現在のところ、我々が一般的に認識している「会社」と「労働者」が取り交わすべき約束は労働契約である。
そして労働契約の骨子は、「労働時間」と「時間に対する対価」だ。
例えば、東京労働局が公開している、労働条件通知書テンプレート(http://tokyo-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/var/rev0/0145/2210/201612816054.pdf)の項目を見ると、
日本において、その契約の骨子はつぎのよう記されている。
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・労働期間(無期・有期)
・就業の場所
・従事すべき業務の内容
・始業、終業の時刻、休憩時間、就業時転換
・休日
・休暇
・賃金
・退職に関する事項(定年制など)
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多くの方が、採用サイトなどで御覧頂いているとおりである。
これは「労働基準法」によって定められた内容だ。
前述したように、極端な言い方をしてしまえば、「これだけの時間、この仕事をしたら、いくら払いますよ」という契約になる。
そして、いわゆる「ブルーカラー」、例えばビルの清掃要員や工場のライン工など、その仕事の成果を「こなした量」である程度測定することが可能な仕事をする人を雇うのであれば、上の労働契約は完全にフィットする。
「会社はこのくらいの時間を拘束しますから、このくらいの賃金ですよ」
は、双方にとって非常にわかりやすい契約だ。
しかし21世紀に入り「知識労働」に従事する人が増えてくると、この契約がどうも現実に合わなくなってきた。
例えばCMプランナーの仕事は「何時間働いたから、いくらの給与です」と言えるだろうか。
戦略コンサルタントの仕事は、「このくらい報告書を作ったから、いくらの報酬です」といえるだろうか。
理性的に考えれば、当然その契約は不合理である。
CMプランナーの仕事は、CMを作ることではない。
「ヒットするCM」を作ることである。
戦略コンサルタントの仕事は、報告書を作ることではない。
「顧客の成果に貢献する良い戦略を作って、報告書にまとめること」である。
つまり、働いた時間が成果を保証するわけではない。
現代の仕事の成果は、労働時間ではなく、労働者が持つ能力への依存度が大きくなっている。
無能なコンサルタントが100時間かけて作った紙くず同然の報告書よりも、有能なコンサルタントが30分で作った、ツボを抑えた報告書のほうが遥かに役に立つ。
知識労働は「成果」を上げて初めて、報酬がもらえる仕事なのだ。
現代において、「労働時間に対する対価を支払う」という肉体労働の時代の働き方を中心にしている社会は、「成果に対する対価を支払う」という知識労働の働き方を中心に据えた社会には勝てない。
それは「G7最下位」という日本の生産性の凋落を表すデータがが示しているとおりだ。
参考:OECD「生産性指標総覧(CompendiumofProductivityIndicators)」https://www.oecd.org/tokyo/newsroom/continued-slowdown-in-productivity-growth-weighs-down-on-living-standards-japanese-version.htm
現在社会的な問題となっている「長時間労働」の原因は、結局のところ
「成果を短時間で出せない社員」と
「成果を上げる方法論を提供出来ない組織」
の双方に問題がある。
事実、生産性の高い国は、「知識」を中心に据えた働き方を常に模索している。
例えば、米国シリコンバレー、Linkedin(リンクトイン)は、「新しい働き方」を模索する人材企業であるが、その創業者リード・ホフマンは、著書『アライアンス』の中で、「会社」と「労働者」が取り交わすべき約束について触れており、それを「アライアンス合意書」と呼んでいる。
アライアンス合意書のテンプレートは、著書の巻末に掲載されているのだが、その趣旨は次のとおりだ。
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・「アライアンス合意書」で、お互いに相手に期待することを具体的に、明確にする
・会社と社員は共同で、社員の市場価値を高めキャリアを変革するサポートをする。
・会社は終身雇用を約束しない。かつ社員も現役引退まで当社に留まるとは約束しない。その上で、双方はこの雇用関係が終わった後でも続くような、長期にわたるアライアンス関係を保つために努力する。
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ここにおいて、日本の雇用慣行とは明らかに異なる考え方が示されている。
この考え方こそ「知識労働者」として社員が自立するために絶対に必要な考え方だ。
社員が受け取るのは、「会社が与える安定した雇用」ではなく「自らの市場価値」
会社が受け取るのは、「社員の組織への忠誠」ではなく「社員が出す成果」
これが、紛れもない「21世紀の働き方」の中身である。
そして、この「アライアンス合意書」には、つぎのような約束が書き出されている。
・会社は、次に記した目標を社員が完遂するまでこのコミットメント期間が続くものと考える。(目標 )
・目標達成までの期間はおよそ〇〇ほど
・会社が得る具体的な成果(製品の立ち上げ、プロセス改善、売上など)
・社員が得る具体的な市場価値(知識、スキル、実績、知名度など)
・この期間終了のおよそ一二カ月前に、社員と会社は話し合いを持つ。話し合う内容は、当社での新たなコミットメント期間の設計でも、他社への転職でもかまわない。
(参考:リード・ホフマン著『アライアンス』ダイヤモンド社)
これを見て、あなたはどのように感じるだろうか?
「会社は社員の雇用を守らなくてはいけないのでは?」
「能力の無い社員はどうすればいいのか?」
「格差が広がるのでは?」
様々なネガティブなことを思い浮かべる人もいれば、
「成果を出せば報われるフェアな約束だ」
「会社に依存せずに生きていける」
「高い生産性を意識して仕事が出来る」
とポジティブに捉える人もいるだろう。
どのように感じるかは個人次第だし、どのような働き方を選ぶかは、個人の裁量に委ねられている。
だが、厳然たる事実として「仕事の内容」はすでに知識労働に移行しており、賃金の高い仕事や面白い仕事は、21世紀の働き方をする人にのみ、開かれている。
ピーター・ドラッカーは著書の中で、知識労働の生産性について、次のように話している。
知識労働の生産性向上を図る場合にまず問うべきは、「何が目的か。何を実現しようとしているか。なぜそれを行うか」である。手っ取り早く、しかも、おそらくもっとも効果的に知識労働の生産性を向上させる方法は、仕事を定義し直すことである。
(中略)
この種のことを実現するには、知識労働のそれぞれについて、「何のために給与を払うか」「この仕事には、どのような価値を付加すべきか」を考えればよい。
出典:ピーター・F・ドラッカー、 上田 惇生――プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編))[ダイヤモンド社]
個人がどのように感じようが、会社がどのように振る舞おうが、仕事の中身が20世紀とは変わってしまった、という事実は動かしようがない。
時代の変化に合わせて会社と個人が変わり、日本経済を再び世界のトップへと押し上げるのか、守旧派として20世紀の労働契約を固持し、全員で沈んでゆくのか。
その選択がいま、「働き方改革」で問われている。