成功が見込めないのです。
サービス開発についても、最初はリスティングもSEOも意識せず、ユーザーが使いやすいサービス作りを徹底しました。我々はこれを「UX(ユーザーエクスペリエンス)改善」と呼んでおり、現在でも弊社全体の共通言語になっています。そこを疎かにした状態でユーザーが流入してくると、数字が悪いときに原因がわからなくなってしまいます。広告費などを無駄にしないためにも、まずはUXをしっかり作り、その上で営業をすることが大切なのです。
ですから、創業間もない時期の社長がすべきことは「できることを全部やる」ではなく「やるべきことを1つに絞る」ことです。複数のことを並行するためには、きっちりと役割分担をしなくてはいけませんから。
弊社では、職種を問わずすべての社員がUX改善に取り組み、SEOの時期はSEO、リスティングの時期はリスティングを全員で行います。1点に集中して会社の成功体験を生み出すことが、組織の素地を作ることに繋がるのです。
Q:あえて役割分担をしないということですね。社内からの反発はありませんか?
そこもUX改善がキーワードになります。ユーザー目線での「これをやった方がいい」「ここが使いにくい」という意見であれば、積極的に発言していいと思います。ただ、「自分はやりたくない」というのはいけません。私の経験上、組織がもっとも忌み嫌うべきはそういったセクショナリズムです。要は、「自分が正しい」「自分がいちばん頑張っている」ということですね。
会社というのは数十人の組織に過ぎません。社員全員が当事者意識を持ってそこに入ってきたはずなのに、どこの会社でも部門間争いが起こります。そういった事態の原因として考えられるのは、共通言語の欠如です。特にベンチャー企業では、入社後すぐに役割分担がされ、個々の得意分野に走らされることがあります。そうなるとお互いを理解する機会がありませんから、すれ違いが起こってしまうのです。
結局のところ、いちばん大切なのは自分達の意見ではなく、ユーザーがどう思うかです。ですから、会社にとって本当に価値があるのは、「仕事を頑張る人」ではなく「ユーザーの立場で考えて実行している人」だと思います。
弊社の共通言語であるUX改善は、まさにユーザーの体験を考えることです。インターンの学生にも、中途採用の社員にも、まずはUX改善をやってもらいます。そこに同意できない人は弊社には入社できませんから、最初の段階でセクショナリズムが排除できているのです。
Q:吉田さんは、採用にはどういった形で関わっていらっしゃるのでしょうか。
弊社では合意制を採り、私に依存しない採用体制を作っています。人間には「人と仲良くなるのが得意な人」と「人を見極めるのが得意な人」がいて、会社にはその両輪が必要です。私は営業畑の人間なので人と仲良くなるのは得意ですが、その一方で、どんな人にも魅力があるのではないかと考えてしまいます。その考え方今まで足下をすくわれてきたところがあるので、弊社では役員が面談を行っています。それによって創業以来、優れたスタッフを採用できていると思います。
Q:社員の方々の年齢層が低い印象があるのですが、若者の獲得に注力されているのでしょうか。
そうですね。弊社では、新卒採用を重要視しています。次世代の文化作りのためでもありますし、中途採用の社員にもいい影響が出ます。中途で入社する人は過去のバックボーンを持っているため、共通言語を持ちにくい性質があります。そこに新卒が入ってくると、皆が一体となって新人教育について考えてくれるのです。
貨幣がなかった時代、モノの消費や生産はその日単位で、「今」という時間軸しか存在していませんでした。やがて貨幣とともに「未来」という時間軸が生まれ、「未来のために貯金しておいた方がいい」という旧来の働き方が定まります。高度経済成長のもと、「今は大変でも頑張れば年収1,000万円をめざせる」「頑張ればいつか家が買える」と人々は希望にあふれていました。しかし東日本大震災以降に根づいたのが「会社も国も将来は保証してくれない」という考え方です。人々は必死に頑張ることに虚しさを感じ、価値の揺り戻しが起きて働き方の時間軸は「今」に回帰しました。
そうなると、今後の会社経営に求められるのは「一人ひとりの自主性にいかに任せられるか」です。私は、21世紀中にワンマン経営は消えると思います。ワンマン経営というのは、高度経済成長期の中で「未来」のために「今」我慢するという思想で労働を強いることができた時代の産物です。これから先はオープンな時代の中で、一人ひとりが自立的に考えられる組織を作っていきたいです。私自身もう40歳ですし、次の世代の経営陣を作ることは強く意識していますね。現在の経営陣を圧倒しそうな新人が続々と入ってきているので、期待しています。
Q:約800%もの成長を遂げた要因について、吉田さんはどのように分析されますか。
プラットフォームと併せて大企業向けのエンタープライズ事業提供したことが大きいと思います。クラウドソーシングは個人外注ですから大企業は口座開設も難しく、かえって手間が増えてしまうという問題がありました。そこで我々は、エンタープライズ事業として業務の分解などをサポートすることにしたのです。大企業としては手間をかけずに早く、安く、質の高い外注ができるわけですから、そこは成長の要因として十分に考えられると思います。
もう1つは、将来を意識した組織作りをしてきたことです。弊社では上場の1年前に経営戦略担当の役員を投入し、上場後20年の働き方をプランニングしてもらいました。おかげで上場後も息切れせずに、社員達は非常に高いモチベーションを保っています。私も上場後は未来戦略を聞かれる機会が多いのですが、1年前からディスカッションを重ねているのでスムーズに話すことができます。この取り組みは、非常に良い効果をもたらしてくれましたね。
Q:どのようにして、大企業からの案件獲得を成功させたのでしょうか。
人材の質へのこだわりですね。エンタープライズ事業を立ち上げるにあたり、大企業経験者を積極的に採用しました。彼らは大企業の現場に対して理解があるので、柔軟に交渉ができるのです。インターネットだけで完結する世界は非常に合理的ですが、それに対して大企業は今までの積み重ねの中で運用されています。ですから、短期的には合理性の低い交渉もあり得るのです。そこに対して粘り強く交渉できるメンバーをそろえ、仕掛けを行ったのは大きいと思います。
弊社のスローガンは「“働く”を通して人々を笑顔に」です。その実現のためには多様性が重要だと考えているので、いろいろな人を採用しています。出身業界も多種多様ですし、東大卒もいれば高卒の役員もいます。今後もスキルや年齢にはこだわらず、多様な価値観を持つ人達が集まる場所を作っていきたいです。
Q:多様な方々がいらっしゃるとマネジメントが難しそうですが、何か工夫はされていますか?
社内コミュニケーションの頻度を設計することが重要です。弊社では現在「シャッフルランチ」と称し、1人2,000円まで食費を補助して様々な部署間で食事に行ってもらっています。普段は話す機会がない人達がコミュニケーションを取り、相互理解を深めるという試みです。
会社経営では効率性を求めがちですが、中長期的に経営を安定させるためのヒントは非効率な部分に存在しています。社内ではUX改善について考える会を定期的に実施しているのですが、これは原則として全社員参加です。全社員が一斉に集まるのは非効率的ですが、ユーザー目線で考える時間は共有すべきだと考えています。非効率なところにあえてコストをかけるのも、経営においては重要なことです。
会社には、来たるべき困難があります。そこで活きてくるのが、一見非効率的とも思える社内コミュニケーションです。他の人達が日々何を考えているのかを知り、UX改善を通して社員が繋がることが組織の地盤になります。
「これが使いやすい」「これは楽しい」というユーザー目線の気持ちは、誰もが持っています。そういった感覚こそが、時代が移り変わっても効率化できない「人本来の価値」だと思います。家電は全自動に、乗り物は自動運転になり世界は効率化の一途を辿っていますが、だからこそ「人間の感覚」が貴重なものになっています。「“働く”を通して人々に笑顔を」という一見非効率的な共通体験は、より効率化した未来の社会に対して価値を提供することにも繋がるはずです。
Q:最後に、起業家や経営者を志す方へのアドバイスをお願いいたします。
「起業したい」という人は、今すぐ起業すべきです。でないと人生の時間の無駄ですから。「いくら貯めてから起業しよう」というのではあまり意味がありませんし、きっといつまで経っても「起業したい」と思っているだけになると思います。私が今回ここまで来ることができたのは、全財産を投げ出し、退路を断ってクラウドワークスに賭けたからだと思っています。あの時に「どうしてもこれをやるんだ」と決めたことが大きなターニングポイントだったと思います。会社を経営していくうえでも、常に重要なことを1つに絞り、多くのことをやらないことによって、自社の強みを最大限に出していくことが大切だと考えています。