【連続起業家対談#3】 “誰よりも事業に愛着があるからこそ、M&Aを選択できる” TIGALA正田 圭 × バンダースナッチ藤井 裕二

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― エグゼクティブキャリア総研より書籍化する連続起業家シリーズ。
その書籍出版を記念し、著者のTIGALA正田圭氏と売却経験のある起業家を招き、シリアルアントレプレナーに関する対談を複数回にわたりお送りします。 第3回にお招きしたのは、個人で簡単にオリジナルの洋服を製造できるウェブサービス「STARted(スターテッド)」を開発した株式会社バンダースナッチ代表取締役社長のフジイユウジ氏です。2016年、STARtedをCAMPFIREに事業譲渡したフジイ氏に事業譲渡に至った背景と今後の展望についてうかがいます。

■PROFILE
TIGALA株式会社 代表取締役社長
正田 圭

15歳で起業。インターネット事業を売却後、M&Aサービスを展開。事業再生の計画策定や企業価値評価業務に従事。2011年にTIGALA株式会社を設立し代表取締役に就任。テクノロジーを用いてストラクチャードファイナンスや企業グループ内再編等の投資銀行サービスを提供することを目的とする。2017年12月より、スタートアップメディア「pedia」を運営。
著書に『サクッと起業してサクッと売却する』『ファイナンスこそが最強の意思決定術である。』『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』(いずれもCCCメディアハウス刊)がある。
▷note:https://note.mu/keimasada
株式会社バンダースナッチ 代表取締役社長
藤井 裕二 / フジイ ユウジ
1976年生まれ。二輪部品・二輪用品の小売企業に長年勤務し、EC部門の立ち上げやマーケティング等を担当。同社のスタッフとともに2011年株式会社バンダースナッチを設立し、代表取締役社長に就任。EC事業などの開発・運営を経て、2014年9月アパレル製造に特化したプラットフォーム「STARted(スターテッド)」を立ち上げる。 2016年12月日本最大のクラウドファンディング・プラットフォームを運営する株式会社CAMPFIREにSTARtedを事業譲渡し、同社執行役員に就任。現在はバンダースナッチ代表取締役とCAMPFIRE STARted事業マネージャーを兼務。
■INDEX
― はじまりはひとつのコーナー。「フジイ商店」から「STARted」ができるまで。
― 「アパレル業界を民主化する」STARtedが解決した業界構造とは
― 事業開始3年後に気付いた、「資金調達のアーキテクチャ」の重要性
― キャッシュを残しながら、新たな事業を考えられる環境の希少性

はじまりはひとつのコーナー。「フジイ商店」から「STARted」ができるまで。

正田:今日はお越しいただき、ありがとうございます。M&Aにも買い手側、売り手側、会社ごと売り買いする、または事業だけを売り買いするなど、さまざまな形があります。今回はフジイさんにSTARtedの事業譲渡だけでなく、起業前のエピソードにまでさかのぼってお話をうかがいたいと思っています。まず起業前から教えてください。どんな仕事をされていたのでしょうか。

フジイ:僕、もともとバイクが好きでナップスというバイク用品店につとめていました。二輪のアフターマケットに関して、様々なものを取り扱っているお店です。

最初は何の気なしにアルバイトで入ったのですが、そこで僕は「商売の師匠」ともいえる上司に出会ったんです。ところがこの上司が少し変わっていて、いちアルバイトである僕にとある商品コーナーをまるごと担当させてくれたんです。

ある日突然「このコーナーは『フジイ商店』だと思って、取引先との交渉、仕入れ、どれだけ在庫を持つかかまで、全部お前が決めろ」と言われて(笑)。

商品が売れたからまた同じものを仕入れようとか、再入荷せずに売り切ったほうがいいとか、自分で考えて決めていくのがゲームみたいでおもしろく、のめりこみました。

正田:アルバイトにそれをさせるってすごいですね(笑)。

フジイ:僕は今でも事業をつくり、それを成長させていくことが大好きなんですが、その原点はまちがいなくこの上司にあります。

その上司から「お客さんが来たときに『欲しいものがない』状況をなくせ」「在庫を持ちすぎるのは会社の金を使っているのと同じなんだぞ」などとアドバイスをもらいながら、商売の原点を学んだ感じです。

最終的には全国のすべての店舗を統括するマネジャーや、社内ベンチャーの立ち上げも任せていただきました。だから僕がいま事業家としてやれているのも、事業譲渡という判断ができたのも、このバイク屋が原点なんです。

正田:僕の持論だと、若い頃に人から雇われる経験をした人は、後に経営者や役員になっても会社や事業を大きくしようと考える「投資家」の面をなかなか持てないのではないかと思っています。だからM&Aもしない。

でもフジイさんはそうじゃない。きっとその方のおかげですね。そして、そのバイク屋さんを辞めてバンダースナッチを立ち上げた。

フジイ:はい。2011年に同じチームのメンバーだったエンジニアとオペレーションのリーダー、と3人で起業しました。

これを言ってしまうとすごくカッコ悪いのですけど、「この会社でできることはやってしまったから、新しい会社をつくろう」と言って、何をするかも決めずに、まず会社だけ設立しました。

そして会社を設立したので、とりあえず会社を辞めました(笑)。

正田:それ、よくメンバーがついて来ましたね(笑)。

フジイ:本当に(笑)。「フジイくんなら大丈夫だろう」なんて言ってくれていました。

それで、僕らはECが得意だったからEC関連事業をしばらくやっていたんですが、これでは会社を大きくするのは無理だから、もっと成長性のある事業をしようと開発したのが2016年にCAMPFIREに事業譲渡した『STARted』です。

― 「STARted」サービスサイト

 

「アパレル業界を民主化する」STARtedが解決した業界構造とは

正田:ファッション業界の知識がなくても、素人が簡単にオリジナルの洋服を作れるサービスだそうですね。

フジイ:はい。『STARted』は「Webを経由して、誰でもものづくりができるようにしよう」という思想から始まりました。

例えば、映像の世界いえば、20年前に「素人が自由に映像作品を撮り、世の中に認知され、何万人という人に評価してもらうことが可能になる」
って言ったら、当時のプロの人は、「きみは何言ってるの。そんな未来、絶対来ないよ」って言うと思うんです。

けれど、それは『YouTube』という触媒を介し現世に存在し、日本ではティーンを中心に大きなムーブメントを生み出し新たなカルチャーを創造している。

ボーカロイドの初音ミクを通して素人が作った曲がいま、街のカラオケランキングの上位に大量に入っている未来、誰も想像しなかったと思うんです。

それは、確実にインターネットによって「個人のクリエイティブが解放され、民主化されている。」という事実だと思いました。

一方、アパレル業界、ファッション業界ではその芽はまだ生まれておらず、先駆者が見当たりませんでした。

ならば、僕らがはじめようと、ニコニコ動画やPixivのような誰もが制作・発信できるようなものをファッション業界でもはじめよう、『アパレル製造の民主化を起こそう』と考えました。

ツールさえあれば、大企業と同じようなブランドが自分で作れる世界、そんな世界をビジョンとして掲げていました。

なので「イラストをアップロードすると服になる」「自分のブランドが、はじめられる」というキャッチコピーで始めました。
イメージする服やバッグのイラストを描くだけで簡単にオリジナルの商品を作れて、ECサイトで販売までできる、といったモデルです。

正田:なるほど、ユーザーと作り手をつなげるマッチングサイトということですね。

フジイ:やはり服を作るのってすごく難しくて、例えばある人が「ボーナスをつぎ込んでアパレルブランドを作りたい」と思ったとします。

そこから各都道府県にある繊維や縫製の工業会などのWebサイトを見れば工場は見つかるのです。ですが、いざ製造工場に連絡してみると、そこには「素人お断り」の世界が広がっています。

「業界用語も通じない、仕様書もかけないですよね?」
というような具合で、業界のプロトコルをわからない人は受け入れてもらえない。

正田:ITサービスの設計にも近しい話ですねそれは。
「こんなアプリを作りたい」と業界経験のない人が思ったとしても、「それはデザイナーとしての仕事なのか、それともアプリケーションエンジニアの仕事なのか、はたまたインフラエンジニアとしての仕事なのか、言語は何を使うのか、どこまでをアウトソースするのか」なんて素人は分からない。

フジイ:はい。まさにそれって僕がシステムのことをわからない頃、発注していた現象ととても似ているなと思ったんです。

こっちには「こういうアプリが欲しいです」というゴールはあるんですけど、それが機能の要件なのか、ビジネスの要件なのか、切り分けが付いていない。

つまりは、「アパレルの発注側も受注側もプロ」という前提のもと成り立っていた仕組みで、基本的に素人が発注を行うことは不可能だったんです。

このように、アパレル業界に知見のない人が業界に参入するには【業界の専門知識】【コネクション】【元手資金】という3つの障壁がありました。

だからアイデアやお金だけあっても未経験の人間が自分のブランドを始めることはできませんでした。

そこで、STARtedではこの3つの壁を壊そうと、工夫をしました。

ユーザーの描いたラフ画を【業界の専門知識】を持つディレクターがアパレル業界の言葉に翻訳して具体的なタスクに落とし込んでくれます。

Web上の簡易画面に必要条件を入力してもらうから、一からヒアリングしなくてもディレクターがある程度判断してタスク化でき、そのタスクをもとに、STARtedが【コネクション】のある協力先とマッチングします。

そしてミニマムで10万円ほどの【元手資金】があれば、個人でアパレルブランドを立ち上げることができます。

ここで意識したのは、「マッチングができるようにしただけでは、流通は生まれない」ということです。

マッチングが可能になったとしても、結局発注できる人はほとんどいません。
単なるマッチングサービスだと個人の持っているニーズをタスクとして適切に落とせる人が存在しないからです。

クラウドソーシングサイトでよく見られるのも、発注者からふわっとした要望を当てられたが、クラウドワーカーではそれを処理できず、想定していたものが手に入らずトラブルになったり、不釣り合いな案件単価で働くはめになったり、などの問題です。

それって結局のところ、「マッチング」というのは「タスクが明らかになっているときしか機能しない」という事実があるからです。

ですからSTARtedはWeb上のユーザーインターフェースを通じて適切に翻訳するハブのようなシステムなんです。

「オリジナルの洋服を作ることができ、ECサイトで販売もできる。そこまでお膳立てしてくれてこの価格は安い」と、たくさんの方々に使ってもらうことができました。主なユーザー層は20代から30代の女性です。

事業開始3年後に気付いた、「資金調達のアーキテクチャ」の重要性

正田:当時よくメディアで取り上げられているのをお見かけしましたが、最初から注目されていたのですか。

フジイ:サービスのローンチ前は、プレマーケティングを実施し事業のポテンシャルを確かめてみようと話していました。広告も打たず、SEO対策も実施せず、オーガニックでどれほどの会員登録があるか見てみてみよう、と話していたんです。

すると、間も無くテレビ東京さんから急な電話があり、「ワールドビジネスサテライトという番組なのですが、うちの番組に出演しませんか」とお誘いいただきました。

結果、新サービスを取り上げる「トレンドたまご」というコーナーで紹介していただいたのです。

メディアに出たおかげであっという間に会員数が激増し、結果として協力工場も増えて大きなコストダウンにつながりました。

そしてこのときに僕らの掲げるコンセプトが世の中に確かにニーズのあることを感じたのです。

正田:オーダーメイドなら通常はコストが上がりますよね。協力工場が増えたから安くできたということですか。

フジイ:ええ。アパレル業界の生産者ってものすごく細分化されているんです。
メーカーの量産を中心に請け負う縫製工場でパーツの多い衣装を作ってもらうととんでもないコストまで上がってしまうのですが、個人事業主の方はパーツの多いものを1着1着手作業で作るのが得意で、コストもそれほど上がりません。

逆に個人事業主には「これを量産してくれ」と頼んでもできない。パタンナーでもメンズが得意な人はレディースは手がけないし、その逆も然り。得意分野が違うと業務内容がまったく違うんです。

それらは一重に『アパレル業界』とくくられて話されていますが、それぞれまったく別の業界といえるんです。

STARtedでは400以上の協力先とその得意分野をクラウドでデータベース化し、「メディアの人がユーザー向けに作るノベルティー2000着」にも「小規模のデザイナーブランド10着」にもユーザーのニーズに合致し、協力先とのマッチングを図っていきます。

だから得意分野をもつ協力者が幅広く、たくさんいたほうが価格は安価に抑えられるんです。

あと、やってみて驚いたのは、当初は僕らのようなサービスを使うのはイラストレーターさんとか、美大でグラフィックデザイン学んだ人で「アパレルのことは分からないけど、自分のデザインした服を世の中に出してみたい」みたいな人がメインなのかなと考えていました。

けれど、ユーザー層はもっと広くて、企業から、個人から、いろんな人が服を作りたいんだなというのが分かったんです。
個人の女性が多いんですが、全然アパレルじゃない仕事、デザインもしたことがないOLさんとかで、自分のブランドを持つのが夢でしたみたいな。

子どものころから私が服屋さんになるのが夢だったんで、これぐらいの値段でできるんだったらやってみたいという方もかなりの数がいらっしゃりました。

正田:なるほど。それは意外な発見でしたね。そのSTARtedを事業譲渡しようと考えたのはなぜですか。

フジイ: STARtedのコンセプトは最高だねと褒められましたし、メディアにも多く露出していたんですが、その反面ビジネスとしては苦労もありました。

ロンチしてすぐの頃に資金調達しておけばもっと筋肉質の高いプロダクトにできたかもしれませんが、海外も含めて近しいサービス事例がなく、僕はそういう説明があまりうまくできない。かといって、外部からCFOを連れて来ることもしなかった。

VCもはじめはメディアを見て連絡をくれるんですが、僕らも上手く事業の将来を説明できなくて。

人気が出たとはいえ、洋服を作りたいという個人の需要は継続性のない場合が多いですし、名刺のように一度作れば生産し続けられるものでもありません。価格もオリジナルの洋服を作るには10万円と安価ですが、個人にとっての10万円は決して安い金額じゃない。

もっと初期段階で小さく調達すれば良かったのですが、ある程度の額を調達しないと意味がないフェーズになってから調達を考えてしまったんですよね。

ローンチから2年ぐらい経ち、爆発的にユーザー数を伸ばすような機能改善をしたいと思っても資金がない。
かといってサービスをクローズさせたくもない。このタイミングで資金調達するとなるとスピード感は出せないだろうな、やっぱり早い段階から細かく調達しておけばよかった、などと悩むようになりました。

正田:僕も自社運営に関しては、以前はフジイさんと近しく、自己資金で大切に育てていこうと思っていたのですが、最近「資金調達をしないリスク」に足元をすくわれる可能性を考え、改めて調達を検討しています。

フジイ:どのタイミングからでもちゃんと資金調達するっていう方法論はあるんだと思うんですけど、うちみたいに僕が資金調達の資料を作って、自身で走り回って調達先を探すのだったら、もっとプロダクト自体も荒削りといっていいようなフェーズのうちに、期待値が高いうちの方が説明も楽だったなと。

正田:2、3年たったフェーズで初めて調達をするのであれば「なぜあえて3年目で資金調達するのか」みたいな絵をより具体的に、しっかり描きに行かなきゃいけなくなりますもんね。

「本当は1億、3億くらい調達したいんですけど、まず刻んで5000万調達しておきましょう」
みたいなのって資金調達あるあるだと思うんですけど、そのときに、
「5000万円だったらいまあえて調達する必要ないね」と言っていると、いざいきなり大きな金額を調達するときに意外にコストが高くかかってしまうという。

フジイ:はい、結果的にいまの僕らのサービスをより大きくするためには、資金調達ではなく、STARted、そしてそのチームごと一緒に欲しいといってくれる会社と手を組むことだと判断しました。

CAMPFIREの家入さんと話して「思想が近いんだし、いっしょにやれるよね」と。

正田:そこでCAMPFIREが候補に上がったんですね。

フジイ:はい。もともとSTARtedをユーザーとして使ってくれていたんです。彼らがクラウドファンディングを活用したプロダクト開発をテストしていて、それに僕らも協力していまして。

本来、ユーザーと会うことはまずないんですが、いい機会だからとご挨拶にうかがったときに、思い切って「社内に製造チームを欲しくないですか」と話してみたんです。

すると向こうのスタッフの方もSTARtedとCAMPFIREの親和性の高さを感じてくださっており、代表の家入一真さんとお会いする流れになりました。

正田:「親和性が高い」とは具体的にどういうことでしょう?

フジイ:CAMPFIREは「お金がないからやりたいことができない」という人の課題をクラウドファンディングによって解決していこうとする企業です。

つまり、「資金調達の民主化」をめざしていた。

一方、バンダースナッチは「お金だけじゃ解決できない部分」、業界の専門知識やコネクションまで提供して、「ものづくりの民主化」を進めています。

アプローチは「資金」と「ものづくり」で異なりますが、その根本にある民主化をめざす思想、社会をより良くしたい思いは同じです。

家入さんとの最初の面談でそんな話になり、「即決に近い形で事業譲渡が決まりました(笑)。

スタッフの方も「来月、いつプレスリリース出します?」と乗り気になってくださったので、細かい契約を詰めて、短期間で事業譲渡できました。

正田:STARtedのチームメンバーの反応はどうでしたか。

フジイ: STARtedにほれ込んで入ってきた人たちです。
このプロダクトは社会を変える、絶対の自信をもって勧めたいと言えるメンバーばかりだったから、「STARtedを継続できて、それをもっと成長させられるなら喜んでCAMPFIREに行きます」と歓迎してくれました。

キャッシュを残しながら、新たな事業を考えられる環境の希少性

正田:事業譲渡して良かったと思うことはありますか。

フジイ:サービスをいい形で存続させられたことですね。自分たちのアイデアを基に、世の中になかったものをゼロイチでつくり、支持も得られた。

それがこの先も生き残っていくのはうれしいことですよ。STARtedを好きで入社した社員に、いい環境で働かせてあげられるようになったのもよかった。CAMPFIREのほうがうちの時より待遇がいいですし。

もう一つの良かった点は、バンダースナッチにキャッシュが残り、次にどんな事業をしていくかを半年ほどじっくり考えられたことです。

会社ごと売らずに事業だけを売却した結果、僕はCAMPFIREの社員となり、給料をもらっています。

STARtedを継続して育てながら、バンダースナッチのキャッシュを減らすことなく、次のプロダクトの構想を練る時間と環境を手にいれることもできた。これは事業家としてすごく幸せなことだったと思っています。

正田:よくわかります。

僕も1月に出す著書『サクッと起業し、サクッと売却する』(Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4484182025)
に書いているんですが、M&Aをすると大きなキャッシュが入ってきますし、時間の余裕も出てきます。

『貧すれば鈍する』じゃないけど、やはりお金も時間もある状態じゃないと、ポジティブなことって考えられないんですよね。

逆にデメリットを感じる点はありますか。

フジイ:ほとんどないのですが、しいていえばスピード感を持った事業譲渡を重視した結果、細かいところを詰め切れずにいまだに解決していない部分があることですかね。

正田:ディールが決まるときに細かいことをごちゃごちゃ言わないほうがいい場合もありますしね。

フジイ:もう一つは正田さんのような方からアドバイスをもらったり、話を聞いたりしておけば良かったなということですね。
M&Aにあたって何に気をつけたらいいのか、まったく知識を持たないまま譲渡先を探していましたから。どこかに仲介を頼むなんて、当時は思いつきもしませんでした。

正田:僕らのような会社って売り手とのマッチング以外にも税務やスキームの調整など相談に乗れる部分は沢山ありますもんね。

M&Aの検討をする以前から、少し相談いただけるとその点はメリットとなることも多いかと思います。

会社や事業を存続させたいと思えば、「売る選択肢」の存在感は増してくる。

正田:なるほど。でも、苦労しながらも一度売ってみたのは正解だと思います。起業もそうですが、売却をすると想像以上に色々なことがわかってきます。

僕は起業家として生きていくんだったら、どこかのタイミングで1度は会社を売ってみるべきだと考えていて、一つの事業しかやったことのない人に自分は何が得意なのか、どんな事業が向いているのかわかるわけがないですから。

会社は究極「M&Aするか」「潰れるか」この2択しかないんです。

だから会社経営をいったん始めたら、「売る」選択肢は絶対に意識しておかないといけない。それなのに、あまりにも売ることを軽視している経営者が多すぎるかなと思っています。

フジイ:300年、500年と他社といっしょにならずに続いている企業は別ですが、そんなところはほんの一握りですよね。確かにほとんどの企業はどこかといっしょになりながら存続するか、潰れていくかのどちらかです。

みんな、「会社を売るなんてとんでもない!」となる。
しかし、三代、四代と存続させていきたいなら売る選択肢が圧倒的に存在感を増すはず。自分の生みだした会社や事業に愛着があるならなおさら、存続させ、成長させるためにM&Aも視野に入りますよね。

正田:おっしゃるとおりです。
僕は「会社経営を始めた瞬間に2個のゲームが始まる」という話をよくします。

ひとつは「投資家」としてのゲーム。そしてもうひとつが「経営者」としてのゲーム。
代表は2つのゲームを同時進行させないといけないですよね。

潤沢な資金と時間を使って意思決定をして、会社や事業を伸ばしていくのが「投資家」のゲーム。

かたや限りある資金と多忙な毎日の中で社内外のストレスを受けながら意思決定していくのが「経営者」のゲームです。会社を経営していくには両者のバランスが大事かと。

フジイ:とても共感します。

僕、自分の判断力さえキープできていれば、すごいピンチに陥っても絶対大丈夫だという自信があるんです。

けれど、逆に言うと、自分がピンチのとき、明日食えないかもとか、お世話になった人にめちゃくちゃ迷惑掛けて、何をしても償いきれない、という状態でに本当に判断力ってキープできるのかなというのはあって。

だから同じ「ハードな環境」にしても、自分が正気を失わないでいられるハードさかどうかはよく考えますね。

まさに環境としてはすごいハードなんだけども、正田さんの仰る投資家的な立場の判断として、この事業にリスク取って、自分の時間だとか、残りのキャッシュを掛けられるかとか、社員を巻き込んでこれをさせられるかみたいな判断をしなきゃいけない。

正田:フジイさんは事業譲渡のときに、「わが子のように育ててきた事業を他人に売るなんて」という人たちとは一線を画しているように感じます。そういう人って多いのですが。

フジイ:最初に話したバイクの会社で創業者が一回会社を売ったことがあったんです。
でも最終的には創業者が激安で買い戻した結果、彼が大儲けしたという「ウルトラ・ナイス・ディール」を決めているところを見ているのもあるかもしれません(笑)。

でも、僕は会社とはそういうものだと思っています。

最初勤めていたに会社が売られたとき、社員のみんながなぜ悲しんでいるのか、僕はとても不思議だったんです。

ただ気持ちは分かります。

やっぱり僕も、創業メンバー含めて「もしバンダースナッチを会社ごと売るっていうことになったとしたら、確実に消滅会社になるわけなんだけど、どう?」みたいな話をしたら「残してくれるところにしか売りたくない」みたいな話をするかなとも思っていたんですけど、メンバーは「それはフジイに任せる」って言ってくれたんで、結局、最終的には会社も残って、事業だけ売却できたみたいなところはあるんですけどね。

それより自分の生みだしたプロダクトがより強くなるのを見届けたい気持ちのほうが強いですね。

プロダクトがそのままの形で残らなくとも、そのDNAが社会に意味あるものとして息づいていくほうを重視したい。

STARtedの件では事業だけ譲渡したほうがいいのか、チームごとジョインしたほうがいいかという点は考え抜きました。

事業に愛着があるからこそ、一歩引いた視点で事業譲渡という選択肢を選べたと思っています。

正田:本当にフジイさんは、珍しいタイプの経営者だと思います。

画家のピカソが絵を売らずに自分の家に飾るわ、と言っていたら有名にはならなかったはずです。最後は美術館やパトロンに売るから利益が確定し、有名になった。

会社もそれと同じだと、体感されている。フジイさんのように、本当に大切なことは何なのかを考え、戦略的にM&Aを選べる経営者が増えれば、もっとおもしろい世の中がつくれると思います。

正田・フジイ:本日は有難うございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

樋田 和正

樋田 和正(とよだ かずまさ) 長野県出身。大学卒業後、バーデンダーを経て、2014年BNGパートナーズに参画し、コンサルティング事業部にてマネージャーとしてIT系スタートアップを中心に多数のCxO採用に携わった後、2017年メディア戦略室長就任。執行役員 メディア戦略室長 / エグゼクティブキャリア総研編集長を経験。2018年同社退職。