後半に入る今回は、これまでの起業にあたる考え方から一歩進み、具体的な事業運営の方法や資金調達のコツについて話していただく。
【連続起業家シリーズ バックナンバー】
#1:連続起業家のすすめ ― シリアルアントレプレナーとは何者か?
#2:会社を売って旅に出よう ― 起業家なんて誰でもなれる
#3:起業のリスクはほとんどが考え過ぎ ― 事業をはじめるリスクについて考えてみる
#4:事業計画と資金調達のルール ― 教科書に載っていないTips
#5:経営者が必ず間違える創業期の人材採用 ― スタートアップにはスタートアップの採用を
#6:サクッと起業してサクッと売却する ― 人生に「シリアルアントレプレナー」という選択を
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何でも自分でやる。人まかせにしない
自身で会社を立ち上げる時に覚えておいてほしいことがもう一つある。
それは何でも自分でやるべき、ということだ。
社長になると、自分のできないことはどんどん社員にまかせればいい、と思うかもしれない。
しかし、みんなができないこと、したがらないこと、大変なことは社長こそ積極的にやらなければならない。
そうでなくては会社経営なんてできるものではない。
なぜなら、起業したばかりの会社に優秀な人材は入ってこないのがあたりまえだからだ。
まかせようにもまかせられる人がいない。社員がいたとしても、社長は自分の理解できていない業務内容を人に振ってはいけない。
たとえば経理があまりわかっていないのなら、まずは自分でやってみよう。
何もかも税理士に丸投げせず、一カ月分だけは自分で帳簿をつけてみようという好奇心、積極性が大切だ。
自分がどんな作業に対してどれくらい支払いをしているかわからない状態でビジネスを進めてもロクなことにならない。
経理業務の何たるかを理解せずに、税理士事務所の良し悪しや価格の妥当性はわからないだろう。
経理業務を内製化するべきか外注するべきかの意思決定もできないのではないだろうか。
僕は最初の会社を立ち上げたとき、一期分だけ自分で決算書と法人税申告書を作ってみたことがある。
顧問税理士からしてみれば面倒ごとが増える、迷惑な話だったと思う。しかし僕にとってはこの作業を自分でやったことで、決算申告書がどういうものかよくわかった。自分がどんな作業に対してどれくらいの対価を払っているかも知ることができた。
僕がここまで「何でも自分でやれ」というのにはもう一つ理由がある。
それは、会社を立ち上げて売るということは、「アーティスト」が長い年月をかけて作品を制作するようなものと考えるからだ。
コンセプトから素材、手法まで吟味し、細部まで納得いく作品をつくるのは人まかせでは不可能だ。
結局、会社を売るということは、会社という「アート作品」の価値を高めていくことと同じなのだ。
営業部門であれ経理部門であれ、それはアート作品の大切な一部。
その内容を経営者がまったく理解せず、人まかせにするのはありえないことだ。
自分の会社のことは隅から隅まで知って愛情を持って育てなければ、売れるに値する会社は立ち上げられないだろう。
アーティストになったつもりで会社をつくり、育てていこう。
事業計画は完璧を目指さず、まず作る
どんな事業をおこなうか、おぼろげにでも決まったら、次にやるのは「事業計画」の作成だ。
事業計画なんて作らなくていいとという人もいるし、実際に作っていない会社も多いが、僕はこれには反対だ。
事業計画は必ず作ろう。
事業計画は事業の設計図であり、地図である。事業計画がないと、その事業がうまくいっているのか、そうでないのか、予想と違うことがあるならそれが何なのかを判断することができない。
資金調達の計画を練るためにも、その基となる事業計画は不可欠である。
さらにいえば、会社を売却するというゴールがあるのなら、事業がきちんと成長しているのかを測るため、なおさら作っておくべきだ。事業計画がないとM&Aの際、買い手に安心感を持ってもらえず、買い手がつかなかったり、売却時に会社の価値が下がったりする。
M&Aで売却価格を決める際には、ディスカウントキャッシュフロー法(DCF法)
が使われる。DCF方とは、現時点でどれくらいの稼ぎを生み出すかを基に、その会社の将来性まで含めた現在価値を算出するやり方だ。
事業計画がなければ将来生み出される可能性のある利益を算出できないため、立ち上げ期の苦しい財政が売却価格に大きく反映されてしまう。会社の将来性を勘案してもらう意味でも、精度の高い事業計画を作り慣れていたほうがいい。
僕が事業計画づくりで心がけているのは、まず最初のたたき台を3日から1週間ほどのごく短期間で作成することだ。
作成には時間がかかるものなので、ぼちぼち作ればいいか、と思っていてはなかなか完成までたどり着けない。
初めから完璧をめざすのではなく、まずは完成させよう。
それが事業計画作成の第一のステップだ。
たたき台ができなければブラッシュアップにもかかれない。
そのブラッシュアップにもかなりの時間を要する。
完全なるものをめざしてゆっくり作っていくより、たたき台をスピーディーに作り、その後のブラッシュアップに時間をかけるほうが効率的である。
フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグは社内にこんな言葉を掲げている。
「Done is better than perfect.(完璧をめざすより、まず終わらせろ)」
事業計画に関してもこの精神でいこう。
ありがちな話なのだが、もっともやってはいけないのが、
一度作ってその後は放ったらかし、というパターンだ。
事業計画は事業の進み行きを見ながら、絶えず作り変えていくべきだ。
月1回、年に4回などと頻度を決めて定期的に見直し、その都度改善を図ろう。
成功のカギはエッジの効いたアイデアではなく、絶え間ない改善活動にこそ隠れている。
「貧すれば鈍する」に陥らないための資金計画
事業計画と並行して作らなければならないものがある。
それは「資金計画」だ。
起業が初めての人なら手元にまとまったお金のない場合がほとんどだろう。
事業を立ち上げの資金を調達するために、事業計画とセットで資金計画を考えていこう。
僕は事業を運営するにあたり「貧すれば鈍する」という言葉をいつも念頭に置いている。
毎月の資金繰りにばかり頭を悩ませていると伸びる事業も伸びなくなってしまう。
お金に振り回されないですむよう、最低でも半年、理想は1年ほどの事業運営キャッシュは準備しておいたほうがいいだろう。
また、最初の資本金は1000万円未満にしておくと2年間は消費税の免税事業者になれることはぜひ覚えておいてほしい。
そして調達先の話だ。
近年は市況の良さの背景もあり、VCから調達を行い事業立ち上げに邁進しているスタートアップが多い。
昔は起業した人は日本政策金融公庫から開業資金を借りるのが常識だったが、今やそういう人は少数派かもしれない。
ただ僕は、銀行借入とVCや個人投資家からの出資の双方とも積極的に活用してほしいと思っている。
デット(銀行借入)だと調達コストは安いが、支払いができない状態に陥ると後がない。
しかしリスクの高いことに挑戦する場合は銀行も容易にお金を貸してはくれないため、エクイティで調達せざるを得なくなる。
エクイティ(VC、個人投資家)で調達すれば投資家に株を渡さなければならないし、業績に応じて配当も出さなければならない。
その代わり資金の返済義務は発生しない。
株主はベンチャー企業に出資するというハイリスク・ハイリターンを冒しているのだから、企業側もそれ相応の対価を払うことになる。
資金調達のコストは当然、デットよりも高くなる。
VCや投資家からの調達で「メンター」を得よう
VCや個人投資家から出資してもらうもうひとつのメリットは、何といってもビジネスに対してのメンター(良き助言者)を得られることだ。
株を渡すことで彼等自身がオーナーとなるため、事業成功のための良きアドバイスを積極的にくれたり、社員や取引先をを紹介してくれたりと
様々な恩恵を得ることができる。
ただし組む人は選ぼう。ありがちな失敗なのが、投資し慣れていない人と組むと小さなことに一喜一憂されてしまい、それがノイズとなって経営に集中できなくなることだ。
成功体験のある人、自分の事業の成長にとってシナジーを生むVCや個人投資家を見極めて組んで欲しい。
僕は最初の投資家選びで失敗した経験がある。資金調達には成功したが、僕の事業分野に関してまったく知識のない人だったため、たびたび意見が合わずに苦労した。
僕の身近で理想的な関係を築いているベンチャー企業とVCがある。
手前味噌で恐縮だが、僕が出資しているTLM1号投資事業有限責任組合というVCがある。
代表は木暮圭佑という男だ。早稲田大学を休学してEast Venturesでインターンとして勤務、ファンド運営のノウハウを学んだ。
退社後の2015年にTLMを設立し、独立系ベンチャーキャピタリストとして、現在10社ほどのベンチャー企業に投資をしている。
(参考)
華やかじゃない、すぐにお金にならない、でも支えたい——独立系VCを立ち上げた24歳の投資家 (TechCrunch)
http://jp.techcrunch.com/2015/07/23/tlm-kogure/
TLMの出資先にジラフ株式会社がある。
ジラフ代表の麻生輝明氏は、木暮氏とはEast VenturesというVCでともに働いた仲だ。
ジラフは木暮氏がEast Venturesから独立して初めての出資先であり、木暮の思い入れは相当強い。
木暮はジラフが軌道に乗るまでは、同社の経理業務をサポートしていたこともある。
一方、麻生氏も「僕が結果を出さないと彼にも迷惑をかけてしまう」と成功への思いを強くしたと聞く。
これはVCとベンチャー企業の理想的な関係だと思う。投資家が起業家にとっての単なる金づるではあまりにもったいない。
TLMとジラフのように、二人三脚で前進する同志の関係を構築できるのが資金調達の理想であり、幸せな関係だと僕は思う。
高値で資金調達するリスク
最初の資金調達では同時期に一カ所だけから調達しない、複数から段階的に調達するといったポイントも押さえておきたい。
さらに、調達の金額にも注意しなければならない。
M&Aイグジットをめざして起業したのなら、下手に「IPOしたいんです」などと言って調達金額を高くし過ぎないほうが賢明だ。
調達金額が高すぎるとそれ以下の金額で売却しづらくなる。売却価格が高いと当然買い手もつきにくい。
またIPOを目指していたのに事業が思ったより伸びない場合、M&Aに路線変更することもありうる。
その際、過去に公開株価を上げたいあまり調達金額を高くし過ぎていると、やはり買い手が見つかりにくくなる。
結果、IPOもM&Aもできないというジレンマに陥ってしまう。
当たり前だが、業績の思わしくないベンチャー企業を高値で買いたがる人はいない。
僕が起業した16年前と比較して、今は資金調達がずいぶんしやすくなったと感じる。
実績のないベンチャー企業に投資するエンジェル投資家、プロダクトを生み出す前段階からコミットしてくれるVCが増えている。
しかしくれぐれも身の丈に合わない高値での調達をしてしまい、いざというときに身動きがとりづらくなる事態だけは避けたいところである。
このような話は他人事に感じ、自分はそんなことはないと思うかもしれないかもしれないが、
実際はこの調達のし過ぎ問題で頭を悩ましている起業家を僕は何人も知っている。
いまのスタートアップ業界では切実な「金あまり問題」が起きてきている。
事業運営のプレッシャーと不安から、調達金額を見誤ってしまうのだ。
ただ、ギリギリまでIPOする体でIPO寄りに経営方針を振っておくと、M&Aイグジットの際にプラスになることがある。
IPOの準備として監査法人や証券会社と契約すれば、監査法人によって会計監査がなされ、会社の価値を高めることを目的とした指導や助言を受けられる。
証券会社はIPOに向けてあなたの会社のバリュエーションを査定してくれる。
こうした客観的な評価があると、M&Aをするときのプラス材料になり、有利に交渉を進められる可能性が高まる。
それでもIPOするにあたっては内部管理体制を整備する必要があり、コストも増える。
コストが増大すると、今度はM&Aでの売却価格にマイナスに働いてしまう。このあたりのバランスが難しいところだ。
最終的にM&Aイグジットをめざすのなら、そのゴールを立ち上げ期からしっかりと見据え、調達金額は高くし過ぎないほうがいい。
VCや個人投資家から数百万円、あとは銀行借入で補う程度から始めるのが安全である。
また株の9割は自分で保有しておくこと。9割を下回ってしまうと株主からM&Aを反対されたときに売却しづらくなってしまう。
究極は自己資本での経営が理想
ただ、こういっては身も蓋もないかもしれないが、一番理想的なのはすべて自己資本でやれることだと僕は思う。
2014年、資本金100万円のまま一度も資金調達せずにマザーズへ上場を果たしたスマホアプリの会社、株式会社イグニスのような例もある。
習い事のマーケットププレイス、コーチ・ユナイテッド株式会社の有安伸宏氏も自己資本と銀行借入の数千万円のみで事業を伸ばし、
2013年にクックパッド株式会社へ売却している。
事業を立ち上げるにあたって借入や資金調達ありきで考えるのはナンセンスだ。
それはVCや投資家を入れなければ本当に実現できない事業なのか、入れずにできる方法がないかはあらためて考えてみたほうがいい。
昨今はVCから調達するのが格好良いような風潮もみられるが、理想は自己資本だけで会社を回していくことだ。
資本金も最初は低く設定して、細かく増資を繰り返したほうが成長が外部からも成長が目に見えやすく、見栄えもいいと覚えておこう。
※今回の記事は正田氏へのインタビューをもとに、ライター側で編集を加えたものとなります。
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