エンジニアの価値はコーディングの「量・美・質」で決まる ― 株式会社オリィ研究所 取締役CIO/CTO 椎葉 嘉文氏

■略歴
1985年大阪府生まれ。ソフトウェア制作会社を経て2012年にフリーランスプログラマとして独立。東日本大震災における福島のボランティア活動や共通の友人を通じて、ロボット研究者の吉藤健太朗氏と知り合い意気投合。いくつかのプロジェクトを共同で行うように。2012年、株式会社オリィ研究所の創業に伴い共同創業者およびソフトウェア開発担当者としてジョイン。現在はCTOとしても活躍する。

孤独を解消するロボット

――まずは椎葉さんが手がけるロボット『OriHime(おりひめ)』についてお聞かせください。

会いたい人に会えない場合ってありますよね。お父さんが他単身赴任で遠方に暮らしている。大切な人が入院している。寝たきりのため気軽に孫に会いに行くことができない、など。このような望みを解決するためにOriHimeは開発されました。一言で説明すれば「孤独解消用コミュニケーションデバイス」です。

――見た目はロボットの姿をしていますが、実はロボットの先にいる人とのコミュニケーションツールだと。

ええ。機能的にはSkypeやFaceTimeといったビデオチャットと同じ原理です。ただ、パソコン画面やスマホに向かって話しかけるのって、何だか無機質ですよね。ビデオチャットを知らない人が見たら、「この人は何をしているんだろう?」と、妙な気持ちになることでしょう。

――「人型ロボットだからつい話しかけてしまう」。近年、コミュニケーションロボットが注目されているロジックですね。

OriHimeはiPhoneで簡単に操作できます。iPhoneをゲームコントローラーのように持ち、会いたい人の横に置かれているOriHimeをiPhoneの画面で見ながら直感的に動かせるのが特徴です。

たとえばOriHimeの腕を広げてよろこんでみたり。首を縦や横にふることでイエス・ノーの意思表示もできます。利用者のiPhoneの動きにあわせてOriHimeの顔や腕が動くように設計されているのも特徴です。

――まさに、遠方の会いたい人がその場にいるような感覚になるわけですね。

カメラ・マイク・スピーカーを搭載し、オンタイムでの会話も可能です。お互いの表情を確認しながらのビデオチャットもできます。あるいは逆に、何も喋らないしビデオチャットもしないけれど、回線はオンラインになっていて、ただその場でお互いの存在を確認する、といった使い方もできます。

――そもそもOriHimeはどのような経緯で開発されたのですか。

当社CEOの吉藤は小学5年生から中学3年生まで不登校でした。5年間経験した孤独感。同じような環境で苦しむ方から寄せられた相談などをもとにOriHimeは開発されました。

利用者に合わせた仕様に細分化

――OriHimeが具体的に私たちの暮らしでどのように活躍しているのか。先の例も含めケーススタディをお聞かせ願えますか。

利用者は冒頭例のようにさまざまですが、開発当初は一緒くたにロボットを開発していました。しかし、利用者の用途を詳しくヒアリングしていくと、求められているサービスが違うことが分かってきました。

不登校の子どもの代わりに学校に置かれるOriHimeは、授業の邪魔をしてはいけません。小型にし、モーター音も小さくする必要がありました。

逆にテレワークのような使い方をする場合はオフィスに置かれますから、目立った方がいい。次第に以下3つのタイプに仕様分けされていきました。中でもテレワーク向け『OriHime Biz』は、昨今の社会情勢にマッチしたサービスとして注目されています。

テレワーク向け『OriHime Biz』

テレワークの導入が叫ばれる昨今ですが、日本の住宅事情を考えると、実現や導入はそう簡単ではありません。自宅に仕事場となるような個室のある人はほとんどいないからです。テレワークを導入するとプライベートが見えすぎてしまう、という懸念がありました。

重要な会議にビデオチャットで参加していたら、後ろで赤ちゃんが泣いてしまった。女性の場合はお化粧や洋服など、見た目を整えるのが手間、という声も聞かれました。

しかし一方で、テキストだけのチャットではビジネスの生産性が上がらない、という声もありました。リアルタイムでのコミュニケーションから生まれるアイデアや意見こそが、実際のビジネスに活きると。中には雑談が重要だ、という方もおられました。

――そのような従来のテレワークのデメリットを改善したのがOriHime Bizだと。

OriHime Bizは利用者の都合や意図で音声をミュートしたり、ビデオをオフにすることができます。でも、オンラインではある。企業の人事サイドの問題解決にも役立っています。
テレワークで働く従業員の勤怠管理です。いつ、働いているのか。何時から何時まで仕事をしたのか。このような情報もOriHime Bizであれば得ることできます。OriHimeの使用情報はデータとして詳細に保存されているからです。

――企業側の管理ツールとしての役割も果たすわけですね。

おかげさまでOriHime BizはNTT東日本さまなど多くの企業で導入され、評価をいただいております。弊社でも数名のスタッフが使っていますが「会議の度にメイクをしなくて済むので楽」「気軽にチャットに参加できるのでコミュニケーションが円滑」といった声が届いています。一方、会社側としても保育園などの施設に子どもを預ける費用を負担するより、はるかに低コストで従業員の労働環境を整えられるメリットがあります。

難病患者向け『OriHime eye・Switch』

――難病患者に特化したOriHimeもあると聞いています。

『OriHime eye(オリヒメアイ)』『 OriHime Swtich(スイッチ)』です。ロボットに加え、パソコン上で操作するソフトウェアならびに関連装置を加えました。全身の筋肉が衰えていく難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患った方が実際に使っています。

ALSの患者さんは手足に限らず、舌やのどの筋肉も低下しているため声を発することがままならず、会話がむずかしい問題がありました。

これまでは介助者が透明の文字盤を患者さんに見せ、指差しで意思を確認していました。しかしこの方法だと間違いは多いし、長文になると前の文字を忘れるといった問題がありました。また、介助者が常に付きそう必要もありました。

そこでOriHimeの技術を活用し、文字盤をパソコン内で立ち上げ、利用者のちょっとした目の動きをセンサーが判別、文字化することに成功しました。『OriHime eye(オリヒメアイ)』です。

――OriHime eyeをインストールしたパソコンの横にOriHimeを置けば、テキストとビデオ両方のコミュニケーションがとれるとわけですね。

ええ。もう1つは不登校対策のOriHimeです。メンタルだけでなく、先の難病患者も含めた身体的な理由で学校に通えない方のコミュニケーションツールとして、フリースクールや特別支援学校から広がり、最近は私立小学校などでも導入されるようになりました。

特に対面で人に会うことにストレスを感じる方に力を発揮します。実際、OriHimeの利用をきっかけに友達ができ、学校に通えるようになった子どもも出てきています。

「WebRTC」がキー

――それでは開発環境など、OriHimeのテクノロジーについてお聞きかせください。

まずこだわったのは、ビデオ通話がシンプルにできることでした。iPhoneやiPadで気軽に操作でき、かつ、通話が安定していることを求めました。ただ、開発当初はなかなかうまくいきませんでした。

当初はオープンソースのビデオ通話ツールを使っていました。通話はできるのですが、ハードウェアリソースを使いすぎているなどの問題がありました。実装するには工数がかかり過ぎる、というコスト面の問題もありました。

――どのように解決したのでしょう。

1年ぐらいあれこれ模索した結果、Google Chromeに実装されたばかりの「WebRTC」がいいのでは、と考えるようになりました。

WebRTCはGoogleがオープンソース化している技術で、ビデオや音声、データといった情報をブラウザ間でやり取りできます。同技術を使うことでOriHimeの通話は安定するようになりました。

OriHimeは他のロボットと違い、ソフトウェアへの依存度が高いのも特徴です。たとえば顔や腕の動きちょっとした動作も、ハード側で行わずに、インターネットで繋がったバックエンドからダイナミックにロードされ動くよう設計しています。

――椎葉さんが一から開発に携わったOriHime eyeはいかがでしょう。

当時流行り出した「Electron(エレクトン)」を使いました。エレクトンはWeb言語であるJavaScriptを使い、デスクトップアプリケーションの開発が行える技術で、同テクノロジーでOriHime eyeのプロトタイプは作りました。

透明文字盤の実装は同じくJavaScriptで書かれたオープンソースのフロントエンドWebアプリケーションフレームワーク「AngularJS」で行いました。

先ほども触れましたが、ハードではなく通信ネットワークのポイントであるノードからOriHimeをコントロールするのが基本的なアーキテクチャです。

その他細かなところでは、アプリケーションソフトウェアの配信に苦労しました。代表的なインストーラー「Install Shield」を使えばよかったのですが、価格が数十万円と、創業したばかりのベンチャーには厳しい買い物でしたから(苦笑)。

出会いは福島のボランティア

――ところで椎葉さんがOriHimeの開発に携わるようになったのはどういった経緯からのなのでしょう。

東日本大震災のボランティアで福島を訪れたときでした。そこに当社の現CEO吉藤も同じくボランティアとして参加していました。彼は既にOriHimeのベースとなるロボットを手がけていました。ただ、会社組織にするにあたり、ソフトウェアエンジニアがいないと。ちょうどその時、私は将来の起業を見据えフリーランスのソフトウェアエンジニアをしていました。その後は意気投合し、共にオリィ研究所を立ち上げました。

ですから起業当時、ソフトウェアエンジニアは私1人でした。ハードウェアに関しては吉藤が外部の協力会社にお願いしながら行う、という状況でした。2年ほどこの状態で開発は進みました。しかしプロトタイプのレイヤーを抜け、いよいよ量産体勢に入ると、それまでの体制ではうまくいかなくなりました。

――何がどう、うまくいかなかったのでしょう。

端的に言えば、私のハードウェアに関する知識が希薄でした。肩書きも当時はCIO。今のようにハードウェアの開発をすることはありませんでした。中でも一番の問題は、ハードウェア責任者と私の考えが異なることでした。

ハードウェア責任者は開発コストを下げたり、コモディティ化するためにできるだけソフトウェアに処理を任せようとします。しかし私はその考えを“押し付け”だと捉えてしまった。工数やエンジニアの増減に関しても同じでした。お互いが自分の都合のいいようにプロジェクトを進め、失敗したときは互いに責任を取ろうとしない。「このままではいけない」と感じるようになりました。

――そこからCTOとなりハードウェアの勉強もしていかれたのですね。

ええ。OriHimeの開発全責任を担うプロジェクトマネジメントのような立ち位置に自分を置き、ハードウェアの勉強にも邁進しました。仕様はもちろん、メンバーのマネジメントについても全責任を負うようにしました。

――一ソフトウェアエンジニアからCTOになられたと。マネジメントの苦労があればお聞かせください。

自分ができない、知らない技術や知識を部下に任せてはいけない、ということを学びました。私の場合は特にハードウェアに関して。当時は部下に丸投げしていました。すると何が起きるか。完成したプロダクトの良し悪しが判断できませんでした。

もう1つ、部下は私にハードウェアの知識がないことを見透かしています。これは自分自身も経験しているから分かるのですが、知識のない上司にあれこれ言われると、エンジニアは嫌な気持ちになりますからね。

――逆にCTOになってから嬉しかったこと。やりがいを感じたエピソードはありますか。

マネジメントが楽しかったことです。ハードウェアの勉強と平行してマネジメントの勉強をしていくと、自分がマネジメント好きだと気づいたんです。感覚としては戦略ゲームです。日々の業務やリソースを明確にし、タスクリストを見ながら的確に配分する。サプライチェーンの管理や問題点を洗い出し改善するといった業務もやりがいがありました。

おそらく多くのエンジニアは、私と同じようにマネジメント業務が向いていると思います。いわゆる理詰め業務ですからね。

エンジニアは仕事の成果で評価されるべき

――では最後に改めて、CTOを目指している若きエンジニアにメッセージをいただけますか。

メッセージというよりは、私がエンジニアを評価するときに大切にしていることです。「エンジニアは成果が最大の評価」だと伝えたい。完成したコードの量や美しさで評価されるべき、と強く思っています。

このような考えに至ったのは、私が会社員時代に嫌な思いをしたからです。机の上がちらばっているから片付けろ。遅刻が多いから減らせ。そんな指摘を受けました。しかし私から言わせれば雑務に労力を使うのではなく、一行でも多く美しいコードを書いた方が、エンジニアとしては価値があるし、それが仕事だと。だから弊社では成果主義の評価制度としています。机の上はちらかっていて構いません(笑)。結果が全て。エンジニアはプラグラムで評価されるべきであり、そのような環境下で働くことをおすすめします。