先日、キャリアコンサルタントを生業にしている知人と、「転職の動機」について話をした。
彼によれば、転職の動機はざっくり、年収800万円を境に大きく変わるという。
まず、年収800万円を下回る転職者は「年収を上げたい」という転職理由が一番多いという。一方で、年収800万以上の転職者は年収の多さは条件の一つに過ぎず、それが職探しの決定的な要因になることはあまりないという。
これは、ノーベル経済学賞を受賞した、ダニエル・カーネマンの主張とも概ね一致する。
もうそれ以上は幸福感を味わえないという所得の閾値は、物価の高い地域では、年間世帯所得ベースで約七万五〇〇〇ドルだった(物価の低い地域ではもうすこし少ないだろう)。この閾値を超えると、所得に伴う幸福感の増え方は、平均してなんとゼロになる。
(ファスト&スロー 早川書房)
つまり、すでに年収800万円を受け取っている人の転職の動機がお金ではないのは、「これ以上年収を増やしても、自分の幸福感は上がらない」と悟っているからだろう。
また、彼はこんなことを言った。
「いわゆる「優秀層」は、30歳前後にもなれば、年収800万を超えている人が大半。学歴もいいし、いい会社にいれば普通に年収800万円を達成するのは難しくはない。で、そういった「優秀層」が、転職に求めることは4つある。」
そう言って、彼は、次の条件を挙げた。
私は彼に聞いた。
「で、この4つはどうやったら手に入るの?」
「うん、それなんだけどね。」
「面白い仕事」とはどんな仕事か
「まず「面白い仕事がしたいです」という人は多いんだけど、「どういう仕事が面白い仕事なのか」にビシっと答えられる人はあまりいない。」
「確かに聞かれると難しいかも」
「そうだろう?ま、俺もよくわからなかったが……チクセントミハイ、という学者を知ってるか?」
「知ってる。「フロー理論」だろ。」
「そう、フロー理論によれば、「面白さ」とは、挑戦と能力のバランスが取れている状態に発生するらしい。つまり、仕事の難易度が高すぎれば、不安しかない。逆に、能力に対して仕事が簡単すぎれば、そこにあるのは退屈というわけだ。」
「なるほど。」
「とすれば、求職者が求めているのは「自分の能力に即した難易度の仕事」ということになる。ま、テレビゲームも同じだな。難しすぎても、かんたんすぎても、ゲームは放り出されてしまう。そういう意味では、ゲームデザインと、キャリアデザインは紙一重だよ。」
「確かに。」
「だからまず、俺が求職者に仕事を紹介するときは、「その会社が求める成果」と、「使って良いリソース」を出来得る限り具体的に明示し、求職者に伝える場を用意してもらっている。
そうして、求職者と仕事の難易度を擦り合わせることで、一緒に「面白い仕事」を見つけていくんだよ。」
「スキルが高まる仕事」とはどんな仕事か
「で、次は「スキルが高まる仕事」だっけ?」
「そう。単純に考えれば、「適切な難易度の仕事」につけば、スキルは上がりやすいんだけど、スキル向上においては、もう一つ重要な事がある。」
「ほー。何?」
「言われたら当たり前なんだけど「上司」と「一緒に働く人」のレベル。つまり、「優秀層」は絶対に「優秀層」と働きたがる。なぜって、それがスキルを高める最も効率的な方法だから。」
「最も?」
「セミナーに行ったり、研修に出たりしてつくスキルなんてたかが知れている。本当にスキルが付くのは、一緒に働いている優秀層と切磋琢磨して、協業して、知恵を絞りあったときだけだよ。」
「なるほどー。」
「だから、求職者の人には出来得る限り、「上司」と「一緒に働く人たち」のレベルを直接会って確かめてもらう。そして、逆に向こうからも「見られる」。双方が認め合える仲のときに、最高の学びがある職場になるんだよ。」
「人脈ができる仕事」とはどんな仕事か
「3つ目は、人脈?」
「そう。人脈。」
「人脈ができる仕事って、どんな仕事?営業とか?」
「まあ、営業もいいんだけど、もうちょっと大きな目で見ないとダメ。つまり「人脈」とは何か、その本質を見ないと。」
「そうか。じゃ、その本質は?」
「人脈って何か、といわれたら、普通「金持ちの知り合い」とか「権力者のツテ」って思うじゃない。だから、「金持ちに会える」とか「権力者に会える」という仕事、例えばコンサルなんかが人気なんだよね。」
「そうだね。」
「それはそれで、当たってるんだけど、最初から金持ちの知り合いをつくれたり、権力者のツテを得られることなんて、まず無いわけだ。しかも、コンサルなんて採用自体も少ない。」
「うん。」
「だから俺はいつも、「人脈ができる仕事」については、「とにかく、いろいろな企業の管理職に会うことができる仕事につくといい」と言っている。」
「具体的には?」
「例えば中小企業の法人営業は、商材によっては経営者に会える事が多い。リクルートの営業出身者が、人脈を持っているように。
あとは、エンジニアだったら「開発現場」だけじゃなく、ユーザーに直接会ったり、商品開発に加わったり、営業に同行できるような環境がある会社がいいね。いずれにしろ会社に閉じこもってやるような仕事ではダメだ。」
「自分の個人名が売れる仕事」とはどんな仕事か
「最後は個人名が売れる、だっけ。」
「ああ、一昔前はこんなことを言う人は少なかったんだけど、最近はこれを言う人が多いね。ま、次の転職を睨んでいるんだろうけど。」
「そういうことか。」
「で、「個人名が売れる」のは何と言っても、セミナーの講師として発信ができたり、SNSの利用が推奨されていたり、本が書けたり、ブログを書いたりする「全員発信」の文化を持つ企業が良いね。」
「当たり前じゃない?」
「でも、残念ながら「社員の発信」については、いい顔をしない会社も多いんだよね。クラシカルな大企業は特に。」
「そんなもんかね。」
「守秘義務に抵触しなくても、インターネットで何か発言すると上から、「お前何やってんだ」みたいな呼び出しをうけるなんてこと、結構あるよ。で、結局みんな匿名でやってる。そうすると、名前が売れない。」
「ああ」
「そういう企業はたいてい、保守的で年功的で、既得権にあぐらをかいているんだけどね。だから、俺がすすめる会社には、そういう会社はまずないけど。世の中すべてを見ると、絶対数は多いよ。」
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を自分が就く仕事の条件にする、というのは、話を聞くとたしかに合理的だ。
そういえば私も昔、上司にこんなことを言われた。
「ある程度まで行くと、カネのことを考えないほうが、かえって稼げるようになる」
と。
それは、彼が話してくれたことと、同じことなのかもしれない。