資金繰り、幹部人事、思い通りにならない計画と結果、検討ばかりで結果を一度も持ってこない銀行担当者、1日が24時間しか無いこと・・・
おそらく無数にあると思うが、敢えて一つだけ何かを挙げるとすれば、それは「損切り」だと常々思っている。経営には思惑が在り、経営トップであれば粗方のスケジュール感も持ち合わせている。
中堅以上の規模であれば経営計画に落とし、ステークホルダーに示した上で実行中のものもあるだろう。
中小零細で経営トップの頭の中にしか無いものであっても、進行中の事業はいつまでがタイムリミットで、どの程度までが持ち出しの許容範囲であるのかは必ず持ち合わせているものだ。
そして、それでもモノにならなければ撤退しようと固く心に誓っている。
にも関わらず、事業が経営計画通りに進まないことが明らかになっても予定通りに撤退を始める経営者という者に、私はこれまでに出会ったことがない。
それどころか、CFOとしてあるいはCEOとして重要な経営計画が進捗しなかった場合、走り始めた事業を形にすることが目的化してしまうことが常であった。
そして「成功の日」から逆算してあらゆる経営計画を巻き直すという本末転倒なことすら、時にためらうことなく実施し、深みにハマっていくことになる。
時に上場企業の決算書や付随文書を読み込んでいると、このように泥沼化した事業に固執し、撤退出来ずにいる会社をよく見かける。
そしてそれは珍しいことではなく、大きなセグメントにわかり易い傷跡を抱えながら優良事業のキャッシュを食いつぶし、経営陣にしか理解できないロジックでその重要性を説き続けているケースも多い。
ではなぜ、経営者は時に合理性を欠き、理性的な撤退の決断ができないのだろうか。
一つには、驚くべき稚拙な理由だが、事業から撤退することはカッコ悪いことであり、信念を貫き通す経営者はカッコイイという間違った風潮があることだろう。
テレビやドラマには、困難な事業に粘り強く取り組み、廃業の危機からV字回復で大きな会社に育て上げた経営者をヒーローとしてもてはやすコンテンツにあふれている。
そして強い意志を持ち続けた経営者を徹底的に持ち上げ、これこそ経営者のあるべき姿と称賛する。
例えばヤマト運輸。
宅急便の父と呼ばれ、日本に新しい物流の仕組みを作り上げた故・小倉昌男氏の生き方と信念は本当に感動的だ。
すでに郵便網という物流の仕組みがあるにも関わらず、私企業が郵便事業に取って代わろうという発想も常人の理解が及ぶところではなく、その事業化への道のりも困難を極めるものであった。
本題ではないのでここでは詳細を割愛するが、どれほどサービスが優れていたと仮定したところで、がんじがらめの規制の中でまともに事業を展開できない分野に、行政を相手に喧嘩を売りながら新規事業を立ち上げるなど、普通に考えて取り組むべきではない。
実際に先代からの古参役員の多くも小倉の経営方針に断固反対した中での成功だったので、経営トップの信念で築き上げた偉業と言っても良い新しい価値になったわけだが、だからこそ、この偉業は本になった。
繰り返すが、だからこそ語り継がれているということを忘れるべきではないということだ。
別の事例をあげると、織田信長。
信長は桶狭間において、自軍の10倍に達しようかという今川の大軍に対し、戦力を集中させ時勢を見計らい奇襲攻撃を仕掛け、奇跡の勝利を上げたことで天下人への名乗りを上げた。
ここから転じて、細心で念入りな事前準備と併せ、大胆で勇気ある行動力を持つ信長を称賛するビジネス本は枚挙に暇がない。
しかし忘れてはならないことは、織田信長がその人生において、自軍に勝る敵軍に対し戦いを仕掛けたのは、この今川義元戦が最初で最後という事実だ。
信長の戦いは、彼我の勢力を比較した時に、必ず勝てるという確信を持てた時にしか軍勢を動かさないというロジックにある。
孫子の兵法では繰り返し述べられるセオリーであり、桶狭間のような戦い方は、信長の生涯の中では例外中の例外であった一戦ということだ。
ではヤマト運輸小倉の例に加え、信長が世に出るきっかけとなった桶狭間の戦いから学ぶべきことは一体何なのだろうか。
私はそれを、「ニーバーの祈り」であると考えている。
ニーバーの祈りと言う言葉ではピンとこない人も多いかもしれないが、以下のようなフレーズで聞けば、聞き覚えのある人も多いのではないだろうか。
“神よ、変えられないものを静かに受け入れる力を私に与えて下さい。
変えていくべきものを変える勇気を与えて下さい。
そして、変えられないものと変えるべきものを見極める賢さを、私に与えて下さい。“
身もふたもないことを言うようだが、小倉が当時、ドル箱であった長距離輸送路線を捨て個人宅配に進出した当初の動機は、長距離路線の価格競争激化により近い将来に会社が立ち行かなくなることを見越してのものだった。
織田信長にしても、10回やって9回は失敗して死ぬであろう作戦を敢行したのは好き好んでのものではなく、避けられない運命の中で現実に対処しようとしただけに過ぎない。
その中で、変えられるものは何であり、変えられないものは何なのか。
自分の能力、会社や組織の持っている力、投入できる資源と時間的猶予に思いを馳せ、一番可能性の高い方法を選択し続けた結果にたどり着けた両者の成功であったと、言い換えても良いだろう。
つまり、小倉にしても信長にしても、そこから学ぶべき教訓は、「変えられないものと変えるべきものを見極める賢さ」を持ち合わせていたということだ。
間違っても、「困難に直面しても、成功を強く信じ継続し続ければ、必ず道は開ける」などという根拠のない精神論ではない。
にも関わらず、先人を称えるコンテンツには、時にこのような教訓にまとめる物が多くあり、そこから間違った教訓を抽出して事業からの撤退を決断できない経営者が多くなる、一つの原因となっているように思えてならない。
2つ目として、こちらは1つ目の理由よりもより多くの経営者にとって、心当たりのある理由であろう。
それは、事業の撤退とはそれまでに投入した人的・金銭的リソースを全て無駄にする可能性がある決断であるということだ。
正確には、全てが無駄になるかどうかは経営者次第であり、また撤退の仕方にもよるので、やり方はいくらでもあるはずだが、少なくとも損失を恐れ撤退をためらう経営者はそのように考えている事が多い。
そしてこのような場合、経営者には近い将来に僅かな希望が見えているような気がしており、そのため毎日が「今が我慢どころ」であり、事業の継続にこだわる。
このような心理に陥り、会社を傾け事業を潰してきた経営者は、歴史的にも枚挙に暇がない程に多く、今日もなお、そのような経営者は量産され続けている。
上場企業の決算書といえども、そのような傷跡が見え隠れするものになっているのは、ある意味当然のことということだ。
そしてこのような経営者の心理状況には、実は名前もつけられている。
心理学的にはコンコルド効果、もしくはコンコルド錯誤という言葉が一般的なようだが、マネジメントの本ではサンクコスト(埋没費用)とも呼ばれ、聞いたことがある人も多いかもしれない。
なお、このコンコルド効果という名前の語源だが、一定以上の年齢の人には馴染みが深いだろう、夢の超音速旅客機であるコンコルドから取られたものだ。
コンコルドはその開発段階から既に、商業ベースでの成功は極めて困難であることが明らかであった航空機だ。
250機以上の量産で元が取れるとされていた生産計画だったが、最終的な受注は実に16機。
それもそのはずであり、通常の旅客機は音速を超えることによる不採算性と極端な乗り心地の悪化から音速の手前で運行するよう敢えて設計されているのだが、コンコルドはこの「音の壁」を越え、マッハ2.0で運行するよう最初から設計されたものだ。
そのため燃費が極めて悪く、騒音も激しい問題のある機体となった。
さらに音速の壁を越えるための設計は乗客スペースを犠牲にしたことから、1回で運行できる乗客は100名程度。
当然のことながら運賃は、跳ね上がり、他の機種のファーストクラスよりもさらに20%ほど高い運賃が設定され、それでいて主力路線であったパリ-ニューヨーク間における飛行時間の短縮は8時間が4時間になっただけである。
運賃が高く、やかましく、乗り心地も悪い思いをしてでも、4時間を急ぐ理由を持つ人などなかなかいるものではない。
良いもの(?)を作れば売れるわけではないという見本のような機体となり、商業ベースでの需要など開発段階から全く見通せなくなったのだが、それでもコンコルドが開発されていたのは、冷戦真っ只中の1960年代後半から70年代にかけてのことだ。
そのため、共同開発国であった英仏はその完成とメンツにこだわり、もはや飛ばすことだけが目的となって、最終的に巨額の国家予算を浪費し、墜落事故など様々な要因が重なるまで、撤退を決断できなかった。
ここから転じて、仕掛りの事業や物事を中断することが出来ない心理状況をしてコンコルド効果と呼ばれるようになったわけだが、今回はこのコンコルド効果について、実際にCFOの現場で経験した以下のようなことについて、実例に基づいてお話してみたい。
- コンコルド効果で経営判断を誤ったCEO
- 冷静な判断で目的を維持できた経営陣
- コンコルド効果を上手く使いこなすには
大事なことは、経営者と経営陣の心理状態に客観的な目を持つことと併せ、その心理状況を把握し、上手に使いこなすことだ。
そんな視点から、拙い経験が読者の方の役に立つことがあれば幸いだ。
コンコルド効果で経営判断を誤ったCEO
まず始めに、典型的なコンコルド効果に陥り会社を失うことになったCEOの話をしてみたい。
とはいえ私自身、その会社のCFOを務めていた時の話であり、決して経営トップだけの責任という話ではない。
自戒を込めての、会社を失うことになるまでの話だ。
その会社は地方の少し知られた企業で、ありふれた事業ではあるが、パート・アルバイト含めて従業員500名を越える規模であり、年商も二桁億円を越えていた。
そして業界の規制緩和の流れを受け、それまで禁止されていた事業形態が認められたことからいち早くその事業分野に進出し、工場を新たに建設し、従業員も1000人にも届く規模にまで膨れ上がり、年商も倍近い規模になろうとしていた。
私がその会社のCFOに就いたのは、1つ目の工場が動き始めしばらくした頃。
稼働率は高いのに全く損益分岐点を越える事ができず、想定通りの利益が上がらないことに悩んでいた経営者を見かねた株主からの要請でCEOに会い、すぐに意気投合してCFOを引き受けたものだった。
幸いにしてその会社には、長年の社歴の中で培った、薄利だが確実に利益が上がる事業がベースに在った。
その上で、新たに始めたベンチャー事業が既存事業の利益を食いつぶし、内部留保がどんどん溶け続けているという状況である。
最悪の場合、ベンチャー事業を潰してしまえば、生き残るには問題のない環境であり、言ってみれば気が楽な「危機」と言っても良いものだ。
コンコルド効果の観点から言えば、ベンチャー事業を潰すために必要なコストさえ把握しておけば、撤退すべき経営判断の時期はそう難しくない。
さらに幸いなことに、工場の生産管理は極めてずさんであり、製品の原価管理はもちろん、労務費の管理やその他製造コストの管理が全く為されておらず、工場は宝の山だった。
事業そのものに見込みがないか、あるいは工場の設計や規模が根本的に間違っていて利益の出しようが無いのであれば経営の改善は難しいが、その工場はただ単に、誰もコストを把握できないままに「ただ作っていた」だけという状況である。
さらに月次決算は、月末で数字を締め、翌月の月末近くに判明する状況であり、役員会では最長2ヶ月近く前の課題を話し合っていたことになる。
こういう環境であれば、少し生産管理に通じているCFOであればまさに結果は出し放題だ。
製品単位あたりの材料原価を把握する仕組みを作り、製造現場の労働時間を分析し適正な労務費水準を明らかにして、それを概算でも良いので、日々の売上と原価として把握する。
水道光熱費や販管人件費などは概算で加えれば、「今日は儲かったのか」という、意識で工場経営を把握する意識が高まる。
この程度のことであれば、エクセルと簡単なVBAの知識さえあればマクロを組み、簡易的な生産管理システムにすることなど、3日もあれば十分だ。
このようにしてコストの可視化ができるようになった工場は、同じ売上でありながら直ちに利益が出せる体質になったわけだが、ただ、良いところは残念ながらここまでだった。
事業そのものに価値があることを理解したメインバンクや株主などからは、早く株式を上場するように計画進捗を急ぐように急かされ、生産体制を一気に3倍にするべく、現状の2倍の規模を持つ新たな工場の建設に着手することになる。
そして、株主が保有していた廃工場建屋を譲り受けリニューアルした工場が、全ての内部留保を溶かしていくこととなる。
本論ではないので詳細は省くが、この時のもっとも大きな問題は立地であり、工場から半径50km以内程度のみが商圏であるビジネスモデルにとって、その立地は絶望的に悪いものであった。
そして工場は、稼働率が低くてもその規模に応じて必ず固定費がかかる。
各種リース費用、固定的な人件費、水道光熱費などは削減の努力も及ばない。
このようにして、一度は上手く行きかけたビジネスモデルは急速に勢いを失い、新たな工場の固定費はその規模が大きかった分、内部留保をどんどん溶かし続けた。
問題は明らかであり、稼働率が上がらないこと。
逆に言えば、稼働率さえ確保できれば利益をあげるノウハウは積み上がっていたが、立地条件から判断される営業環境は絶望的ということだ。
つまり、営業努力で何とかできる環境ではなく、致命的なリサーチ不足と見切り発車が失敗の原因であり、少なくともこの新工場はなるべく早く切り捨てるのが、もっとも賢明な経営判断であった。
しかしその工場を建設するにあたっては、新たに数億円の第三者割当増資で得た資金を投入しており、借入金も投じて建設された工場でもあるので、「上手く行きそうにないので撤退します」と簡単に言える状況でもない。
しかしながら、営業責任者が既に、その環境で損益分岐点に到達できる顧客の確保に自信が持てないと諦めている状況である。
経営トップも、業界の横の繋がりなどあらゆる手を尽くした上で、新規顧客の速やかな開拓が困難であることを認めつつある状況だった。
事ここに至れば、仮に工場竣工からわずか6ヶ月であったとしても、巨額の損失を計上した上で新工場を切り捨てる勇気を持つべきだ。
そしてCFOとして、撤退の経営判断は6ヶ月以内に為されない限り、もはや撤退費用すら捻出できない状況に陥ることを報告し、CEOに対し勇気ある決断を迫った。
しかし経営トップの決断は、「もう少し頑張りながら様子を見よう」であった。
経営トップはその理由として要旨、
- ・撤退をすればIPO(株式の新規上場)計画に致命的な遅れが生じる
- ・営業努力を重ねれば状況が変わる可能性はある
- ・稼働率さえ上がれば利益が出る、撤退は余りにも失うものが大きすぎる
というようなことを語った。
つまり、「ここまで頑張ったんだから、もう少しやってみよう。状況が変わる可能性もあるし、何よりももったいないから」である。
典型的なコンコルド効果だ。
経営は結果が全てであり、確かにこの時の経営トップの経営判断は結果として素晴らしい英断となり、ピンチに際してうろたえず、気の小さいCFOの撤退案を一蹴して成功したCEO、という美談になっていたかもしれない。
しかしながら、「変えられるものと変えられないもの」を見極めようとした時、状況が好転する唯一の方法は劇的な新規顧客の上積みのみであり、そしてそれは、工場の立地を考えると当社には、「変えられないもの」だったことは明らかだった。
そして「自分には変えられないものを静かに受け入れる力」を持ち合わせていなかった当社はついに、撤退費用すら捻出できない領域まで内部留保を溶かし、経営危機が深刻化する。
ここに至って会社が生き残る方法はもはや1つだけだ。
会社全体を売るか、内部留保を溶かし続けた工場もしくはその事業を買ってくれる会社を探し、費用をかけずに事業から撤退をすることである。
そして私は敗戦準備に着手し、M&Aの準備に入ったが、この際にCEOはさらに驚くべきことを言い出した。
それは、一つには会社全体を売るのは絶対に受け入れられないというもの。
これは創業経営者なのである程度予測できたことだったため、大した問題ではなかった。
問題は二つめで、売却をするのは新規事業の方ではなく、業歴30年を越える薄利だが確実に利益が出る事業の方にして欲しいというものだ。
つまりCEOは、安定した事業と第1工場で上がっている利益を一瞬で食いつぶした第2工場を、まだ諦めてないということだ。
そして、第1工場と第2工場で実施しているベンチャー事業一本でIPOを目指したいと話し、安定事業を売却した資金で当面の運転資金に充てたいと考えていた。
もはや、「ここまでやったんだから絶対に諦めたくない」というレベルではない。
合理的に撤退をするべきとわかっているのに出来ない状態、というわけでもなく、ある意味で「何が何でも意地でも撤退しない」という心理状況だったのだろう。
とはいえ、キャッシュのほとんどを生み出していた安定事業を売却すれば、いくら巨額の売却資金が入ったところで、現預金が溶ける速度はこれまでと比較にならない。
そこに勝算は無かったが、経営トップの意志は固く、私はその方向でM&Aを進め、そして紆余曲折があったが、経営トップの意志の通りに会社を再編し、そしてそのタイミングでCFOを辞任した。
これは決して、そのような決断をしたCEOを見限ったわけではなく、それならそれでまだやり方は在ったのだが、最終的にM&Aの課程で目指すべき会社の将来像が一致しなかったために、会社を去ったものだ。
そして私が去った後、詳細は割愛するが短期間のうちに改めて現預金を全て溶かし尽くし、今度こそ会社は全て、人手に渡ることになった。
「稼働率さえ上げれば、事業は必ずうまくいく」というCEOの考えはもちろん正しかったし、その通りだっただろう。
生産ノウハウは十分に積み上がっており、日本に二つと無い当社の技術は、「稼働率さえ上げれば」おそらくIPOも容易に達成し、業界を変える力にもなっていたはずだ。
問題は、その稼働率を上げる施策が、当社の努力では力が及ばないところにあることを、最後まで受け入れられなかったことだ。
このようにして、典型的なコンコルド効果の末に、会社は全てを失ってしまうことになった。
冷静な判断で目的を維持できた経営陣
さて、次の事例は一転して、本来の目的を見失うこと無く、事業からの撤退が極めてスムーズに行き成功した時の話だ。
これもまた、私がCFOを務めていた会社の話だが、先の事例と違いM&Aで買収した会社を巡る経営判断であった。
M&A前後の話をざっとまとめたい。
当社は先進的なものづくりを手がける会社だったが、典型的なベンチャー企業であり、経営陣の平均年齢は当時の私を含めて30代。
社員も20~30代が中心であり、40歳以上はほとんどいないという若きものづくり企業だった。
そのため、華やかで目立つ上澄みの仕事は誰もがやりたがったが、その根本になる地道な作業に楽しんで取り組める社員がなかなかいない。
というよりも、そのような仕事を与えても、産業用の工作機械に触れた経験すら無いものも多く、基礎力が極めて脆弱な技術の上に、なんとか時流に乗っかった製品がマーケットの中で受け入れられ始めているという状況であった。
しかしながら、引き合いはどんどん増えて、受注生産方式であった当社の工場はどんどん手狭になっていく。
そのため当社は、新たな工場を手に入れることを目的に、後継者のいない町のものづくり企業を買収しようという考えを持つに至った。
なぜなら、長い業歴を持ち稼働している工場であれば、土地建物をそのまま工場用地として流用できる上に、新たに土地を購入し、建物を建てるようなリスクを負う必要もないからだ。
なおかつ、上モノは既に償却済みであり、実質的に土地代だけで購入できる可能性がある上に、場合によっては上モノの取り壊し費用を名目に、土地代からいくらかの値引きも期待できることになる。
加えて、長い業歴を持つものづくり企業であれば、職人的なベテラン工員を取り込むことが期待でき、若い技術者に足りない根本的なものづくりの知識を共有する効果もアテにできるだろう。
このようにして、売上高3億円余り、経常利益で数千万円ほどの年商規模を誇る会社の仲介を受け、当社は同社の株式を取得し、100%子会社とした。
その会社は、産業用のある大型機械を卸売することが元々の主力事業であったが、アジア各国のものづくりが台頭し、また発注元の多くが中国に移転してしまった影響などで物販はほぼ0になっていた。
そのため、既に販売済みの産業用大型機械を定期的に分解・修理し、補修の程度が軽い場合には部品交換に留めて組み立て直し、重い場合にはオーバーホールの上で再納品するというメンテナンス事業が主力になっていた。
とはいえ、そのような技術を持ち合わせている会社が他に無く、また該当の大型産業用機械が極めて高価であったことから買い替えではなく修理して使うというのが業界の一般的なやり方であったこともあって、引き合いは順調だった。
問題は、修理やメンテナンスがメインの事業であり、なおかつ顧客もものづくり工場を営む大きな会社ばかりであったことから、仕事はいつも緊急であり、一日でも1時間でも早い納品を求められることであった。
そのため仕事量にはムラがあり、何もしないに等しい日が続いたかと思えば、全社員が2週間、徹夜に近い突貫の作業をし続けるというムチャな受注が続くことも珍しくない状況であった。
そのような中、事業環境の変化は驚くほど早く進み、顧客の多くが国内生産からさらに海外へと生産拠点を移動させていくことになる。
黒字幅が縮小し始め、なおかつ不安定な引き合いに社員を対応させる経営努力も割に合わないという意見が出始める。
一方で、元々この会社を買収した際の目的はどうであったか。
- 新規投資のリスクを避けながら新たな工場(用地)を確保すること
- ベテラン技術者の有形無形の技術を、当社の若手社員に学ばせ吸収すること
- 買収評価額はこの2点がメインであり、今現在の事業から生まれている黒字額は大きく評価しないこと
というものであった。
もちろん、ある程度まとまった利益が出ていたので、買収評価額に利益額を一切反映させない訳にはいかない。
それでも、その会社を買収した際の金額は、その立地にその規模の工場を新規に建設することを考えれば、十分価値のある総額であった。
なおかつ、それに加えてベテラン技術者をスムーズに取り込み、一人の欠員を出すことも無かったのである。
つまり、M&Aのプライオリティ順位を完全に満たした買収に成功したとうことだ。
そのような中、とは言え年間数千万円程度の経常利益はやはり維持できるものなら維持した上で、ありがたい収入源として活用させてもらいたいのが人情だ。
さらにここから生まれる黒字額は、前向きな投資を考える上でのワイルドカード的な存在になっており、あっさりと失うのは惜しいというのもCFOの偽らざる思いでもある。
とはいえ、環境の変化に伴い、僅かな利益は維持できていたものの今後の先細りは確実であって、業績が回復することはまずありえない状況である。
いわば、「自社で変えることが出来ない生産環境」「自社で変えることが出来ない受注状況」の中で、なお事業を維持することを選ぶか。
綺麗さっぱり買収した会社の事業を放棄し、工場を片付けた上で親会社の生産拠点として、全てのフロアを開放するか。
その選択肢が示されたことになる。
そして当社はM&Aの原点に立ち返り、元々のプライオリティを再確認した上で、黒字を維持していた事業を全て放棄した。
その上で、買収した子会社を親会社と合併し、社員も吸収した上で工場を全て親会社の事業拠点として改装。
結果として放棄した以上の利益が上がる拠点となり、生産拠点とベテラン技術者の両方を割安で手に入れることに成功した、とても意味のあるM&Aにすることができた。
この場合の決断は、おそらく自社でコントロール可能な子会社の事業環境であれば、別の形になっていたであろう。
しかしながら、子会社の事業はあらゆる意味で、「変えることが出来ない」もので、「静かに受け入れるべきもの」と判断したからこそ、スムーズな意志決定が出来たということだ。
そして親会社のメイン事業は、自社にとっていくらでも変えることができるものであり、そして新しい拠点を手に入れることでその自由度はさらに高めることができた。
当時の当社の事業規模から考えれば、放棄した事業規模は決して小さくないものだったが、目的が何であり、そして目的のためには何を意志決定するべきであるのか。
その視点にたてば、役員会でも驚くほど異論無く、全会一致での経営判断となった。
後にも先にも、これほどスムーズに「コンコルド効果」に陥ること無く事業から撤退できた事例は経験していない。
これもまた、一つの参考にして頂ければ幸いだ。
コンコルド効果を上手く使いこなすには
さてここまで、人が必ず陥ってしまうコンコルド効果について、自身が経験した失敗例と成功例を挙げてお話してきた。
小難しくお話したかもしれないが、結局のところ「損切り」の考え方であり、どれほど賢明な人であっても、人は多かれ少なかれ、このコンコルド効果の心理から逃れることは出来ない、というお話であった。
その上でもし、「自分はそんなことはない」と思っている人がいれば、これからお話する事例に絡め、さらにわかりやすくお話してみたい。
例えば、期限切れ間近のショップポイントに、おもしろくない映画だ。
後100円の買い物をすれば、今日で期限が切れる9,990円分のショップポイントを10,000円の金券にすることができるにも関わらず、必要なもの以外は買わないという行動が取れる人は、相当強固な意志の持ち主だろう。
また、おもしろいと評判の映画を見に行き1,500円を支払ったにも関わらず明らかに駄作でおもしろくないことがわかっても、途中で席を立つことができる人もなかなかいない。
前者は、これまでに積み上げたことが無駄になることを恐れる思いが未来の行動を決定してしまう例。
後者は、そうすることで既に投じた損失を回復できるわけでもないのに、もったいないと思い更に損失(時間コスト)を重ねてしまう例だ。
どれほど優れた経営者でもビジネスマンでも、この心の動きは誰しも持ち合わせている、という前提は素直に受け入れるべき事実の事例だ。
そしてここからが、この段落でお話したいことだ。
どれほど優れたコスト感覚を持ち合わせた人であっても100%逃れることなど出来ない人間の心の動きがあるのであれば、それは必ずビジネスになるということでもある。
まして一般の消費者であれば、上手にこの心理状況をくすぐれば、プラスオンの売上を確保する大きな武器になるということだ。
「ここまでやったんだから後少し頑張ろう」
「もう少しできっと上手くいくはずだ」
「もったいないからここで諦めることなど出来ない」
コンコルド効果に陥っている人の感情を言葉に表すと、だいたいこんな感じになるだろう。
もはやお気づきだと思うが、その利用の当否はともかくとして、このような心理状況にある人からはいくらでもプラスオンで、売上を引き出すことが可能だ。
わかり易い例で言えば、ディーラーが場をコントロールできるカジノなどはその典型だろう。
カジノに限らず、賭け事で大金を散財する人はこの全てに当てはまっている。
分別のある大人になってからはともかく、きっと学生時代にパチンコにハマった経験がある人なら、苦い思い出の一つや二つは持ち合わせているのではないだろうか。
このような心理状況を利用しあるいは悪用し、自社の売上拡大に利用することは、無条件で許容されるものではもちろんない。
例えばスマホゲームのガチャなどは一時期、開発元に巨額の利益をもたらす収益源となったが、無法地帯になり、規制が入ったことは記憶に新しい。
似たような事例では、UFOキャッチャー(クレーンゲーム)も実は法律上、黒に近いグレーなビジネスだ。
もともと現金を投入し景品を当てさせるという行為がすでに賭博に類するものなので、厳密に言えばクレーンゲームはアウトとされている。
しかしながら、「粗品」といえる程度のものであればOKという行政指導もあり、100円を投入して安っぽいぬいぐるみをゲットできる可能性があるゲームを置くことは黙認する、というのが現状だ。
しかしながら、世の中には業界のルールを理解できず、また空気を読めないことを「画期的なビジネスアイデア!」というインスピレーションに置き換えてしまうタチの悪い経営者がいる。
その典型的な例と言ってもよいだろう。
大阪で、1回500円~1,000円の料金で、高額のゲーム機などを獲得できる可能性があるクレーンゲームを設置していたゲームセンターの経営者が逮捕されたのが2018年1月。
なおかつこの経営者は、景品を取れないように細工した上で店員を配置し、「もう少しで取れる」と煽っていたというのだから、極めて悪質な態様だ。
法律の趣旨からも業界の実運用上からも、逮捕され、あるいは排除されるのは当然であろう。
このような考え方は、「コンコルド効果」の上手な使い方ではない。
一方で、小さな子供を育てている親であれば、最近のタカラトミーのマーケティングには脱帽している人も多いかもしれない。
トミカといえば、昭和世代にはミニカーにプラレールだが、最近では「トミカタウン」という玩具にも注力していることをご存知だろうか。
これは、セブンイレブンやローソンと言ったコンビニ、エネオスなどのガソリンスタンド、スシローなどの回転寿司と言った、街に実在する店舗を次々に組み合わせ街を作らせようという、幼児向け簡易ジオラマキットだ。
特に、子育て世代であれば親子連れで頻繁に通う店舗が商品化されているのも特徴だと言えるだろう。
そしてトミカタウンは、いつどのような店舗のキットを購入しても、既に購入したキットと上下左右あらゆる方向から結合することができる。
この玩具は、小さな子供の目線に立てば、自分のよく知る街を再現するために、おねだりする相手がいればどんどん新しいキットを手に入れたい欲望を喚起される。
大人からすれば、1,000~2,000円程度で新しいキットを買い与えられる上に、スマホやテレビゲームではなく、自分の手を使い、形あるものを組み上げようとする幼児の行為は応援したくなる心理が働く。
おそらくこれは、自分自身の昭和の遊びに通じるものがある上に、大人からみても、
「ここまで頑張ったんだから、最後まで完成させてやりたい」
という親心もくすぐられるからだろう。
つまり大人も子供も、「コンコルド効果」にハマってしまい、しかも無理なく満足しているということである。
このタカラトミーのビジネスモデルは、本当に見事だ。
ディアゴスティーニが始めた「週刊○○」、くら寿司コーポレーションが展開する「5皿ごとにガチャ」、amazonの「2,000円以上で送料無料」、クレカ発行会社の「後○○円の買い物で次年度ポイント50%アップ」なども、消費者に自由度を与えた上で、プラスオンの売上を積み上げる有効な手段だが、このような事例は枚挙に暇がない。
ただ大事なことは、このような施策は形だけを真似ても、自社の売上を伸ばすことには必ずしも繋がらないということだ。
同業他社が導入していると言う理由で自社にもお買い物ポイント制度を導入したところで、その集客に対する目的が可視化されておらず、効果も測定できないのであれば、それは無意味で予見不可能な将来コストを抱え込むだけに過ぎない。
大事なことは、その施策が自社のどのような経営計画を補完する目的であるのか、ということだ。
これを少し深掘りしてみると、例えば同じ街にある2つのパン屋さん。
一方の、食パンが美味しいと評判の店舗が5袋分の値段で6袋分の回数券を出すという施策を仕掛けたとすれば、これは自社の常連に対し、購入頻度を高めることを目的としたものだろう。
有効期限を1ヶ月にすれば、月に2~3回しか来なかった顧客層を5回まで高めることができる。
掛かるコストは1回分の食パン原材料費のみで、たかが知れている。
そのような目的で採られた施策を、例えば味ではなく立地の良さで顧客を集めている店舗は間違っても導入するべきではない。
仮に導入したところで、顧客の平均的な来店頻度の分析も出来ていないのであれば、5袋分で6袋相当にすべきか、10袋分で11袋相当にするべきかの判断すらできない。
つまり、ヘタをしたら1回分持ち出しが出ただけで、売上がマイナスになる可能性すらある施策ということだ。
大事なことは、「コンコルド効果」のどのような心の動きにフォーカスし、それに自社の強みと弱みを重ね合わせた上で、効果的な施策に落としていこうと考えるのか、と言ってもよいだろう。
その上で、結局のところは、この「人の心」の動きをどう応用するかは自社の状況を考えた上で考えて欲しいという身も蓋もない結論になるわけだが、敢えて一つ、下記の内容を付け加えたい。
改めて、先に上げた、コンコルド効果の心理をわかりやすく表した言葉だ。
「ここまでやったんだから後少し頑張ろう」
「もう少しできっと上手くいくはずだ」
「もったいないからここで諦めることなど出来ない」
これらの心の動きは、顧客の購買意欲を刺激することはなるほど間違いないかもしれない。
しかしそれよりも、部下や従業員のモティベーションを換気するためにこそ、有効な心の動きに思えないだろうか。
これらの心の動きは、人間が持つ向上心の現れだ。
そして人は時に、その向上心がおかしな方向に暴走して失敗をやらかしてしまうものの、その根っこにあるものは「より良い結果を出したい」という前向きでひたむきな熱い想いに他ならない。
ネガティブな心の動きで引用されることが多いコンコルド効果であり、また商売に上手に応用しようという事例でも頻繁に用いられるこの心の動きだが、経営者であれば私はそこに留まって欲しくない。
ぜひ、貴方の部下や社員に対してこそ、このような、人が持つ感情を上手に刺激して、人を成長させて上げて欲しいと願う。