■略歴
私立武蔵高校、京都大学工学部工業化学科卒業。同大大学院分子工学専攻を中退し、TTRC(現アビームコンサルティング株式会社)を経て、あずさ監査法人ではメガバンクの監査等を担当。その後移籍したEYトランザクション・アドバイザリー・サービス株式会社ではディレクターとして数多くのM&A案件でキャリアを重ね、現在はアイビーシー株式会社でCFOを務める。平成27年9月、東京証券取引所マザーズに上場。
諦める大切さ。
挫折を受け入れ、次の勝負をすること。
■元々吉田さんは京大の工学部ご出身ということですが、当時は財務とはかけ離れたことを勉強されていたのですよね。
吉田氏:はい、当時はバリバリの理系でした。もう畳んでしまいましたが、実家が埼玉県の川口市で鋳物工場を営んでいて、いずれは実家を継ぐのだろうな、とぼんやり思っていたので、京大工学部の工業化学科に入学しました。大学4回生の時に大手化学メーカー数社の工場見学に行く機会があったのですが、そういうところでずっと働くイメージが掴めませんでした。結局大学院に進学したのですが、益々「どうしたものか」という気持ちが募っていきました。
そんなとき大学の生協で、高校時代の陸上部の先輩が、資格の学校TACの公認会計士2次試験の合格体験記に掲載されているのを偶然発見しました。どうやら会計士試験に受かったらしい。それで興味を持ち、思い切って大学院を休学し、会計士の勉強を始めてみました。しかし、この試験は自分には全く向いてないなと思うことの連続だったので、一度は試験から距離をおいて、リスク回避的にコンサルティングファームで働いたりしていたのですが、そこでたくさんの会計士の方々に促され、会社を辞めてもう一度受験することにしました。
■その頃はどういう心持ちでしたか。 焦ったり、追い詰められたりしましたか?
吉田氏:大学生の人達が和気あいあいと勉強しているのを尻目に、黙々と勉強していましたね。不思議とプレッシャーみたいなものは感じていませんでした。ある意味覚悟を決めてやっていたので。ただ、全く向いていない試験だったので結局試験に合格した時は31歳になっていました。そういった意味では挫折感は結構ありますね。
■経歴がすごく華々しかったので、挫折経験とは意外です。
吉田氏:いえ、かなり挫折の連続ですよ(笑)。経歴だけ見ると多少華々しいようなイメージを持たれがちなのですが、実際は結構泥臭いところがありますね。
■他にどんな挫折がありますか。
吉田氏:最初の挫折は、高校3年生のとき。陸上で東京都の強化選手になっていたのですが、春先のシーズン前に足の靭帯を伸ばしてしまいました。地区大会は通過しましたが、本戦では涙をのみましたね。陸上に打ち込んでいたので、勉強も中途半端。結果一浪することになってしまいました。
■何か挫折を味わった時、どのようにして気持ちを切り替えるのですか。 モチベーションの上げ方を教えて下さい。
吉田氏:まずは諦めることが大切だと思います。逆説的ですが、諦めるからから現状を受け入れ、次の行動が起こせるのだと思います。「世の中には色んな経験をした人がいて、自分の挫折なんて大したことないな」と思えるかどうかが大切なのではないでしょうか。
■陸上一筋から、京都大学の理系に入学して、そこからさらに会計士を目指し、いまではCFOだなんて、なんだか激動の人生ですね。
吉田氏:キャリアの早い段階で挫折も含めいろいろな経験をするのも結果的にはいいのかも知れませんね。例えば、会計士2次試験の受験生の時はとても苦手だと感じていたはずなのに、合格後の会計士補時代には実務補習所の終了時に日本公認会計士協会から銀賞を頂いたりしましたし、実際に働いてみると以外と水が合ったりしましたからね。会計のフィールドは、理系のセンスが活きる場所でした。
■会計と理系? なんだか意外な組み合わせに思えます。
吉田氏:監査法人に務めていた頃にそれを実感しましたが、物事を進めていく際には、仮説を立てて、しっかりとPDCAを回す必要がありますよね。理系で実験をしていたので、仮説を立てて、実践して、検証して、結論付けをすることに慣れていました。工学部にいたときから「こういう考え方はいずれ役に立つかな」とは思っていましたが、まさか会計のフィールドで役に立つとは思っていませんでしたね(笑)。
■思いもよらないところで、経験と経験が結びつくものですね。
吉田氏:そうなんです。ですから技術的なところはしっかりと勉強しつつ、はじめからCFOを一直線に目指す必要はないと思います。CFOにも様々なタイプの需要があるのではないでしょうか。ファイナンスに強いCFOとか、会計に強いCFOとか。いろいろな登り方があるので、自分の得意とするところからきっちり固めていって、チャンスがあったら飛び込んでいく、というのも一つの手だと思います。固定観念にしばられないのがかえって近道かと思いますね。
■着々と計算しつくされた経歴かと思っていたので、とても意外でためになるお話が聞けました。
吉田氏:私のこれまでって、全然輝かしくないし、企んでいたわけでもないんですよね。「負け組会計士」と公言しています。本を書くとしたら『負け組会計士の〜』ってつけて出版したいですね(笑)。
CFOは治水工事的!?
水の勢いを生かしつつ、成功までの水路を作り導く作業。
■監査法人に勤められていて、そこから現在のCFO職にはどのような経緯で就かれたのですか。
吉田氏:そもそもどうして会計士を目指したのか、という部分が他の方と違ったのかもしれません。実家が工場を経営していたというのもあったと思いますが、いつかは経営的な仕事に携わりたいという気持ちが強かったので。あずさ監査法人時代にはメガバンクの担当ということもあり順調なキャリアではあったと思うのですが、将来的に経営的な仕事に携わるというプロセスの一環として、監査法人を退職しました。
■それはまたすごい思い切りの良さですね。
吉田氏:そうですね。まわりの方から見ると、ある意味もったいないし、かなり攻めている様子に写るかもしれないのですが、自分の中ではどうしても必要なプロセスだったんです。わりと冷静でしたね。ここでも理系の考え方が生きているのかもしれない。
次に財務アドバイザリーファームに6年ほど務めて、M&Aのメガディール等を担当させてもらっていたのですが、リーマンショック後に案件も一時シュリンクしてきたタイミングで潮目が変わったことを実感し、何かいい話はないかな、と探していたところ、縁があって現職に呼ばれたというところでしょうか。
■ご経験のなかったCFO職ですが、それまでにやっていた仕事とは全く違うものですよね。
吉田氏:全く違いましたね。いわゆる“綺麗な経営の本”なんかに載っているようなテクニカルタームを杓子定規に使ってしまうと、場合によってはハレーションを起こしてしまう。そのため、まずはどっぷり浸かることを意識しました。自分の意見はなるべく控える形から入りました。
社長がIPOしたいということで私は現在の会社に入ったので、そこへいかに持って行くか。結果を重視しながら、状況や環境にその都度対応していくという感じですね。自分を際立たせるのではなく、会社として然るべき方向に向かうようにする。
■かじを取るようなイメージですか。
吉田氏:どうでしょう。かじを取るとなると、自分の力で行き先を変更するようなイメージですが、それよりも、水路を作るみたいなイメージですね。水の勢いを生かしつつ、気付かれないように水を引いて導いていく作業。治水工事に近い印象ですかね。私のキャリアを見てもわかるように、性格は攻めるタイプなのですが、会社では柔軟に対応しています。勿論あまりにも過度に行き過ぎるのであれば、きちんとブレーキを踏みますが(笑)。判断の基準としては、『説明がつくのかどうか』というところでしょうか。合理的に説明がつけばそれは進めるし、つかなければ、冷静になる。
■御社は昨年上場を果たしましたが、そういった吉田さんの視点から、上場できた要因というか、ポイントは何かありますか。
吉田氏:結果としてタイミングがうまく合ったというところでしょうか。景気やマーケットの状況と当社の事業内容や成長のタイミングがうまくかみ合ったという感じですね。あと、やはり予実管理が最後のところでしっかりできたところですかね。それから、社長が運を持っているんじゃないかなと思います。(笑)
■運、ですか。
吉田氏:もちろん運だけでは尽きてしまいますが、運やツキがない会社は悪循環に陥ってしまいますよね。これまで数多くのベンチャー企業の社長さんと面談した経験のある知人のヘッドハンターもやはり「運は大切だ」と言っていました。私が現在の会社に参画する際には、事前に何度も社長と面会しましたし、もちろん会社の状況や業績も確認しましたけれど、「この人は持ってるな」という確信みたいなものは当時からありましたね。(笑)
■会社として上場、調達を達成されました。次は「どこに投資するのか」というのが重要なところだと思うのですが、いかがでしょう。
吉田氏:今はどうしても一本足打法というか、単一の事業でここまでずっとやってきているので、それをいかに広げて行くかが次の成長の課題にはなってくると思います。サービスラインを増やしていかないといけない。M&Aとかそういう話にも場合によってはなってくると思います。
■まさにそれは財務的なCFOの仕事という印象ですね。
吉田氏:財務的には可能な場合でも、社歴が10年以上ある会社なので、会社全体をその方向へ持っていくのは、なかなか大変な作業なんですよね(笑)。だから私はこれからも、力で方向を決めるのではなく、財務的にもそうですが、治水工事的に水路を作っていくことになると思います。上手に柔らかく道筋をコントロールしていくのが、いまの会社の課題に対する私の仕事かな、と思っています。
■最後に、理想のCFO像を教えて下さい。
吉田氏:理想というのは特に持っていないんですよね。固定観念は持たないということです。それぞれの会社やCFOにとって、ゴールは様々だと思うので。これも量子力学的な考え方かもしれませんが、世の中というものは、常に揺らいでいるものだと思うんです。だから「だいたいこっちの方向」とだけ考えて、あとはその都度臨機応変に対応していきます。
部下にも言っているのですが、私は仕事には気持ちを入れません。自分の目の前を通っていくのは丸・三角・四角だと考えれば楽でしょう、と。発表会なんかでも言うじゃないですか、「緊張するならお客さんをみんな◯◯だと思え」みたいな。そういうのと一緒で、なるべく抽象度を高めることが大切だと思います。個別性を重視しちゃうと、様々な気持ちが入りこんでしまう。状況として「ここから、ここに持っていく」というプロセスだけで考えるのが良いと思っています。抽象度を高めて仕事をする。だいぶ理系の発想なのかもしれないですけど。
■「諦める」の美学に通じるところがありますね。
吉田氏:そうですね! 固執してしまうと「あぁだよな、こうだよな」と考えてしまう。それを全部捨て去るということですね。だからこそ本質が見えてくる。
断捨離と同じような考え方ですかね。会社の中だと、ロジカルじゃないものがいっぱいあるので、それを一回「現象」としてみる。「現象として、今こうなっているから、こうしなくてはいけない」と冷静に道筋を考えるんですね。だからこそ私は水の流れに一緒に入り込むことはせず、次元を高めて俯瞰することが大切だと思っています。それが私なりのCFO像ですかね。