CFO必見!スモールM&Aにおけるノウハウと必勝法

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M&Aを考えるメリット、M&Aの最近の市場環境及び実態について。
団塊の世代が大量に引退もしくは廃業をしていく時代にあって、M&Aの件数も驚異的に伸びている。
攻める経営者であれば当然、事業買収を知っておくべきであり、それと同時に、撤退の手法や経営再建の手段としてのM&Aにも通じておく必要
がある。
今回は、事業売却についての考え方と知っておくべき知識について解説する。
INDEX
M&A市場の現状と売買プレイヤー
事業売却を成功させる事前準備
事業売却はビット(入札)で行うのが常識だ
テクニックに走っても会社は売れない

M&A市場の現状と売買プレイヤー

近年、日本ではM&Aの件数が増え続けている。

M&Aを会社成長の起爆剤として、あるいは事業から撤退する際の手段として考えたことがない経営者にとっては意外かもしれないが、その数はうなぎのぼりだ。
ただしこの場合で言うM&Aは、シャープがホンハイ精密工業に買収されたような、新聞紙上を賑わすような数千億円単位のM&Aではない。
年商数億円の会社が同規模の会社を数千万円、あるいはそれ以下で買収するような「スモールM&A」の話だ。
東証1部上場企業のM&A仲介専業会社で、比較的規模の小さな案件も積極的に扱う(株)日本M&Aセンターの決算発表では、2017年3月期のM&A取り扱い件数は実に524件。
1ヶ月に40件を軽く越えるM&Aを仲介していることになる。
ちなみにこの数は、同社の2012年3月期の実績であった194件の3倍近い数字だ。
※1

これほどまでにM&Aが増加している背景の一つは、間違いなく供給側の都合だろう。
すなわち団塊の世代がいよいよ70代に差し掛かり無理が効かなくなった昨今、後継者もいない状況で廃業を考えている中、万が一でも僅かな金になればと、会社売却を積極的に考えていることによる。
後継者が育っていない多くの優良企業は、これまでの常識では廃業せざるを得なかったところだが、優良な取引先が廃業するのを指をくわえてみているほど、日本の銀行も利に疎くはない。

小さな会社のM&Aでは、主に地銀が主体となって後継者探しを積極的に行い、取引先で相乗効果がありそうな会社に事業買収の打診を斡旋するようになってきたのが2010年以降のトレンドだ。
さらに、このようなトレンドが明らかになってくれば、極めて小さなスモールM&Aをビジネスにしようとするものが当然現れてくる。
中小企業との接点を多く持ち、その経営状況を細かく把握している税理士事務所や司法書士事務所などはこのマーケットの主なプレイヤーだが、中には本体法人とは別にスモールM&A仲介専業の会社を立ち上げる積極的な事務所も多く見られるようになってきた。
このような会社の多くは地元銀行などと提携し、後継者のいない優良企業をM&Aマーケットに出すことで手数料を稼ぎ、大きな利益を上げている。
また銀行は、優良な取引先が存続し、うまく行けば親会社にも新規口座ができるということになり、まさにウインウインの関係だ。

このように、供給側に売りたい事情があり、かつそれをビジネスにしようとする集団がいることは比較的わかりやすい構図であろうとは思うが、では需要側、つまり買い手側の思惑はどういうことになっているのだろうか。

若手で勢いのある経営者は多くの場合、リスクに対する感覚が一般人のそれと違い失敗した時のリスクには臆病にならない。
それよりもむしろ、成長するべき時期に人が足りないこと、ものが足りないこと、設備が足りないことをリスクと考え、現金を持ち続けることや投資をしないことをリスクと考える。
しかし成長のための投資は過酷であり、特に設備投資を伴う成長路線は人の確保やキャッシュフローの管理と合わせ、よほど計数管理に長けた経営者でないと投資をきっかけに破綻することも珍しくないのが実情だ。

新しいことを始める時は常に不確定要素が複雑に絡み、設備投資計画、採用計画、利益計画、キャッシュフロー計画、営業計画など、どれが予定より遅れても、積極攻勢が悲惨な結果に繋がる。

そのような状況でものづくり系のベンチャー企業が新規に工場を建設しようとした場合、工場の土地と建物、それにこなれた職人と確実な販路がある会社が売り物に出ていれば、どう思うだろうか。
この場合のものづくりの業種は必ずしも同業である必要はない。
場合によっては異業種である方が良いほどだ。
通常、初めてものづくりの工場を本格的に建設する場合、かなり手厳しい失敗をする。

例えば消費電力量の設計。
工場を建設するゼネコンは建設のプロだが、ものづくりのプロではない。
ある程度の経験値があるとは言え、ものづくりの会社がどの程度の最大電力消費量を必要とするか、業種別の事例にアドバイス出来るほど経験を積んでいる担当者など期待できない。

そのような中で問題になるのは、「キュービクル」と呼ばれる工場の受電設備だ。
これは、工場の最大電力需要を将来に渡って試算した上で設計する必要があり、かつかなり重い先行投資が必要になる設備なのだが、いったい工場の立ち上がりの生産規模をどのように計算し、そしてどれほどの消費電力があるものなのか。
経営者である貴方は簡単な決断を下せるだろうか。

ちなみにこのキュービクルは、規模に応じて相当な投資コスト、ランニングコストの違いがある。
将来的に予想される電力消費量の倍の設備でも買っとけ、などと言えるのはキャッシュに相当余裕がある会社だけであり、現実的ではないレベルで金がかかる。

排水設備も同様だ。
工場を新設するにあたり、工場の排水設備と浄化機能の性能もまたキュービクルと同様にお金がかかる施設で、工場を新設する際に責任者を悩ませる。
さらにこちらの場合、充分な初期投資をしないのであれば、生産量の急増に伴う排水量の増加に対応できず、最悪の場合工場の稼働を止めて排水設備を増設しなければならない事態にすら陥る(それでも、今さら増設できればの話だが)。
もちろん経営に致命傷になりかねず、会社の成長どころか、敷地から溢れた有害な排水は時に民事や刑事事件にもなりかねないほどだ。

ベンチャー企業でCFO兼経営企画の職責を背負い学んだことは多いが、正直に言って初期投資を惜しんで何回か大きな失敗もした。
さらに、工場での採用計画(人員確保)と借入金の返済計画まで絡んでくると、全てが上手く行く方が奇跡ではないかと思えるほどに、定量的に先を見通すのは至難の業になる。
そしてこれらの問題を、条件によっては一気に片付けてしまうのが、買い手側にとってのM&Aだ。

このような状況で例えば
・利益はトントン
・土地と建物付きの工場(会社)
・異業種であっても熟練の職人や工員が存在
・特定の安定した販路
・経費は全てクリアな状態

という売り物があったら、欲しくならないだろうか。

創業から時間が経ちこなれた会社は、DD(デューデリジェンス:事業の精査)をしっかりと行いその実態に間違いがないことさえ確認できれば、キャッシュアウトは確定できる。
新たに工場を建てるリスクも多くの部分が解消され、仮に今の事業を緩やかに廃業させ自社の生産に移行するとしても、発生するリスクは極めて限定的だ。
ものづくりに精通している職人もいる上に、ものづくりを行う上で新たに買い揃える必要がある小物類も、B/Sの簿外で多くの部分が調達できる。
このように、時と場合によっては会社の成長にとても有益であり、買い手とっても大きな利益になるM&Aという手段。

まさに、売り手と買い手の双方にとってwin-winの関係だが、注意深く進めればこれほど有益な手段はなかなかないであろう。
では、M&Aは本当に良いことばかりで無警戒に進めて良いものかといえば、もちろんそんな甘いものではない。

以下、今回の話では、主に事業の「売却側」の視点に立って、CFOとして知っておくべきM&Aの知識について、ロジックと経験値を交えながら解説をしてみたい。
※1
(株)日本M&Aセンター 2017年3月期決算説明資料
https://www.nihon-ma.co.jp/ir/pdf/170428_information3.pdf
 

事業売却を成功させる事前準備

M&Aでは多くの場合、当事者同士で取引をするのではなく、不動産売買のように仲介会社が間に立ち、売却希望者と買収希望者を繋ぎディール(取引)を成立させるという形が一般的だ。
そしてこの場合、仲介事業者はほとんどのケースで専任仲介、すなわち自社以外との取引を禁じて独占的にディールを仲介する権利を要求してくる。
他の事業者にも声を掛けられ、なおかつそちらでディールが成立してしまうと費やした時間やコストが全て無になってしまうからだ。

ほとんどの経営者にとって会社や事業を売却するという経験は初めてであることから、

「専任仲介にするのがM&Aの常識です」

と言われればそういうものかと思い、余り何も考えず契約してしまう人がほとんどであろう。
しかしこの仲介事業者の思惑を受け入れると、事業売却は半分以上、あなたの負け試合になる。
よほどそうする事情があるのであれば話は別だが、専任仲介条項は取引の最初にあたって、必ず外させなければならない。

なぜか。

誤解を恐れずに言うと、M&A仲介事業者にとっての「お客様」とはあなたではなく買い手だからだ。
先述のように、M&Aにおける売り手側経営者はほとんどの場合最初で最後の取引だ。
それがハッピーリタイアメントであっても、事業からの撤退であっても同様であろう。
M&A仲介事業者は、あなたが自社にとって1回きりの取引相手であり、もう一度お金を落としてくれることが無いことをよく知っている。

一方で、M&Aの買い手事業者は、事業買収が成長の起爆剤として有効な手段であることをよく知っているので、多くの場合、M&Aを何度も繰り返している。
またそのような会社は、複数の仲介事業者と常に取引関係を持っており、自社にとって良いと思われる物件があれば声をかけるよう、仲介事業者に依頼をしている。

そして仲介事業者は、そのような事業買収に意欲的な経営者に「良い買い物件」を持ち込むことで評価を上げればさらに頼りにされるが、譲渡価額が高いだけで何の役にも立たなかったような事業買収案件を持ち込めば、最悪の場合出禁になり、大事な顧客を1社失うことになる。
必然的に仲介事業者の意識は、必ず買い手側有利な条件に傾斜するよう話を進めるようになる。

事業を売却する側の会社が仲介事業者に頼りきって取引を進めることは、いわば相手のホームグラウンドで、相手国のレフェリーが捌く試合でボクシングのタイトルマッチをやるようなものだ。
よほど強烈なパンチ(売り物)を持っているのであればともかく、イーブンの状態で試合に臨めば必ずKOされるだろう。

そもそもM&Aにおいては、基本的に事業の売却側が圧倒的に弱い。
売りたい事情がある会社は多くの場合、どうしても、そしてなるべく早く売りたい事情があるものだが買い手の場合、条件が合えば買ってもいい、というポジションだ。
試合に臨む前から相手側に有利なポジションを取られ、なおかつレフェリー役は相手有利のジャッジをする可能性が極めて高い。

このような負け試合をどうやって対等な立場に持ち込み、交渉条件を戦わす事ができる環境に持ち込むか。
「買っても良い」から「どうしても欲しい」に相手の意識を切り替える以外に、この劣勢を対等に持ち込む方法はない。
そんな奇跡のような方法があるのかと言えば、ある。

その具体的な戦い方は次章に譲るとして、別の観点でもう一つ、対等に交渉を進めるために必要な事前準備があるので、そちらも抑えておきたい。

M&Aでは多くの場合、当事者同士の売買の基本的な意志が固まると、DD(デューデリジェンス)と呼ばれる対象事業の精査が始まるが、DDは主に法務DDと財務DDの2つに分けられる。
法務DDでは対象事業や対象会社が背負っている義務や権利の内容を精査し、また契約内容の実効性やリスクが検証される。
B/SやP/Lに現れていなくても会社が潜在的に背負っているリスクは極めて多岐にわたり、どんな隠し玉があるかわからないので、それを明らかにしようとするものだ。

具体的な例を上げると、例えば残業代の未払いがあげられるだろう。
もし会社に雇用契約書がなく、そして就業規則すら無い状況で漫然と従業員に長時間労働をさせ残業代を支払っていない場合、状況はかなり危うい。
このような状況の会社は未払い残業代の巨額潜在債務を簿外に抱えていると見做され、DDの際に大きく資産価値を減じられる可能性が高い。

また一定以上の規模の会社では、あるいは業界団体が主催する厚生年金基金に加入していることがあるかもしれないがこれも要注意だ。
厚生年金基金の団体では多くの場合、脱退をする時に、基金が抱えている運用実績に赤字があれば加入社に対して負担金を求める規約になっていることが多い。
株価が好調の時は余り問題にならないが、株価が低迷している時などは必ずと言っていいほど、厚生年金基金の団体は巨額の累積赤字を抱えている。
そして加入者が脱退をするとなると、その脱退一時金は会社の規模が大きければ、時に数千万円にもなる。
もちろんこれも、潜在債務として会社の評価から差し引かれる。

理不尽なようだが、実際に脱退するかどうかではなく、その会社が背負っている法的義務の内容がその時にプラスであるのかマイナスであるのかを評価しようとするのが法務DDであって、ベースは時価にならざるを得ないだろう。

次に財務DDだが、こちらも基本的にはB/S上に記載のあるものの存在確認と合わせ、簿外に存在する財務上のリスクを検証する作業になる。

わかり易い例を上げると、資産価値がないにも関わらずB/Sに記載のあるものは全て一掃され、事業価値から差し引かれることになるが、歴史ある会社であれば高額のゴルフ会員権や電話加入権などがこれにあたり、全て無価値とみなされる。
他に、長年に渡り友人経営者に貸し付けている長期貸付金などがあればこれも回収不可能な債権として資産から差し引かれる。
バブル経済の時代に取得した土地が取得時価額のままB/Sに記載されていれば、そのマイナス評価は悲惨なことになり、時に「事実上の債務超過」とみなされることすらあるだろう。

売り手側経営者の心情で敢えてわかりやすく言えば、DDとは「ケチを付けて買い叩くための理屈付け」だ。
しかしその理屈は理路整然としており、M&Aの素人ではまず反論など不可能な内容で畳み掛けてくるので、会社の「実質的価値」は時に、あっという間に0にされる。

そして、

「こんな状況ですが、1000万円くらいなら出してもいいと、買い手側の社長さんは言っています」

などのように、さもそうすることがお得であるかのような殺し文句を仲介事業者は囁く。
このような「心理的な受け身状態」に陥らないためには、事業を売りたいと考えている経営者はM&Aに臨む前に、DDで指摘される可能性がある項目を可能な限りクリアにしておく必要があるだろう。

・必要な契約書は全て整備し、リスクを限定しておくこと。
・長期間回収できていない債権は指摘を受ける前に回収し現金化しておくこと、最悪の場合営業外や特損で処理しておくこと。
・実体のない資産はすべてB/Sから先回りして一掃し、「うっとおしい」指摘を受ける前にきれいにしておくこと。

その他に何をすれば良いのかわからないのであれば、顧問税理士や顧問弁護士に助言を仰げば良いだろう。

大事なことは、交渉に入る前に「弱点」とみなされるような弱い腹を晒さないことだ。
むしろ、中小企業としては驚くほど実体に即した財務諸表を整備しているとなると、それだけでも交渉条件の劣勢を跳ね返すことが出来る。
戦いは始まる前から結果が出ているという孫子の兵法は、正しい。
ただでさえ劣勢な戦に臨む「弱者」にできることは、入念な事前準備だけだ。
ぜひ、事業売却に入る前に、戦える体制を確保してから交渉に臨んで欲しい。

 

事業売却はビット(入札)で行うのが常識だ

入念な事前準備を終えれば、次にやるべきは戦いの条件交渉の整備だ。
先述のように、M&A取引における事業の売却側は圧倒的に弱い。
レフェリーと一体になってリングに上ってくる相手と戦うには、事前の条件交渉でなんとか自社有利のポジションを少しでも確保しなければ成功はおぼつかない。

そんな苦しい状況の中で、最大の武器になる手段はビット(入札)だ。
ビットとは、自社や売却事業を欲しいという会社を複数以上確保し、それぞれと条件交渉を重ねながら、なんとかして少しでも良い条件を引き出そうとする最も有効な手段になりえる。
冒頭で述べた
M&A仲介事業者が「M&Aは専任仲介で行うのが常識です」と言ってくる理由が、とてもわかり易いのではないだろうか。

ビットに持ち込まれると、仲介会社が取りっぱぐれる可能性が高まるだけでなく、買い手側企業にも、本来であれば安価に提供できるはずの事業や会社の価格が高騰し、「大事なお客様」の機嫌を損ないかねない。
もちろんこの場合のビットとは、仲介事業者1社に複数の会社を持ってこさせるのではない。
そんなことをすれば、下手をすれば噛ませ犬を連れてこられ、詰まらないプロレスを演じられるだけだ。
大事なことは、複数の仲介事業者に、買い手候補を連れてきてもらうこと。

そうすることで、やっと売り手側の企業はまともな条件交渉のステージに立つことが出来る。
考えてみて欲しい。
世の中の新聞紙面を賑わすようなM&Aで、どこの会社が「専任仲介」で会社を売却しているだろうか。
「専任仲介条項」という契約条件を呑むのは、「売り物にならないような会社なので、いくらでもいいから購入意向のある会社に斡旋して下さい」と、仲介会社に懇願しているに等しく、自らを窮地に追い込む選択肢と言って良い。

常識的に考えて、会社や事業の売却は本来であればビットで行われるべきものだ。
にも関わらず、スモールM&Aの世界ではこのようなおかしな常識が蔓延している実態がある。

ただし、このような条件をスモールM&Aの売り手側が飲まざるを得ない理由がないわけではない。
多くの場合、年商数億円かそれ以下のスモールM&Aでは、やはり買い手企業を探すのは困難な作業だ。
売り手側にとっては強気に出られる材料はほとんど無く、実体として仲介事業者の条件を唯々諾々と受け入れてしまうものになりがちになる。
この辺りは、自社の立ち位置と力関係を見極めた上で知識を使い分けて欲しい。

いずれにせよ、「買っても良い」という意識を「どうしても欲しい」に持ち込み、交渉バランスを売り手側有利に崩す事ができる手段はビット以外にはないと言っていいだろう。
複数の仲介事業者が持ち込んできた話をそれぞれに対してオープンにして、条件交渉も明らかにすれば、それぞれの仲介事業者とその後ろにいる購入希望の会社は、事業買収に真剣になる。
なんらかの事業で事業の売却を考えている経営者が読者にいれば、ぜひ参考にして欲しい。

 

テクニックに走っても会社は売れない

さてここまで、事業売却を成功させる為の事前準備と交渉環境の整備について、解説をした。
一方でどちらかと言うと、ここまでの話は原則的ではあるがテクニカルなことであり、会社を売るためにもっとも重要なことではない。
では、会社や事業をもっとも高く売るための重要な考え方とは何か。

それは、自社や事業を買うことが得であると相手に思わせることだ。
当たり前の事のようだが、目標とは常にシンプルに置くべきであり、そうでなければ分かり易い行動に移ることができない。
とは言え会社の売上や利益の状況は今さら変えられるものではない。
相手に得と思わせるには現実的で定量的な利益を見せる必要があるが、今の事業の状態では示すことが出来ない。

ではどうすればよいのか。

将来の見通しを現実的に語るしかないだろう。
もちろんここで言う将来見通しとは、この事業は将来もっと成長する可能性があるというようなインチキ臭い話をすることではないし、そんなことをしたところで評価額は変わらない。
売却する会社や事業が、買い手にとってどれだけ+αな利益を生み出すことが出来るのか。
その具体的な相乗効果を真剣に考え、そして買い手とともに真剣にディスカッションすることだ。

買い手側企業ももちろん、ある程度事業買収の皮算用は立ててM&Aに臨んでいるのだが、その会社の事を最もよく知り尽くしているのは経営者である貴方しかいない。
自分が買い手であって、相手方の会社を買収すると仮定した場合、相乗効果でどのような新展開が考えられるだろうか。
そして買収した後、当面の間、相手にはどんなことに協力をして貰いたいだろうか。
ノウハウの可視化や共有の進め方をどのように進めていけばいいだろうか。

事業を買収する側にとって真剣に悩むこれらのことについて、ほとんどの場合、売り手企業の経営者は無関心だ。
それどころか、うるさいことを言わずに早く買ってくれればいいのに、とすら思い、買い手側のその後の会社運営には無関心であると言っても良いだろう。
こんなことではうまくいく話も進まず、また買収条件の上乗せなど期待できるわけがない。
買い手側に対して真摯で真剣に対応しない限り、どれほどテクニカルに走り条件交渉をしたところで、良い結果をえることなど覚束なくなるのは当たり前の話だ。

一例だが、私が事業売却側に立たされた時に行った定性的な条件提示は、具体的に以下のようなものだ。

・引き継ぎが安定するまで、売却事業は引き続き自社(売り手側)で運営
・その際、運営ノウハウをスムーズに移行するため、事業担当取締役と現場実務責任者、それに専門資格者の各1名にOJT(オンジョブトレーニング)を無償提供
・売却事業の横展開を支援するため、自社から1名の営業担当社員を相手側に出向(有償)
・CEOや経営企画担当役員など、主要役員は売却後も当面の間、役員会に派遣
・取引先との当面の契約継続を担保

などといったものだ。

これに加え、この時の買収相手は実は、自社が手元に残す事業と同じ事業に進出し、大失敗をしていたことを私はメディアの報道で知っていた。
失礼なようだが、こんなに好都合な条件交渉上乗せのチャンスはないだろう。
この時買い手側の企業は、自社と同じ事業領域に進出し新たに工場を建設したものの、稼働率はかなり悲惨な状況に陥っていた。

幸いなことに自社にはその時、その地域に工場がない上に、自社の顧客の中でその地方でのサービス提供を希望する顧客があり、この2つを繋げ自社の担当者を派遣することでビジネスにもなる上に、買い手側企業にとっては工場の稼働率向上という、喉から手が出るほど嬉しい条件を提示することができる見通しがたった。
こうなればもはや、売却対象物件の多少の安い、高いは問題にならない。
それどころかむしろ、先方の交渉担当者は包括的な事業提携の話にまで踏み込み、将来的な協力関係の拡大と本体への出資まで打診してきた。

いずれも、ただ単に事業を売却してなんとかキャッシュを得たいという自社の「生存本能」を顔に出さず、余裕のあるふりをして、それよりもむしろ買い手側に対して誠意を持ち、両社にとって最高の結果を考え抜き行動した上での結果だ

繰り返すが、M&Aの交渉で売却側にとって条件の上乗せが期待できるのは、買い手側が「買ったら得だ」と思った場合に限られる。
買って得をすると思わせるには、今ある条件での勝負ができない以上、将来の条件を上積みするしか無い。
相手がM&Aを通し何を欲しがっていて、また相手が自分自身でも気がついていないところで、自社が貢献できる部分はないのか。

そこまで踏み込んで真剣に考えることで、

・事業売却の事前準備
・条件交渉ができる環境の整備

と併せ真摯に交渉することで、価値は何倍にも上がり得る。

言うまでもなくこの教訓は、売却額が数千万円程度の事業にも通じる話であり、特殊でテクニカルな話をしておらず、あくまでも基本を徹底できるか、という程度の話だ。
しかし、追い詰められての事業売却では、この当たり前のことすら誰もできなくなるほどに周囲が見えなくなっており、苦しい。
事業売却を考えている経営者はそう多くはないだろうが、いつかそんな必要性が発生した時に、こんな話があったということを思い出してもらえれば幸いだ。

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1973年生まれ。とある企業の経営者。 大手証券会社からキャリアをスタートし、広告代理店やメーカーなどを経験する。 CEOを2社、CFOを3社ほど経験し、現在はマーケティングと人材開発を主なサービスとした企業を経営している。