「急成長過程で感じた人事パーソンへの期待」
楽天株式会社
エグゼクティブHR課 三枝 吏

cropped-rakuten_top1.jpgQ:まず、三枝さんの生い立ちからお聞かせください。

 生い立ちには2つのポイントがあります。まずは、親がサラリーマンではなかったことです。家庭と仕事が一体化し、有給休暇の概念がない環境で育ちましたから、「働けば働くほどいいことだ」という感覚が自然と身についていました。それに付随して、独立したいという思いも昔からありました。学生時代から、事業計画を立てては想像を膨らませるのが好きでした。この2つが、現在の私のベースになっていると思います。
 ただ、実際には行動を起こしませんでした。就職活動の時期を迎えて「時間切れ」だと感じ、慌ててやってすべてを失うくらいなら、会社に潜り込んで勉強しようと考えたのです。
 会社選びの際に重視したのは、「60歳まで働くとは限らないが、60歳まで働いても後悔しない会社」です。それに、働く以上は5年以上働き、できるだけ多くのことを学ぼうと決めていました。その観点から絞り込み、最も適していたのが金融機関です。結果的には新卒で生命保険会社に7年余り勤め、多くのことを学ばせていただきました。

Q:保険会社時代に、最も勉強になったことは何でしたか?

 業界の基本知識や業務の基本を学べたことです。同社では「新入社員は顧客接点を持ちながら業務の基礎を体得しなさい」というスタンスで、そこで真面目に業務にいそしめば、上の人の目に留まり引き上げていただけるという良いサイクルができていました。大企業の中の動き方が分かったことも、その後大きく役に立ちます。
 ただ一方で、大企業の限界も悟りました。大企業を回すのは、40代半ばから50歳前後の課長です。ある時、重要な会議での彼らの議論を見て、このままでは世の中の変化のスピードに取り残される懸念を感じました。若かったので、その中で個人のキャリアを考えた時、ゼネラリストを作ろうとしている会社にも疑問がありました。状況判断をして手を動かすことは得意でも、専門知識をあまり持ち合わせていないのです。今にして思えば、非常に役立つことは多かったのですが、ビジネスパーソンとしての幅は広がらないことにも不安を感じていました。将来的に会社経営をするためにも自分の専門性を磨きたいと思い、思い切ってベンチャー企業に転職することを決めました。

Q:当時の時点で、人事の下地はできあがっていたのでしょうか。

 やはりセールスレディを抱える会社ですから人の管理をすることは多かったですね。業績管理や、入退時にかかる一通りの手続きなどです。企業向けの福利厚生商品販売のミドルオフィス部門にいた際は、企業の人事・総務部門がやり取りの相手でした。
 そういう経験もあり、本家本流の人事・総務は実は経験していませんでしたが、転職後は総務あるいは人事を自分のコアにして行きたいと思っていました。そこをきっかけに、商売の糧を作っていこうと考えていましたね。IMG_5390

Q:そして、ベンチャー系の人材派遣会社で人事職に就かれたのですね。

 そうですね。ちょうどJASDACに上場したばかりで、会社が0から1になったタイミングで入社しました。急成長期でとても面白いフェーズでしたね。サイズ的にもちょうどよく、人事と総務を募集していたので応募したのです。最初は経営陣からの指示・要望に食らいつくことだけで必死でしたが、正直なところ辞めていく人も多く、気がつけば2年後には部門の責任者になっていました。これは私にとって、非常に幸運だったと思います。
 激務でしたから辞めていく人達の気持ちもわかりましたが、自分が辞めない理由もわかっていました。「今日も職歴書に書ける1行を経験した」という思いが自分を支えていたのです。COOが鷹揚な方だったこともあり、かなり好き勝手にやらせていただきました(笑)

Q:人事として、人材派遣会社ではどのような役割を担われたのでしょうか。

 採用には常に携わっており、特に責任者になってからの2年間は私の責任で見ていました。社員数は入社当時の200名程から約1,000名まで増えましたが、私自身が採用したのはその中の3分の1くらいと思います。あとは採用の仕組みを作って決裁権を分散し、全国で採ってもらいました。新卒採用、中途採用、アルバイトからの社員登用も含め、採用手法の定着に関しては、大きな役割を果たせたと思います。
それから制度設計と運用も行いました。制度のコアな部分を導入したばかりでしたので、そこを磨いていきました。人事制度にはまずメインフレームがあり、サブシステムがあると良く私は言いますが、フリーエージェント制などのさまざまなサブシステムを導入して、面白おかしく見せたりもしましたね。
 その後は人事部門の組織作りですね。早々に自分1人では手が回らない規模になり、人事組織を拡充していきました。当初は潤沢に人を集めることはできず、10人にも満たない人数で回していましたので、ビジネスのラインを見ている人に協力を仰いだり、中途採用のスクリーニングを外部委託したりと工夫を重ねていました。

Q:急成長に伴い、社内でトラブルは起こりませんでしたか?

 会社が大きくなるにつれ、新入社員の傾向が変わりました。中途採用者が増え、概ね3タイプに分かれていましたね。本当にビジネスを動かしていきたい人、大企業だから入ってみた人、そして山っ気あふれる人です(笑)。1番目のタイプはともかく、2番目、3番目の人はいろいろと問題を起こします。そのままでは組織が崩れることが目に見えていたので、社長自らが理念浸透や風土改革を打ち出しました。『7つの習慣』などをベースにマネージャー以上に会社の考え方を浸透させ、下の人にも落とし込んでいく方法をとり、その後社訓を作ることにもなりました。私はその過程でファシリテーター役もやり、後に後任者に続きを託し、東証一部への直接上場の準備資料を提出して退社しました。IMG_5466

Q:その時点で、起業したいという思いはまだ残っていたのでしょうか。

 実は、人材派遣会社時代に考え方が少し変わりました。人事ですから経営者を間近で見ることになりましたが、「自分には、ここまではできない」と痛感したのです。ただ、そういう人の側で働いたことは1つのメリットですし、4年間でそれなりに成長できたとも感じていました。そして、会社の中にいながら、自分はビジネスサイドに立った気分でやればいいと考えるようになったのです。ビジネスパートナーの考え方に近いですね。人事分野で一通りの経験はできたとも思ったので、他社に自分の能力を売り込みたいと考えていたところ、出会ったのが楽天です。
当時の楽天ではCFOが管理本部長として人事部門も見ており、人事のエキスパートを探していました。今後さらに大きく成長しそうな会社でしたし、マネジメントチームには明らかに優秀と思える方々が揃っていたので、思い切って飛び込むことができました。

Q:入社当時はどのような業務を手がけられましたか?

 当時は、とにかく大変な状況でした(笑)。会社の戦線が一気に広がる中、人事面はまだあまり整っていなかったのです。そこで、最初は3つのことからスタートしました。人事制度の改革、人事オペレーションの改善、社内コミュニケーションです。
 人事オペレーションに関しては、給与計算や、就業規則の改定、労使協定などの労務に関する部分、人事異動などの実務を定着させていきました。社内コミュニケーションについては、まずは賞罰の「賞」の部分ですね。社内表彰にはトップがかなりの思い入れを持っており、そこを回す役割を担いました。また、弊社では定期的に朝会を行い、全社員に向けて社長が情報発信をしていますが、その運用ですね。人事とは直接関係のない部分かもしれませんが、総務系の経験もあったので大丈夫だろうと引き受けました。
人事制度に関しては、紆余曲折がありましたが、2006年頃には努力が実を結びました。入社当時は300名ほどでしたが、その頃には1,000名くらいまで社員数が増えていましたね。当初は10名足らずだった人事部も、20名くらいの大きな部門になっていました。

Q:採用も三枝さんがご担当されていたのでしょうか。

 そこは私の担当ではなかったです。私はもともと、楽天では採用以外を見たいと考え入社しました。採用自体は好きですが、当時スキルが採用に偏ることには疑問を感じていたのです。採用だけをやっていると、「この紐づけはどうなっているんだろう」と感じることがよくありました。報酬の仕組みはどうなっているのか、入社した人達は幸せになれているのか、辞めてしまった時にはどんな原因があったのかなど、いろいろなことがわからなくなってしまうんです。一通りの業務は経験してきましたから、ここでは採用以外の部分に力を入れるつもりでした。

Q:人事全般に目を向けられていたのですね。その後の流れを伺ってもよろしいでしょうか。

 採用研修以外をすべて担当する人事チームを経て、新設された人事企画部の責任者に就きました。企画フェーズが終わってからは、組織改編を経て人事課長としてやはり採用研修以外の全体を見ていました。引き続き制度作りもしましたし、労務も担当しました。人事オペレーションに関してはグループの給与社保業務のシェアード化にも携わっていました。人事異動・配属や組織改編など、あとはHRISの導入・運用や、社員コミュニケーションまで、人事全般を一通り担当しました。
 また、障害者雇用にあたり2007年12月に特例子会社を設立し、後に社長も務めさせていただきました。通常業務も進めながらの経営でしたから、これは大変でしたね(笑)。ただ、40歳までに管理職を、40代では会社経営を経験するのを個人の目標としてきましたから、図らずも40代に入って会社を回すことができたのは非常にいい経験になりました。収支も、上げ底なく黒字にすることができたので、少々自信もつきましたね。

Q:経営者という長年の夢を叶えられたのですね。

 そうですね。「やはり自分はこういうことが好きなんだな」と再確認しました(笑)
その後、実は2011年に8年余り勤めた楽天を一度退社しています。東日本大震災を受けて人事を担当する者として様々なことを考え、もっと自分が力を持ってそれを発揮できていたらと忸怩たる思いがあったところ、偶然他社から声をかけていただいたのです。自分の能力を発揮できる環境を整えてくださったこともあり、意を決して飛び込むことにしました。同社では採用と研修を中心とした人事機能半分の責任者でしたが、程なく違和感を覚えるようになりました。

Q:その後、楽天に再入社されるまでの経緯を伺ってもよろしいでしょうか。

 1年あまりで次の会社が決まりそうになった段階で、お世話になった楽天の元上司の担当役員にメールをしたんです。辞めたことを風の便りで知ることは避けたかったので、男の仁義でお詫びをさせていただきました。すると、「飯でも食おう。相談したいことがある。」と返ってきたのです。さすがに元上司、私が「相談したい」という言葉に弱いのを知っていました(笑)。
 当時、楽天はある事業を拡大するために、子会社を立ち上げていました。そこでこれらの人事担当が必要になり、全部まとめて見られる者を探していたのです。1,000名規模を想定した会社の立ち上げということで「これは面白そうだ」と思い、恥ずかしながら楽天に戻らせていただきました。IMG_5326

Q:組織自体はあるものの、人事部門は未完成だったのですね。

 そうですね。担当することになった事業の強化が始まったのは2012年の途中のことで、私が戻ったのは12月ですから、できたばかりの新組織に入ったことになります。なので、最初は中途採用が大きな割合を占めました。スタッフクラスとマネージャークラスの人を採りました。スタッフは子会社の社員で、わかりやすく言うとオペレーションリーダーです。パート・バイトの方へ指示を出したり、改善ができる人ですね。そして、そこで働く人のいる会社の運営ができるマネージャーを採っていました。
 その後、事業戦略の一部修正に伴う組織改編があり、EC関連の一事業との位置付けに変わったため、EC関連事業約1,600名の人事を見ることになりました。2015年に、4年ぶりに人事部門に戻ったばかりで、現在に至ります。これから再び大活躍、の予定です(笑)。

Q:三枝さんは、会社の中で人事はどうあるべきだとお考えでしょうか。

 基本は「率先垂範」です。例えば採用では自分が会社の代表として見られるわけですから、人事は会社を自ら体現する人でなくてはいけません。そう考えれば、自然と基本動作ができてきます。わざと砕けた言い方にするのも、面白いと思わせる立ち居振る舞いをすることがあるのも、見られるのを意識してのことです。自分を通して「こういう会社なのかな」と想像させなくてはいけませんね。会社の言うことは大抵間違っていませんから(笑)そこを体現するのが人事の基本で、かつ最も大事なことだと思います。これはメンバー達にも常日頃から言っていることですね。
 私個人がめざしているのは、ビジネスを動かしていく存在です。私は「人事屋なのでわかりません」「管理をしている立場なので言えません」とは、絶対に言いたくありません。トップがどう判断するかを間近で見ている以上、人事部門の番頭としてすべきことを考えなくてはいけないのです。例えば、外科医が手術中に右手を出すと、看護師がメスを渡しますよね。いちいち自分で道具を探してはいられませんから、看護師が臨機応変にサポートし、それによって手術が成り立つわけです。会社も同じことですよね。「そろそろ右手を出すな」と思ったら、すかさずメスを出してあげるのが自分の役割だと思っています。

Q:ありがとうございました。最後に、人事のトップをめざす方、人事を手がけている方に向けて、メッセージをお願いいたします。

 人事は「国語と算数」です。実務的な話になりますが、文脈で解くのが国語、数字で解くのが算数です。面白いもので、採用をやっていると国語派の人か算数派の人かがわかります(笑)。人事にはその両方が必要だということを、ぜひ意識していただきたいです。
 もう1つは「縦と横」です。人事としてある程度のポジションに就くと、俯瞰して全体を見渡す力が必要になります。これが「縦」ですね。ただ、「横」を忘れてはいけません。例えばAさんとBさんがまったく違う方向を見ているのは、会社の人事を預かる身として一番恥ずかしいことだと思います。常に「横」の繋がりもすべて把握し、「縦と横」を強く意識しなくてはいけません。社長はこう考えているだろうから、社員にはこういう言い方で伝えよう」というのが「縦」です。それぞれの担当が「上からの指示に従う」ことでバラバラになるという事態を避けるために、目を行き届かせておくのが「横」ですね。人事の方、人事をめざす方は、ぜひこの2点を心に留めていただければと思います。

 

三枝 吏 プロフィール
好きな本「ザ・ゴール」思い出の書。
休日の過ごし方家族と過ごす。家でおつまみ作りながら飲むお酒が好きです。