【連続起業家対談 #5】”メンバーのことを考えているからこそM&Aを選択できる” TIGALA 正田 圭 × mediba 小原 聖誉

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― エグゼクティブキャリア総研より書籍化する連続起業家シリーズ
その書籍出版を記念し、著者のTIGALA正田圭氏と売却経験のある起業家を招き、シリアルアントレプレナーに関する対談を複数回にわたりお送りします。
第5回の今回にお招きしたのは、
2度の起業を経て、現在Exit先のKDDIグループの株式会社medibaでビジネスエバンジェリストとして活躍する小原氏です。
■PROFILE
TIGALA株式会社 代表取締役社長
正田 圭
15歳で起業。インターネット事業を売却後、M&Aサービスを展開。事業再生の計画策定や企業価値評価業務に従事。2011年にTIGALA株式会社を設立し代表取締役に就任。テクノロジーを用いてストラクチャードファイナンスや企業グループ内再編等の投資銀行サービスを提供することを目的とする。2017年12月より、スタートアップメディア「pedia」を運営。
著書に『サクッと起業してサクッと売却する』『ファイナンスこそが最強の意思決定術である。』『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』(いずれもCCCメディアハウス刊)がある。
▷note:https://note.mu/keimasada
株式会社mediba 社長室 ビジネスエバンジェリスト
小原 聖誉
1999年大学在学時代にモバイルメディアのベンチャーを創業し取締役副社長に就任。
その後スマートフォン向けデジタルコンテンツメディア企業2013年にAppBroadCastを創業。スマートフォンゲームのマーケティング支援事業をPIPASという独自フレームワークに基づいて展開していく。
2016年4月よりmedibaに合流し、社長室ビジネスエバンジェリストとして新規事業の主導、ビジネスアライアンスなどを手掛ける。

親への反発、そしてジーンズの転売が起業の原点

正田:本日はよろしくお願いします。
まず、小原さんがご自身で起業に至った背景を教えていただけますでしょうか。

小原:原体験はまず、私に対する父親の愛情の強さがあげられます。
父は元々陸上選手を目指していて、その後警察官になったという人間ですが、僕は父の好きな陸上の教育を受けていて、小学1年生のときから毎日5km走らされていたんです(笑)。
当時の僕はそれが嫌でたまらなくて。だから、たまに雨が降るとすごく嬉しかった。
その日は走らなくても許してもらえるので。

そのときからですね、「人に支配されること」への強い反発が生まれました。

良いのか悪いのかわからないのですが、幼少期から少年期までの反動で、「自分の人生は自分でコントロールできるようになりたいし、人生とはそうでなければならない」と感じたんです。そういった意味で、起業するということは、他の誰よりも自分がオーナーシップを持って仕事をしていくということですから、自然とそれを目指すことになります。

正田:起業家の人格形成と親の教育方針は密接に結びついていることが様々な人とお会いすると感じますね。

小原:はい、もともとの人格形成はそういった環境の影響が大きかったと思うのですが、初めて商売のようなものをしたのは高校生の時でした。

先ほどもお伝えした通り、僕の家は父親が警察官、母親が専業主婦だったので、裕福な家ではなかったのですが、教育費はしっかりかけてくれていました。
その結果、学校も国立ですとかそこそこの学力のところに通っていたんです。

ところがある日、まわりの友達と自分の小遣いの差に愕然としました。当時はショックでしたね。
彼らと僕は違う世界に生きているのだと、まざまざと経済的格差を見せつけられた。

ただ、そこから、どうしたらその差を埋められるだろうと頭をひねりました。

結果、高校生になってから当時流行っていたビンテージジーンズの転売をしたんです。
朝6時に起きて代々木公園のフリーマーケットにいくと、結構掘り出し物があって。手元の軍資金いっぱいにそれを買いました。
そして夕方5時くらいまでの間に買い値の3倍くらいにして売るのです。買い値の3倍ですが、ジーンズは飛ぶように売れました。
なぜかというと、僕は暇さえあればビンテージジーンズの雑誌を読み漁ってどのジーンズがいくらの市場価格であるか目利きが出来ました。

その当時はネット普及前なので売れるはずの価格を知らずに安く売っている人がたくさんいたんですよね。
つまり安く仕入れて適切な金額で売るということです。

そのときに感じたのが、何事も情報こそが重要で、情報を持っている人と持っていない人では、同じ能力、同じタイミングで同じことをやったとしても、まったく違う結果になるだろう、ということでした。
逆にいうと、情報を持ちながら、正しい場所で戦えば、大きな可能性がいたるところに広がっている。そういったことに気付かされました。

正田:これは、最近思うのですが、多分僕らのような30・40代の人間の起業の源泉って、もともとは他人との比較やコンプレックスからくるパターンが多いのではないかなと思っています。

戦後のような何もない時代を経て先進国の仲間入りをし、一定のモノは満ち足りていて、自分に選択権がある。世の中も著しく発展している最中だと。そういった状況におかれると自然とまわりとの比較が始まるのだと感じています。

一方、今どきの10代の子たちって、僕らより更に満たされている世代なので、「仮想の敵」みたいなものを作りたがる傾向にあるのかなぁと勝手に思っています。

小原:なるほど、興味深いですね。

正田:例えば、近年話題が尽きない「仮想通貨」や「シェアリングエコノミー」も中央集権国家を敵とみなし、民意を持ってそこと戦っていく、といった思想が背景には存在します。

「強大な仮想の敵を作り出し、そこに挑むこと」。
これこそが彼らの起業のモチベーションになっていて、「社会起業家」という言葉が昨今若者の間で持て囃されているのもここに理由があるのではないかと。

つまり起業のモチベーション、原体験みたいなものって、実はそれぞれの時代背景と密接に結びついていて、世代によって一定の傾向があるのだと小原さんのお話を聞いていて感じました。

やってきた2度目のパラダイムシフト。未来は予見できる。

正田:そして小原さんはその後大学生時代に起業されたのですね。

小原:はい。大学生当時はそれまでの反動でアルバイトに明け暮れてしまっていて。勉強もろくにしていなかったこともあり、まわりの人間と同じ土俵で就活をしても良い結果は期待できないと思ったのがきっかけです笑。

また、人にコントロールされたくないという気質から「そもそもなんでみんな就職活動をするんだろう」と考えていました。
そこで友人に聞いてみると「みんな就活してるじゃん。疑問を持つ方がおかしい」という回答が多く、何とは無しに横並びで就活をしている、そんな印象を受けました。

確かに生きるためにも仕事をする必要はありますが、横並びで就活をする必要はない。

であれば、いまするべきはリクルートスーツを着て説明会に行くことではなく、ゼロから「仕事とは何なのか?」「仕事を与えられるのではなく、自分で仕事を作れるようにするにはどうしたら良いのか」を考え、行動することなのではないかと。そんな風に考えました。

結果、当時は友達から変な目で見られましたが、ベンチャー企業でインターンをしました。そのうちの一社がまだ社員15名ほどのオプトでしたが、インターネット事業部を立ち上げている時期で社長も若く、毎日が躍動していて仕事が楽しいと感じました。また、生意気だった当時の自分は起業について、特別なものではない感じを受けました。

そこで、東大を中退したばかりのプログラマーの社長と一緒に会社をつくって、ベンチャーの道に入りました。

けれど起業したのはいいものの、最初は全くうまくいなかったんです。
最初手がけたのはパソコンカレンダーソフトの企画・開発・販売をしましたがうまくいかず、次の事業に迷っていました。
僕らが起業した1999年は携帯電話が初めて出て、サイバードや、インデックス、ザッパラスなどの大手企業が「iモード」や「iアプリ」ビジネスに続々と参入していました。

そこで自分たちも何か事業を手掛けようと。
ただ、僕らが同じ土俵でコンテンツを作るビジネスを挑んでも太刀打ちできない。

正田:就活のときと同じ発想ですね。

小原:はい。そこで僕たちが手がけたのが、「携帯電話アプリの検索メディア」でした。

これは当時の社長が企画したのですが、毎年1000万人以上もの契約者が増え続ける携帯電話というプラットフォームを考えると、今後様々な会社・個人がアプリを制作・配信するのは容易に想像できました。
そしてケータイという小さい画面デバイスでは検索メディアに強いニーズがあると見立てました。

この目線はまさに当たっていて、その検索メディアは携帯電話の普及と比例して成長をしていきました。
当時の高校生に最もブックマークされていたほどの知名度のメディアになりました。

そのような感じで9年間副社長をやった後、モバイルコンテンツのコンサルティング会社を挟み、いよいよ自身で起業しました。

なので、実は起業するまでに僕は15年かかったんです。
なぜそのタイミングで会社をつくったかというと、そこには新たなパラダイムシフトが起こったからです。
その時のパラダイムシフト、それは、携帯電話、いわゆる“ケータイ・ガラケー”からスマートフォン、“スマホ”へのシフトでした。

Appleが展開している「App Store」というサービス、あれはもともと日本のiモード・iアプリの生態系をトレースしてつくったと言われるモデルですが、iモード・アプリで最も規模が大きかった市場、それがゲームでした。

スマホゲームに関しても、決済に関しても、スマホ発売当時は市場自体の整備がされておらず、開発されているアプリは少なかったのですが、僕はしばらくすると必ずゲームアプリの波がくるだろうと確信していました。

通信キャリアがスマホを売れば、端末は一気に流通する。ハードが普及すれば、指数関数的にソフトも出てくる。
そしてそのソフトの中で最も大きい市場は間違いなくゲームになる。
そのときにやるべきものは、言わずもがな、ゲームアプリの検索です。

正田:1848年のゴールドラッシュのときに最も儲けたのは、金鉱を掘り当てた人ではなく、バケツとスコップを売った人だ、みたいな戒めを思い出す話ですね。

小原:パラダイムシフトの最先端にいる人たちというのはすごくチャンスがあるのは想像しやすいと思いますが、その多くは新しいものに敏感な若い人です。本来的には未来へのビジョンが見えるのは間違いなくこのような人たちだと思っています。

しかし、一方大人の戦い方というものもありまして、過去に同じ属性のパラダイムシフトの起きた時代を生きたことがある人にとっては、これからの時代がこれからどうなるか、というのはそれなりに予見可能だったりします。

僕はiモード・iアプリのときに、携帯電話アプリにおいてどういうプレイヤーがどんなプロモーションを行い、どのような課題が生まれ、それが最終的にどうなったということを体験していました。

なので、スマートフォンにおいてはそれを先回りし、解決するメディアを立ち上げたのです。

正田:小原少年が体験した、「情報」を持っているものこそが優位に立つ、というのがそこでいきるわけですね。

小原:頭がいい、悪いではなく、時代の変化があったときに、これからどうなるのかを先読みすることができれば、基本的には誰でもビジネスを生み出すことができ、先行したメリットを得ることができるということですね。

企業売却を決意した理由。決め手は「社員との約束が実現できるか」

正田:そのような状況の中、売却の意思決定をしたのはどうのような背景があったのですか。

小原:当時僕らはスマホゲーム検索とゲームのクーポンを掛け合わせた「スマホゲーム版ホットペッパー」のようなメディアサービスを展開していました。ゲーム会社さんからクーポンを頂く代わりに、僕らはゲーム会社さんにユーザーの送客を行う、というシンプルなモデルです。

事業は読み通り順調に成長していき、2年半で400万人のユーザーに使っていただけるサービスとなりました。

しかし、事態は急に悪くなりました。

「モンスターストライク」といえば、いわずもがな日本で一番売れていたmixiさんのアプリでした。恐らくご存知の方も多いと思います。そのゲームが2015年夏に、アプリストアから配信停止、つまりダウンロードすることができなくなってしまったんです。

その理由は正確にはわかりませんが、事実として多くのゲーム会社さんはクーポンの配布が原因であったように感じていました。

「日本で最もシェアを誇っていたゲームでさえも、ストア側の判断ひとつで配信停止になってしまう」
この事実をまざまざと見せつけれられた各ゲーム会社さんは、自社のゲームも同様の処置を実行されることを恐れ、徐々に我々に対するクーポン提供に難色を示すようになりました。

そうなると、クーポンのついていないホットペッパーよろしく、我々のビジネスは立ちいかなくなります。

そこで考えたのは2つです。
ひとつは、これから資金調達を行い、ユーザーが減ると考えれる中、現在の売り上げと調達したお金で生きながらえながらクーボンに代わるサービスをこれから考えるというもの。

もしくは、いま400万人のユーザーや多くのゲーム会社に使っていただいている自社サービスの価値、基盤を魅力的に思ってくれ、さらにゲームのビジネスを伸ばしたいと思っている会社さんに買ってもらうこと。

正田:結果、後者の選択をとったわけですよね。判断の軸として、どのようなことが決め手だったのですか。

小原:考えたのは、「社員に約束していたことがちゃんと実現できるか」でした。
僕がその当時の社員に約束してたことは一つしかなくて、「うちの会社を踏み台にしてくれ」っていうことだけなんです。

どういうことかというと、つまり「うちの会社に入ったことによって損をする人が出てはいけない」ということでした。
創業してから組織の拡大を通じて悲喜こもごも起こったことを通じてそこに対して誠実にいようと決めていました。

そう考えたときに、自分の会社でゲームメディアの企画を新しくやるのと、うちの会社を評価して買ってくれる会社が見つかるのは、どちらの方がその約束を果たせる可能性が高いんだっけっていうふうに考えていくと、買ってくれる会社を探す方が全然高かったんですね。

なので、われわれに出資していただいているベンチャーキャピタルと一緒に、売却も視野に入れて資金調達に動いていこうということになったんです。

正田:そこで、KDDIグループのmedibaに出会うと。

小原:はい、もともとビジネスパートナーだったこともあり、入ったイメージをスムーズに持つことができましたし、何より我々の強みをもとにKDDIのゲーム事業を伸ばせる戦略がセットされていたのが決め手でした。
我々が合流したことでKDDIの手掛けるゲーム事業はmedibaに統合され、その規模は大きく伸びています。

起業を通じて僕が一つだけ果たしたと言えるのは、僕の会社にいたメンバーは、うちを抜けるときにうちの会社よりも条件が悪いところにいった人は多分一人もいないということですね。

「従業員制度」は時代にそぐわない

正田:バイアウト時の創業者と従業員の立場の違いは度々話に上がりますよね。

「経営者と創業者が儲けるタイミングでなんで自分だけ儲けられないんだよ。自分の時間を会社に対して提供したのに」という具合に。

これは株式の配分によって得られるキャピタルゲインに圧倒的な乖離があるからだと思うのですが。
僕、そういったお話を聞く度に考えていることがありまして。
あえて誤解を恐れずいうと、最近僕は「従業員」という制度そのものが、もういまの時代にそぐわないのではないかと考えています。

現代の世の中では、労働は人の奴隷みたいにやるのではなく、むしろ一種の娯楽であり、自分のスキルアップのためのコンテンツなのではないかと。

だから、僕らの親の言葉じゃないですけど、労働はむしろ買ってでもして良いものなのかなと。

例えば従業員という制度は役員としての準備期間やパートタイムアルバイトなどに適用し、正社員は存在せず、すべて業務委託か有償ストックオプション制度などを使えば労働を買うことができ、かつキャピタルゲインも取れるのではないかと。

小原:本意から誤って伝わると「ブラック企業乙」となりそうですが(笑)。とても興味深いですね。それは。

「カネ」から「フォロワー」へ。信頼指標は既に移行している。

小原:でも、正田さんと僕とで対照的だなと思うのは、正田さんの方がより素直に生きている印象があります。

日本人って「お金お金言うのは恥ずかしい」という道徳観があるじゃないですか。
正田さんはそのあたり、とてもソリッドな印象を受けます。
お金を稼ぐということに対して、とても自然体だなと。

僕も本当はお金を稼ぎたいのかもしれないですけど、自己認知の範囲だとお金を稼ぎたい、というのは二次的、三次的な欲求で、それより先にくるのは「自分がコントロールされたくない」という気持ちです。

コントロールされないためには、自分で時間を捻出する必要があるし、そのためには手段としてお金を持っていないといけない、というイメージなんです。

例えるなら「鶏口牛後」の精神が近くて、お金を稼ぐために起業するというよりは、自分が自由になるためには起業をせざるを得ないというか。
起業をするとなると、継続的に原資がないと会社を維持できないので、そのために相手の役に立とう。相手の役にたったら、結果として自分が自由になっていくと。

そういった積み上げ的な考え方が近いです。

正田:確かに。僕も10代の頃は自分の給料を3000万円以上にするにはどうしたらいいんだろうって、そんなことばかり考えてました。

なんで3000万円なのかというと、中学の頃「こいつの家めちゃくちゃ金持ちだな」と思っていたクラスメートの家の父親が、とある大手企業の役員だったんです。

そのクラスメートに「お前の父ちゃん年収いくらなの」と聞いたら「3000万円くらいかな」と返ってきたので、「そうか、3000万あったらこの生活ができるのか」ってインプットされてました(笑)。

でも、いざ年収3000万円稼いでみても、結局所得税なども大きく、イメージしていた姿とはかけ離れていて。全然金持ちになれないけど、なんなんだこれはみたいな(笑)。

これは実は、後からよくよく考えると、そのクラスメートがそんなに裕福だったのは、年収はそこまで関係なくて、IPOしたときの上場益が大きかったんだと気付いたのですが。

そこから3000万円稼いでも金持ちにならなそうだと気付き、労働の対価として稼ぐのは限界で、投資のリターンじゃないと儲からない、その中でもスタートアップ投資こそがもっともマージンが乗っけられていない。という感じで、M&Aに舵をきっていきました。

 小原:自身の価値観が事業にも如実に反映されていますよね。

正田:僕、最近やっとSNSをはじめたのですが、そのパラダイムシフトの大きさを感じています。

自身の価値観に触れなかった故、軽視してしまったのですが、16年間経営してきて自分の最大のミスではないかと思っています。

「SNSは信用力の可視化」といわれてきていますが、人間は共同体の中で生きている以上、人から評価されたり信頼されたりすることが生きがいになる人が多いと思います。

そして、みんなそれを「数」で評価したがる。

僕らの頃はその勝負が個人の「所得金額」や会社の「時価総額」だったのですが、それが現在は「フォロワーの数」に変移してきています。

小原:フォロワー数=信用と言い切れるかはともかく、人の心に刺さる意見を述べる人がSNSによって昔よりも報われやすくなっている印象はありますね。そういう意味ではお金を持っていなくても社会に影響を与えられるとも言え、社会が良くなって来ている気もします。今の若い人は我々世代よりもチャンスが開けていますね。

「バイアウト後の谷」を乗り越えらるかが重要

正田:バイアウト後、いまの会社に入って、良かったと思うこと、または辛かったことなどはありますか。

 小原:「バイアウト後の谷」といえばいいのですかね。

そういったものは多かれ少なかれ、僕と同じような経験をされた起業家はいるかと思います。

買う側というのは程度の差はあるものの、イノベーションのジレンマを抱えていて、中で新規事業が作りづらいという課題があると思います。

これは、構造にも原因はあるので、外から持ってきて安易に解決できるものではありません。

僕は学生時代から自分で会社をやっていて、いわゆる大きな組織を知らなかった。マネジメントも対して経験はなかった。

大きな組織で活躍する人間はジェネラリストというか、勉強で例えると数学も国語も英語もすべて偏差値60くらいの人で、一方僕もそうなんですが、起業家

は社会だけ偏差値80あるけど、他は全部40くらいかなみたいな、そんな感じの方が多めだと思われます。

自分が今まで信じていたのは、目の前のお客さんの役に立てたら絶対に会社はつぶれないものだという、そういう原理原則の信念だけでやっていたのですが、組織が大きくなるにつれて、中に目線を向ける調整力も重要だと、考え方を180度変えないといけないということには葛藤を感じながら取り組んでいます。

正田:起業家ってなかなか替えのきかない職業ですもんね。

小原:ただ、ヒト・モノ・カネという大きな基盤が最初から揃った状態で、大きな市場に対して勝負できるのは大手ゆえの事業の作り方だなというのもここに入って感じました。

今後は自身の柔軟な発想を事業機会として上手くはめ込みながら、ここでしかできない事業を展開してきたいですね。

 正田・小原:本日は有難うございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

樋田 和正

樋田 和正(とよだ かずまさ) 長野県出身。大学卒業後、バーデンダーを経て、2014年BNGパートナーズに参画し、コンサルティング事業部にてマネージャーとしてIT系スタートアップを中心に多数のCxO採用に携わった後、2017年メディア戦略室長就任。執行役員 メディア戦略室長 / エグゼクティブキャリア総研編集長を経験。2018年同社退職。