では複数の著名な方々の言葉から、昨今の「ライフハック」という考え方の危うさややこれからの労働のあり方について語った。今回の記事では「ライフハックの罠」、そして「エッセンシャル思考のすすめ」に目を向ける。
はびこるライフハックの罠
巷にあるビジネス書には「すぐ役立つ!」や「効率アップ!」など、より短期間で効率的に仕事をするためのノウハウ本が数多く存在します。これらはいわゆる「ライフハック」と言われています。
しかし、ライフハックを駆使して効率化することは、本当に重要でしょうか?
確かに、同じ分量の仕事をより早く終わらすことができるにこしたことはありません。
ただ、真っ先に考えるべきことは、目的を達成するために、今やっていることが本当に正しいかどうかではないでしょうか?
そこでこの記事ではライフハックの罠を回避し、より本質的な部分に目を向けるための方法を紹介していきます。
ライフハックの罠とは?
ライフハックの罠とは、ライフハックが目的となってしまい、本来の目的を見失うことです。
インターネット上や書籍には、さまざまなライフハックが溢れています。それを知ると、なぜか仕事ができそうな気がしますが、ライフハックはあくまでも手段であることを忘れてはいけません。
あれもこれもと試した結果、ただのライフハックマニアになり、本来の目的が達成できないといった危険性は、どなたにも潜んでいます。情報が溢れる現代は、特にそうです。
ライフハックの前に考えるべきこと
『未来に先回りする思考法 (著)佐藤航陽』には下記のようなフレーズがあります。
自転車をどれだけ改造して整備しても、宇宙に出ることは永遠にできません。どれだけ早くペダルをこいでも、自転車は構造上空に浮くことはありません。もし月に行きたいのであれば、まず今乗っている自転車から降りる必要があるのです。
ビジネスマンは現状を効率化することで、今までより仕事が早くなり、成長を実感するかもしれません。しかし、現状の効率化と目的は必ずしも一致し得ません。
一致しないとき、ライフハックによる効率化は無駄に終わります。それなら、効率化を重視するのではなく、まずは「本当にそれはやるべきことなのか?」
にたち返って物事を考えるほうが重要と言えるでしょう。
ライフハックの罠を回避する方法とは?
では、ライフハックの罠を回避するためにはどんな方法があるのか?
それは常に「なぜ?」という問いを心の中に準備しておくことです。
たとえば、日常にありふれた会議の場合でも、なぜこの会議をやっているのか即座に答えることができれば、その会議には意味があるでしょう。
しかし、「いつもやっているから」、「決まりごとだから」などと、はっきりした理由が出てこない場合、その会議は手段を目的化していることになり、意味のないものとなってしまいます。
順番としては、
・達成すべき目的は何か?
→その目的を達成するために最適な方法は何か?
と、上位の問題から順に考えていくべきです。
ここまでは、会社を中心に考えた場合です。
これが、こと個人の問題になってくると、「なぜ?」への回答は、自分の動機となります。
例えば、世界一周という目的があった場合、手段としては、クルーズ客船か、バックパッカーか、このどちらかが考えられます。この場合、自力で世界一周することで満足感を得たいなら、クルーズ客船という選択肢は除外されます。
はたから見ると、クルーズ客船のほうが、早く目的を達成できるのは明白です。しかし、自分の力で世界一周することに重きをおくのであれば、バックパッカーという選択肢でいいわけです。
自力で世界一周するという目的があるなら、手段として、バックパッカーという選択肢は正しいです。ここでは、クルーズ客船という一見効率的に見える方法も意味ないものとなります。
このように、個人に限っていうと、目的を達成するための手段が、必ずしも効率的とは限りませんね。
今までやってきたことが正しいとは限らない
今までやってきたことを、いくら効率化しようとしても、その方法自体がすでに、破綻している可能性もあります。例えば、コミュニケーション手段です。
手紙から始まり、電話、メール、LINEと、コミュニケーションを取る方法は変わってきました。今の時代、一言二言で済むような会話を、わざわざ手紙で送る人はいないでしょう。それを効率化させようとしても、速達で送るのが精一杯。しかし、LINEを使えば、効率化せずとも、ものの数分の間にやりとりが完結してしまいます。
これは極端な例ですが、今までやってきたやり方を変えれば、圧倒的な効率化が図れるにも関わらず、面倒だからといった感情の問題で、今までのやり方に固執するケースは見られます。
ライフハックではなくエッセンシャル思考のススメ
ライフハックとは、「いかにしてそれを効率的にするか」ということです。しかし、「いかにして効率化するか」は「何をやるか」がそこにあってはじめて考えることができます。
つまり、私たちが真っ先に考えるのは「何をやるか」です。この「何をやるか」さえ、常に頭の中にあれば、「どうやってやるか」にこだわり、ライフハックそのものを目的にするといった事態も避けられるのではないでしょうか。
無数のITサービスやアプリを活用し、いかに「ライフハック」を図るかが語られる現在。忙しいビジネスマンにとっては、ライフハックを駆使して、「いかに時間を確保するか」、「いかに短時間で多くの仕事を終わらせるのか」といった部分に意識が向きがちです。
ただ、情報や選択肢があふれる時代において重要なのはライフハックではありません。
アメリカのグレッグ・マキューン氏が提唱する「エッセンシャル思考」なのです。エッセンシャルとは、「本質的な」「非常に重要な」という意味です。本質的な部分に目を向けることが、エッセンシャル思考では求められます。
いままでのライフハックは、やるべきことを効率化し、同じ時間でどれだけの作業ができるかといった「やることを増やす」ための手段でした。しかし、エッセンシャル思考は、そもそものやることを絞り、重要な仕事へと注力するための手段です。
やることが増えすぎた結果、ライフハックに走り、本質を見失う
仕事ができる人ほど、当然、いろいろな人から頼られます。「この人に任せておけば大丈夫だろう」といった周りの期待から、やればやるほどに仕事の量は増えていくでしょう。その結果、増え続けた仕事を効率的にこなすことに目が向きます。
もちろん最初は、ライフハックの恩恵を授かり、仕事を効率的にこなすができるかもしれません。しかし、ライフハックによって空いた時間を、また別の仕事に充ててしまうと、時間的な余裕はなくなります。
キャパオーバーになった仕事の分量を目の前に「どうやったらこの仕事を効率的にこなせるのか?」と、さらにやるべきことを増やすための負のスパイラルにはまってしまいます。
効率的に仕事をこなした結果、待っているのは別の新たな仕事です。
けれど、そもそも今の仕事は、本当にすべてやる必要があるのでしょうか。ライフハックを駆使し、仕事を抱え込んだ結果、本当に大事なことを見失ってはいないでしょうか。
本当の問題は、ライフハック以前にある
LINE株式会社元CEOの森川亮氏は著書「シンプルに考える」のなかで次のように述べています。
「何が本質か?」を徹底的に考える。
そして、本当に大切な1%に100%集中する。
シンプルに考えなければ、何も成し遂げることはできない――。
ライフハックを駆使して仕事を増やすと、「何が本質か?」と考える余裕もなくなり、結局は何も成し遂げられないといった結果に陥ります。
また「エッセンシャル思考」の著者グレッグ・マキューン氏も、
エッセンシャル思考は、より多くのことをやり遂げる技術ではない。正しいことをやり遂げつ技術だ。もちろん、少なければいいというものでもない。自分の時間とエネルギーをもっとも効率的に配分し、重要な仕事で最大の成果を上げるのが、エッセンシャル思考の狙いである。
と述べています。
エッセンシャル思考の目的は、ただやるべきことを減らすことではありません。やるべきことを減らした上で、重要な仕事(ここでいう正しいこと)に注力するまでが本当の目的です。
選択する力が麻痺している
そうはいっても、そもそも重要な仕事はなんなのかわからなくなっている場合もあるでしょう。これはあまりにも多すぎる選択肢を目の前に、選択する力が弱まっているとも言えます。
シーナ・アイエンガー氏は著書「選択の科学」の中で、何から手をつけていいのかわからない状態のことを「選択のパラドックス」という言葉で紹介しており、その例としてある実験を取り上げています。
その内容とは、6種類のジャムと24種類のジャムをそれぞれ別のテーブルに並べ、試食・販売してもらうというもの。
24種類のジャムを試食した人たちは、バラエティの豊富さに楽しさを覚えたと言いますが、最終的にジャムを購入した人は、全体の3%だったそうです。
しかし、6種類のジャムを試食した人たちの中で、最終的に購入した人は全体の30%にも及んだそう。
この実験からもわかる通り、人は数多くの選択肢を与えられると、選択する力が弱まってしまいます。迷うことにエネルギーを使ってしまい、最終的に購入するという選択を放棄してしまうわけです。
多くの仕事を抱えた状態では、「どれが大事なのか」選択する力が弱まってしまいます。ではどうすればいいのかというと、選択する前に、「選択肢を減らしてしまう」ことです。
まずは、やらないことから決めましょう。例えば、SNSのチェックや、べき論で行っている情報収集などです。こういった仕事との関係性が薄いもの、もしくは他人からの依頼ではないものから、やるべきことを減らしていきましょう。
すると、自然と時間に余白が生まれるはずです。その余白時間を使って、自分が今やっている仕事を今一度整理してみましょう。忙しさに追われると、受動的に仕事をする状態になり、能動的に仕事をするといった意識が薄れていきます。
能動的な姿勢を取り戻すためにも、余白の時間は必要です。普段仕事に集中していると、目の前のことだけに意識が向きます。しかし、余白の時間を持つと、目の前の仕事ではなく、今の自分にとって一番気がかりな問題へと脳が自然にアクセスします。その問題こそ、今のあなたにとって一番考えるべきことです。
やる前に「ノー」という勇気
エッセンシャル思考を身につけ、本当に重要なことに注力するためには「ノー」という勇気も必要になってきます。
日本では調和が重んじられるため、「ノー」ではなく「イエス」という機会のほうが多いでしょう。それゆえ、なかなか「ノー」と言えず、「イエス」の奴隷になっているケースが多々あります。
ただ、「ノー」というときの一瞬の気まずさと、「イエス」と言って、本当はやりたくない気持ちを引きずって仕事を続けること、どちらが疲れないでしょうか。圧倒的に前者ですよね。
「ノー」というときの心的負担は、その一瞬だけです。しかし「イエス」といって、自分の本意ではない仕事を続けることによる心的負担は、その仕事をやっている限りずっと続きます。
この点を踏まえると、圧倒的に「ノー」というほうが、精神的な負担を軽減できるわけです。
睡眠により、明晰な思考を獲得する
エッセンシャル思考を手に入れるための物理的手段として、睡眠も挙げられます。
ハーバード・メディカルスクールのチャールス・A・ツァイスラー教授は、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の中で、1日の徹夜や1週間の4〜5時間睡眠によって”血中アルコール濃度0.1%分に相当する機能低下”が起こると述べており、血中アルコール濃度0.1%分とは、ビール(中びん)を2本〜3本飲んだときの状態に匹敵します。
睡眠に関しては、いろいろなところで議論されていますが、特に仕事に対して意欲的な人ほど、睡眠時間を減らしてまでも仕事を優先させ、ときには、寝てないことを自慢することで、自分はこれだけ仕事をやっているんだと、自分を鼓舞するために使われることも多いです。
もちろん、昔であればこれだけやったという証明として、睡眠時間を減らしてまで仕事に打ち込むことは、美徳とされてきました。
しかしインターネットの発達により、1を10にする仕事ではなく、0から1を生み出す創造的な仕事が必要とされる時代に突入しました。
知的生産において大事なことは、時間をかけることや、多くの仕事をこなすことではありません。脳のパフォーマンスを最大限に高めることにあります。
アマゾン創業者のジェフ・ベゾスが8時間睡眠を確保していることは有名ですが、その他、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツやアップルCEOのティム・クックも7時間睡眠を確保していると言われています。このように、世界の名だたる起業家を見ても十分な睡眠時間を確保するケースが増えてきました。
睡眠時間に関してはもちろん個人差があるでしょうが、今後、創造的な仕事をするための睡眠時間の確保は、より重要になっていくのではないでしょうか。
エッセンシャル思考をもとに考えるこれからのリーダー
仕事の選択肢が増える現在において、やろうと思えば多くのことができてしまいます。しかし、その結果待ち受けているのは、どれも中途半端で、何も成し遂げていない状況ではないでしょうか。
それを踏まえ、これからのリーダーに求められるのは、本質を見極め、一つのことに注力する力です。これこそまさに、エッセンシャル思考によってもたらされる力でしょう。
世界三大建築家の1人「ミース・ファン・デル・ローエ」が提唱した”Less is more. (より少ないことは、より豊かなこと)”という言葉がありますが、まさに今のリーダーに必要な考え方です。
多くの選択肢を与えられた結果、今を生きるほとんどの人は選択するエネルギーを失いかけています。そんな中、これからのリーダーは、多すぎる選択肢に「ノー」といい、本当に大事なことへ注力するために、みなを導いていく力が求められます。