1.ベンチャーで必要とされる人材とは?
ベンチャー企業とそれ以外の企業との大きな違いは何でしょうか。資金力、実績、コネ…と色々ありますが、一番大きな違いはルーチンワークの量でしょう。ベンチャー企業とは新たなマーケットを開拓して新たな価値を創っていくことを目的としています。実績に裏打ちされた信頼関係や決まった勝ちパターンなどが確立されていれば、ビジネスはルーチン化できますが、ベンチャー企業の場合そうはいきません。また、組織体制、特にコーポレート部門の役割が確立されていないことも多いですから、社員一人ひとりに役割を与え、育成し、ケアしていくことが難しいこともあります。
そうした環境の中で必要とされる人材とは、端的に言えば自分で自分の仕事を探して創りあげることができる人です。ただ、組織のケアが無くても動けるレベルの優秀な人材がベンチャーに来るのかと疑問視される方もいるでしょう。その疑問は誤りではありません。地頭が良くて専門知識がある人材は当然大手に流れます。ベンチャーが狙い目とすべきなのは、たとえ今は確立された能力が無くても、これから伸びていく人材です。そしてその伸びしろを大きく左右するのが「モチベーション」なのです。
2.ベンチャーで必要とされるモチベーションアップ術とは?
ベンチャー企業で大切なのはモチベーション、というと、モチベーションを上げる程の給料が払えるとは限らない…と思われる方もいるでしょう。ただ、ベンチャーで必要とされる「自分で自分の仕事を探して創りあげる能力」は、必ずしも給料や罰則といったアメとムチでコントロールできるとは限らないのです。ここで、科学者のサム・グラックスバーグが行った実験をご紹介しましょう。
実験に使われた問題は次の通りです。被験者に対して、ろうそくとマッチ、そして箱に入った画鋲を見せて、「テーブルに蝋がたれないようにロウソクを壁に取り付けてください」と伝えます。そして、「解答は何でしょうか。敢えて先にお伝えしましょう。画鋲が入っている箱の中にろうそくを入れて画鋲で箱を壁に取り付ける、というものです。この問題のキーとなるのは、画鋲が入っている箱を見逃さずに「ろうそくの入れ物」として活用できるか、という点にあります。通常人間は、容器の中の物は物として認識しても、容器にそのものは見逃してしまいます。このような心の働きを心理学用語で「機能的固着」といいますが、この機能的固着を超えて箱を問題解決のためのツールとして積極的に活用できるかどうか、クリエイティブな思考ができるかどうかがこの問題を解くキーとなっているのです。
サム・グラックスバーグはこの実験を2つのグループに分けて行いました。一つ目のチームには単に平均時間を図りたいと伝え、もう一つのチームには、「上位25パーセントの人には 5ドル、1番の人には 20ドル」というインセンティブを与えます。結果はどうなったでしょうか。単純に考えれば後者のチームがより短い時間で問題を解いたであろうと思われますが、実際は真逆でした。何と、後者のチームは前者のインセンティブ無しのチームより3分半も長い時間がかかってしまったのです。つまり、この実験により、クリエイティブな思考が要求される仕事の場合、金銭や罰則でモチベーションをコントロールしようとするとかえってパフォーマンスが下がる、ということが判明しました。一方、より単純で定型的な作業であればこのようなアメとムチが有効であるという結果がでています。
(参照:ウィキペディア(Wikipedia)ロウソク問題)
アメリカの作家・文筆家であるダニエル・ピンク氏はこれを例に挙げ、「やる気に関する驚きの科学」と題したTEDで興味深い考察を行っています。
(参照:やる気に関する驚きの科学 (TED Talks))
一つには、ルーチン的な業務であれば外発的動機付けによりパフォーマンスを上げることができるが、ベンチャー企業で必要とされるより難易度の高いクリエイティブな仕事であれば逆効果だというのです。そして、クリエイティビティが要求される仕事に必要なのは、その仕事それ自体の楽しさや意義、そして自己の成長につながるかどうかといった内発的動機付けこそが必要とされるそうなのです。
3.ベンチャーでやってはいけないダメなマネジメントとは?
次に、先程のダニエル・ピンク氏の著書の中で紹介されている興味深い実験をご紹介します。絵を描くことが好きな幼稚園児を3つのグループに分けて実験を行いました。
1つ目:絵を描くことで報酬を与えることを予め伝えておき、実際に与えた。
2つ目:報酬を与えることは伝えずに絵を描かせた後に報酬を与えた。
3つ目:報酬を与えることを伝えず、絵を描かせた後も報酬は与えなかった。
この2週間後、今度は全てのグループの子供たちに報酬は与えないことを予め伝えて絵を描かせた所、1つ目のグループの子供は絵に対する興味を失ってしまったというのです。
(参照:和楽の道『「内発的動機付け」と「外発的動機付け」 小さな違いが、人生を変える』)
1つ目のグループの子供たちに、何が起こったというのでしょうか。
恐らく、1回目の実験の時に報酬という外発的動機付けを与えられた上で絵を描き実際にもらうという体験をしたことから、純粋に絵が好きだ、という内発的動機付けが、外発的動機付けに置き換えられてしまったものと思われます。仕事の成果を給料で置き換えることは一般的に行われていますが、これも気を付けないと内発的動機付けをつぶしてしまうことにつながりかねないのです。
内発的動機付けをつぶしてしまう例は、報酬以外にも報告されています。物や金銭による報酬ではなく、「ほめる」という行為であっても報酬として機能してしまえばいつの間にかほめられることが自己目的化してしまいます。また、報酬というアメ以外にも、否定的フィードバックや監視、締め切りの設定や競争の押し付けなどのいわゆるムチに該当する外発的動機付けであっても、同様の結果が報告されています。
このような、外発的動機付けの押し付けが内発的動機付けをつぶしてしまう現象は、「アンダーマイニング効果」と呼ばれています。一方、こうした外発的動機付けの悪影響を排除し、本人の裁量の余地を大きくし、自発性を重んじるマネジメントを行ったところモチベーションがアップしたという報告も上がっており、こちらは「エンハンシング効果」と呼ばれています。
(参照:MILL KEY WEB「モチベーションを上げる3つの欲求、心理学者デシが明かした報酬と意欲の関係」)
4.内発的動機付けのウラにあるやむにやまれぬ本能
単純なまとめ方をすれば、人が外発的動機付けによって仕事をする際は、仕事を「手段」として捉えており、内発的動機付けに依拠している時は仕事それ自体が「目的」となっていると言えます。収入なり賞賛なり罰からの回避なり、いずれも他人から意図的に与えられるものは人間にとって真の目的とはなりづらい一方、真の目的となりうる内発的動機付けは他人によってコントロールはできない、というのは経営者にとっては悩ましい現実です。では、人はなぜ内発的動機付けというのを持ちうるのでしょうか。その理論的背景を紐解いていきましょう。
1930~1940年代にかけては、動機というのは飢えなどの生理的な不快感からの回避や生殖などの本能的な欲求により生まれる、という動因低減説が主流でした。その後、1950年代になると動因低減説に対する反論として、ハーローらにより生物には生理的な欲求がなくても自ら情報や刺激を求めて動き出す探索行動が見られることが実証されました。その後、人間には自ら環境に働きかけ変化させたり統制させたりしたいという熟達本能があるというヘンドリックの理論や、人間には環境・対象と効果的な相互作用をすることができる能力を獲得したいという本能が備わっているとしたホワイトのコンピテンス概念が出てきます。さらに、欲求は生理的欲求、安全欲求、社会的欲求(人、あるいは集団から愛されたい、帰属したいという欲求)、尊厳欲求(他者から尊敬されたい)という外部から満たされる欠乏欲求が満たされると、次に自己実現欲求という自分の力でしか満たすことのできない成長欲求が出てくるとしたマズローの欲求5段階説なども有名です。これらの説が理論的背景となって、1960年代になるとヤングらにより内発的動機付けという概念が提唱されます。
(参照:J-STAGE「内発的動機づけ研究の展望」)
現代では、この内発的動機付けに関する理論はハーバードビジネススクールなどによってビジネスの現場に応用されています。心理学者のエドワード・L・デシはその著作「人を伸ばす力―内発と自律のすすめ」の中で、内発的動機付けには、自分はデキる!という有能性や、自分のやるべきことを自分で決められるという自律性、そしてそのことにより周囲との結びつきが生まれるという関係性の欲求が重要だと述べ、このような言葉をのこしています。「人が自律的に生きているかどうかの鍵となるのは、自分自身の選択で行動していると心底感じられるかどうかである。それは、自分が自由だと感じる心理状態であり、いわば行為が行為者の掌中にある状態ともいえる」
(参照:MILL KEY WEB「モチベーションを上げる3つの欲求、心理学者デシが明かした報酬と意欲の関係」)
5.内発的動機付けによるモチベーションアップの事例とポイント
現在では、内発的動機付けをベースに社員のモチベーションをコントロールすることによって業績を向上させている企業が数多く見られます。もっとも代表的な企業がかのgoogleでしょう。業務時間の20%を自分がやりたい業務に使って良いとする「20%のルール」は余りにも有名です。ここで重要視されているのは、単純に通常業務以外に新規開発業務にかける時間を強制的に20%分振り分けて開発のスピードアップを図る、というようなことではありません。20%ルールは、多少意に沿わないクレーム対応をしたり、目的がよく分からない会議に出席したり…といった内発的動機付けを損なう外部からのノイズを排除して、純粋に自分がやりたいことにのみ集中できる環境を作ることによって、「フロー状態」を作り出すことを目的としています。真の革新的なアイディアはこのフロー状態の中から生まれます。
フロー状態とは、心理学者のM.チクセントミハイが提唱した概念で、「一つの活動に深く没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態」、「その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをするということのために多くの時間や労力を費やすような状態」のことです。このフロー状態は、チャレンジングではあるが実現可能な明確な目標に能動的に取り組み、かつ具体的なフィードバックが得られる環境下で作り出すことができます。Googleは20%ルールでやりたいことに没頭する時間を確保するのみならず、「デモ・デイズ」を設けて20%ルールのもと生まれたアイディアに対して具体的なフィードバックを与える機会を設け、良いものは事業化にするというチャレンジングな目標を与えることによって、フロー状態が生まれる条件を整えているのです。
(参照:日経BP)
内発的動機付けを高める試みは他の企業でも見られます。クックパッドでは人事異動は本人の希望による「社内公募制」をベースとし、本人が望まない人事異動は原則行わないことで内発的動機付けを保つ努力をしています。テルモでは「アソシエイト・プライド」という社員が部門横断で人材を募り自由に課題解決のためのプロジェクトチームを立ち上げることができる仕組みを導入しました。リクルートでは、何と30年以上前から部門横断で新規事業を立ち上げる制度を設け、審査に合格すれば年間500万の補助金がつき、事業化に向けて取り組むことができます。これらの試みは社員が自分のやりたいことに集中できる環境を整えるという意味で、内発的動機付けにフォーカスを置いたモチベーションコントロール術と言えるでしょう。
(参照:オフィス ジャスト アイ「事例紹介 モチベーション編」)
そして最後に、内発的動機付けを高めるために忘れてはいけないもう一つの大切なポイントをご紹介します。FACEBOOKの創設者のザッカーバーグは、母校の卒業式のスピーチでこう述べました。「自分の人生の目標を見つけるだけでは不十分だ。誰もが目的感を人生の中で持てる世界を創り出すことが必要なのだ」と。具体例として彼はジョン・F・ケネディがNASA宇宙センターを訪れた時のエピソードを引用しています。掃除婦に何をしているのか尋ねたところ、彼女はなんと、「大統領、私は人類を月に送る手伝いをしているのです」と答えたというのです。ザッカーバーグはここで、目的というものを「一人ひとりが、小さな自分以上の何かの一部だと感じられる感覚」と定義しています。
(参照:倉本圭造(経営コンサルタント・経済思想家)のブログ「ザッカーバーグのハーバード卒業式スピーチが感動的だったので日本語訳した。」)
単純に自分個人の好き嫌いを超えたより大きなものとのつながりを感じ取れるというのも、内発的動機付けを喚起するための重要な要素です。
6.ベンチャーでこそやるべきマルなマネジメントとは?
ここまでの内容を振り返ると、仕事の枠組みが固まっていないベンチャー企業において理想的なマネージャーというのは、人に指示をしたり賞罰を与えたり進捗管理をしたり…といういわゆるマネジメントをしないのが良いマネージャーということになってしまいそうです。では、ベンチャーのマネージャーは何をしたら良いのでしょうか。
サーバントリーダーシップという言葉があります。アメリカのロバート・グリーンリーフ博士により提唱された「リーダーである人は、まず相手に奉仕し、その後、相手を導くものである」という考え方です。このタイプのリーダーに必要なスキルはまずは傾聴や共感、気づきを与える力など、メンバーを活き活きと働かせ、その成長をサポートする力だとしています。ただしこれは、必ずしもメンバーに好き勝手させるということではありません。サーバントリーダーシップを成功させるには、まずはビジョンをしっかりと示しメンバーに理解させる概念化の能力が必要されます。また、単純にメンバー任せにするのではなく、チーム全体を俯瞰し先々に起こる問題を予測する先見性も大切です。
(PRESIDENT Online『サーバント・リーダー「10の特性」あなたはいくつ該当するか?』)
ベンチャー企業におけるマネジメントでは、メンバーに対してビジョンや戦略を明確に示し、そこから逸脱した場合は指導をしつつも、大枠を外さない限りは本人の主体性を尊重しやらされ感を持たせることなく自分事として仕事をさせることが必要です。
7.ベンチャーがベンチャーで無くなるタイミングで気をつけること
決まった仕事の枠が無いベンチャー企業に於いては、個人の主体性を最大化させる内発的動機付けを中心に据えたマネジメントが重要であることを述べてきました。ただここで問題があります。ベンチャー企業もいつかは成長します。ビジネスにおける成功事例が積み上がり、お得意様もでき、主力商品が確立され、組織体制も整って、晴れて「普通の」会社になります。普通の会社とベンチャーの違いはなんでしょうか。普通の会社では確立された勝ちパターンを守るほうが、下手にイノベーションを起こすより利益を生むという点です。
そこでは自分で考えて自分で動く人材より、今あるものを教えられた通りに地道に継承していくタイプの人材が必要とされます。当然マネジメントのスタイルも変わってきます。この段階で必要とされるのは指示命令系統や責任の範囲や所在が明確化され、公平な評価がなされて給料に反映されるという旧来型のマネジメントでしょう。普通の企業になるということは、同じ会社の中で様々なタイプの人材を抱えるということであり、マネジメントの方法論もそれに合わせて変えていかなくてはいけないということです。
さて、最後にgoogleが突き止めた社員の生産性を上げるためのノウハウをもう1つだけご紹介します。とあるリーダーが率いるチームはいつも生産性が低く、自分の仕事の意義について理解していませんでした。ある日このリーダーはミーティングを開き、そこで自分が進行性の癌に侵されていることを告白しました。その途端、チームの皆も心を開いて自分のプライベートの問題を話し始め、その後、このチームのまとまりと士気に改善が見られたそうです。このエピソードからgoogleは生産性を上げるには心理的安定性、つまり、本当の自分をさらけ出しても大丈夫だという安心感と、それを受け入れるだけの他者への共感力や思いやりがあることが大切だと結論づけています。
(講談社「グーグルが突きとめた!社員の「生産性」を高める唯一の方法はこうだ」)
こうしたことは、どのようなスタイルのマネジメントを採るにせよ普遍的に大切なことと言えそうです。