前回は小手先のテクニックのみではなく、オーディエンスの心理を第一に考えるプレゼンの心構え「オーディエンスファースト」について紹介した。
第2回目である今回は更に一歩踏み込み、説得力のあるプレゼンを実現するための具体的なノウハウをご紹介する。
「プレゼンの説得力を高めたい。」そう思った時に、あなたは何から取り組みを始めるでしょうか。プレゼンの構成?資料の作り込み?客観的なデータの抽出?確かにどれも説得力を増すためには必要なことですが、それよりももっと大事なことがあります。
それは何をもって「説得力がある」とみなすことができるのか、の明確な基準を持つことです。この基準を定めずして、構成をいじることも資料を作ることも、データを集めることもできません。
説得力の正体を知らずに、説得力を高めようとすることほど非生産的なことはありませんよね。
プレゼンにおける説得力のあるなしは「物語性×転用と抽象化×態度(なりきり)」の3つの要素によって決定されます。これらが複合的に噛み合わさったものが説得力のあるプレゼンを生み出します。
人は物語で人を判断する
俳優が役作りをするときにその役の人間性をどう表現するか、皆さんはご存知でしょうか?
多くの人は「どのようにセリフを言うか」と予想するかもしれません。
ですが実は「そのセリフを言っているときに何をしているか」で俳優はその人間性を表現しようとします。
「愛しているよ」というセリフを言う時、立っていうのか座っていうのか、何かを持ちながらいうのか、頭をかきながら照れるようにいうのか、同じセリフを言うにしてもその役の人間性によってとる行動が変わります。
俳優はセリフによってではなく、役がその時にとる行動によって観客にその役の人間性を伝えているのです。それは、私たちが普段から「何を言うか」ではなく、「どう行動するか」で人間性を判断しているからに他なりません。
その人がこれまでどのように行動してきたか?という日々の積み重ねは、その人の価値観を育み、やがてその人の物語となります。裏を返せば、人生の物語はその人がその人の価値観に基づいて行動してきた結果です。そして、その人の人間性はその物語によって判断されてしまうのです。
前回の連載で、発信者の「人間性」が見られている、という話をしました。その人間性がその人の物語によって判断されているのであれば、物語をどう語るかによってプレゼンにおける説得力が全然変わってしまうのは当然のことではないでしょうか。
プレゼンにおいて起承転結や序破急の構成が大事だと言われるのは、世の中のすべての物語がこの構成でできているからに他なりません。どのような物語を描くかの設計があった上で起承転結を作るからこそ、それが説得力のあるプレゼンにつながるのです。
あなたが製品の魅力をどれだけ語ろうとも、そこにあなたの物語(=行動の結果)が付随していない限り、聞き手側はあなたの人間性を理解することができません。人間性が理解できなければ、当然あなたを信用することができないので、プレゼンにも説得力が生まれないというわけですね。
転用と抽象化により、“自分ごと”として捉えさせる
株式市場のことは、ちんぷんかんぷんの女の子でも、女子に人気のある男子は取り合いになるから価値が高くなる、ということを教えてあげれば、「人気の会社の株価が上がる」仕組みを理解しやすくなります。この時、この女の子は株式市場を「自分ごと」として捉えることができています。
物事は抽象化すると「自分と関係のある話」へと認識を広げやすく、理解度が上がります。この場合は、女の子にも経験がある恋愛での出来事を例にとって、株式市場に転用できるように抽象化した訳です。
人は未知のことには抵抗を感じ、既知のことには抵抗なく耳を傾けることができます。株式市場という未知の話が、抽象化によって恋愛という既知の話として捉えられるようになったのです。
例えばある時、あなたが膠着した組織に何か抜本的な改善を求める提案をしようとしていたとしましょう。自身が秘めた熱い思いのまま、いきなり「抜本的な改善をすべきです!」という提案をしたとしても反発を招くでしょう。
それが聞き手にとって未知のことだからです。
自分ごとに捉えてもらうためにも、別の分野の事例を持ち出して、抜本的な改善が未来のメリットを生み出す事例を抽象化する必要があります。できれば聞き手が体験したことがある、イメージしやすい事例が良いでしょう。
「昔、私は妻と長い間喧嘩していたことがあります。どうしたら自分の言いたいことがうまく伝えられるのか、全然わからなかったのです。ところがあるとき、言うだけ無駄だと思って、とにかく聞き役に徹していたのです。するとどうでしょうか。すべて言いたいことを言い終えた妻は、今度は私の話を真剣に聞くようになってくれたのです。
このときに私は気づきました。今までどおりのやり方でうまくいっていない状態が続いているなら、そのやり方を放棄して、別のやり方を試してみなくてはいけないのだと。皆さんもそういうことってありませんか?」
などといった具合に自分の過去の体験から導き出されることを抽象化し、プレゼンしたいテーマに転用させるのです。そうすると、同じようなことを体験したことがある人は自分ごとになっているので「確かに、そうだよね」と次に来る本来の提案を受け入れやすくなっている、というわけです。
態度(なりきり)によって観客に信じ込ませる
ところで、俳優は演技をするのが仕事なわけですが、それが演技だと観客にバレてはいけない、というパラドックスを抱えています。もちろん観客も俳優が演技をしているんだということは知っています。だからこそ俳優はその役に「なりきろう」と役作りをし、観客にあたかも本当にその役が実在するかのように思わせなくてはいけません。
同じように優れたプレゼンターも、プレゼンターとしての役に「なりきる」ことができます。彼ら彼女らは、「私」というパーソナリティーは脇において、プレゼンターとしていかにあるべきか、その役作りができています。
その証拠にプレゼンがうまい人の中には一定数、本来は人見知りだという人がいます。
俳優は「なりきる」ことによって嘘の世界で作られたストーリーを語るストーリーテラーの役割を担っています。プレゼンターも「なりきる」ことによって商品や会社の物語の語り手としてステージの上に立つ役割を担っているのです。
物語の語り手であるストーリーテラーが、その物語の趣旨を理解せず役になりきれていなかったら、当然観客は興ざめしてしまいます。ですからプレゼンターは俳優同様に、緊張はしても見せてはいけないですし、表情は豊かに自信満々に堂々とした態度で、プレゼンに臨まなくてはいけないのです。
これがどのプレゼンのセミナーにいっても「自信を持って言い切ることが必須だ」と言われる所以なのです。
では、役になりきるために俳優達は何をしているのか。その秘訣をお教えしましょう。
それは、ひたすら、稽古稽古稽古、練習あるのみです。練習なくして演技がうまくなる、プレゼンが上手くなる、なんてことは100%有り得ません。何事も「回数」に勝る努力はないのです。
本当にこの三つで効果があるの?と思ったら…
ここまで記事を読んでいただいたたエグゼクティブの皆さまはもうお気付きのことだと思います。この連載がまさに「物語」「転用」「態度」で構成されているということに。
読者の皆さまからしたら筆者はどこの馬の骨かもわからない「元俳優のライター」であることしか伝えられていません。そのことだけを考えると本当にこの3つの要素をプレゼンで意識するだけで説得力が上がるのか、それこそ説得力に欠けることでしょう。
ですから私は、この連載に説得力を持たせるために「俳優時代の物語を抽象化することによってプレゼンの世界に転用し、あたかもすごくプレゼンがうまい人かのような態度で(実際にそう信じています)」文章を書いていました。
結果、どうでしたでしょうか。事実、みなさんはここまでページを飛ばさずに読んでくださったのではないでしょうか?どこの馬の骨かもわからない「元俳優のライター」の書いた文章でしかないのに。
みなさんが私の文章をここまで読んでしまったという、その事実こそが「物語性×転用と抽象化×態度(なりきり)」の効果を保証しているのです。ぜひご自身のプレゼンをブラッシュアップするための参考にしていただけてば嬉しいです。