起業のリスクはほとんどが考え過ぎ ― 事業をはじめるリスクについて考えてみる【連続起業家シリーズ #3】

― 起業の難しさへの偏った思い込みの多さ、そしてその思い込みを乗り越え事業を始めるための具体的な方法を説明した前回
起業家になることは誰にでもできることであり、1.最初から自分でビジネスモデルを考えるのはやめること、2.儲かっている事業を見つけて「堂々と」真似すること、3.会社立ち上げ後しばらくは事業間口は浅く広く取っておくこと、という3つの考え方について紹介した。
連続起業家シリーズの3回目となる今回は、多くの人が気になる「起業のリスク」についても言及する。

【連続起業家シリーズ バックナンバー】
#1:連続起業家のすすめ ― シリアルアントレプレナーとは何者か?
#2:会社を売って旅に出よう ― 起業家なんて誰でもなれる
#3:起業のリスクはほとんどが考え過ぎ ― 事業をはじめるリスクについて考えてみる
#4:事業計画と資金調達のルール ― 教科書に載っていないTips
#5:経営者が必ず間違える創業期の人材採用 ― スタートアップにはスタートアップの採用を
#6:サクッと起業してサクッと売却する ― 人生に「シリアルアントレプレナー」という選択を

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INDEX
■会社を潰しても命までは取られない
■時間も年収も「生涯単位」で考える
■会社を売るのは「トマト」を売るのと同じ
■会社経営は「強くてニューゲーム」でプレイする

会社を潰しても命までは取られない

起業にあたり、ほかにあなたが心配していることは何だろうか。
「どの分野で起業したらいいか」という悩みを除けば、事業に失敗したときに莫大な借金を背負ってしまうことではないだろうか。
会社を潰したりしたら、自己破産して生きていけないのではないか。家族が路頭に迷ってしまうのではないか。
厳しい督促によってメンタルを病んでしまうのではないか──。起業経験のない人が心配するリスクといえばこんなところだろう。

しかしこうした起業のリスクのほとんどは考え過ぎによるものだ。
事業に失敗しても命まで取られるわけではない。仮に借金があったとしても人は生きていける。
数カ月間は辛い時期が続くかもしれないが、それも永遠には続かない。

返せなくなったら自己破産して社会的信用がゼロになると思っている人もいるが、失敗した起業家で自己破産までした人を僕はほとんど知らない。
銀行借入をした場合はたいてい保証協会がつくものだから、自分に返済能力がなくなったら協会が保証してくれる。
その代わり5年の返済期間が20年に延びたり、毎月20万円の返済金額が2万円に下げられたりして保証協会に返し続けていくことになるだけの話だ。
もちろん、その間は金融機関から自由にお金を借りることはできないが、命を取られるどころか、骨一本折れることなく生きていけるのが実際のところなのだ。
運悪く借金を背負ってしまったら、ゆっくり返していけばいい。
それだけのことだ。

僕は、起業したことのない人に限って借りてもいないお金の返済の心配をすることを、とてもおもしろいなと思う。
実際に起業した人たちが心配するのは借金返済ではなく、「無事に借金ができるかどうか」なのだから。

これが起業家とそうでない人の一番の違いかもしれない。
僕は起業して売却することをすすめてはいるが、リスクがないとは言っていない。
起業して会社を売却するのは、基本的にハイリスク・ハイリターンの行為であることは認識してほしい。
うまくいけばハイリターンが手にはいるのだから、借金というハイリスクがあるのは仕方がないと思うべきだ。

そもそも、僕は会社員がローリスクだとは思わない。見方を少し変えれば、あなたは会社から搾取されているとも受けとれるのだ。
あなたがとある会社の営業マンだとしよう。そこで一千万円単位の仕事を受注しても、もらえるのは月々の決まった給料、
運が良ければ受注の実績を上乗せしたボーナスぐらいのものだ。もちろん、M&Aのように遊んで暮らせるほどのお金は手に入らない。

会社はあなたが苦労して上げた売上を「搾取」し、商品の原価を支払い、社長やその他の社員の給料を支払い、
オフィスの家賃を支払い、残った分をあなたに与えているともとれないだろうか。

そう考えると、会社が負ってきたハイリスクを自分で取り、高いリターンを得る生き方もあっていい。
会社に勤めるのも、起業するのもリスクがあるのなら、よりリターンが多く、エキサイティングなほうを選ぶ人がいてもおかしくない。あなたが起業して会社を売る生き方を選ぶなら、人生の密度は一つの会社だけに勤め続けるよりは格段に濃くなるだろう。

時間も年収も「生涯単位」で考える

起業して自分の時間がなくなることを心配する人もいる。
だが、これは最初だけ「ちょっとしたブラック企業」に勤めるようなものだと考えればなんてことない。
起業すると、人は24時間経営者でいなければならなくなる。24時間ぶっ通しで仕事をするわけではないが、
クライアントからの電話が鳴れば食事中だろうと睡眠中だろうと出なければならない。そのことが会社の売上や信頼に直結すると思えば、誰でもそうするだろう。
仕事とプライベートの線引きはどんどんあいまいになり、完全なるプライベートの時間は確実に減る。

だが、僕はあえて問いたい。
それはそんなに大変なことだろうか?と。

時間に追われる続けるときは会社を軌道に乗せて売却するまでの一時のことなのだ。
自分の一生の人生でその時間を考えたとき、どれほどの割合なのだろう。

うまく売却できれば、それこそ先述の数倍は生活の心配をしなくて済む完全なる自由時間が待っている。
それを思えば決して難しいことではないはずだ。
少なくとも僕はそうだった。

その代わり、会社経営をしている間は事業のことを真剣に考えることだ。
大事を成すには集中が必要とされる。
自分のことなど微塵も考えず、とにかく事業に集中することが求められる。
そうすれば、多少のリスクは恐るに足らないと僕は思う。

会社を売るのは「トマト」を売るのと同じ

「会社を売る」というと「会社を売るなんてとんでもない」「会社なんて簡単に売れるわけがない」と言う人がいる。

僕に言わせれば、会社を売るのはトマトを売るのと同じだ。
何の違いもない。ものを売るという点ではいっしょだ。

会社を5億で売るのも、5億のダイヤモンドを売るのと何ら変わりはない。
ただし、高価なものにはそれにふさわしい売り方がある。
5億の宝石を売ろうと思ったら、それなりの知識や売り方がある。
ダイヤモンドの産地がどこなのか、どんな特徴があるのか、研磨やカットの技術、重量や色、グレード、ブランドの歴史など、
そのダイヤモンドの特長を伝えるさまざまな説明や証明書、高度な接客サービスが必要とされる。
会社も同じだ。

どんな背景で事業がつくられ、どういった特長があるか、今後どう伸びていくのかを言葉だけでなく、決算書や会計データなどを駆使して説明できることが求められる。
会社を売るのに尻込みしてしまうのなら、同じ価格帯で売っているものを見て、実際に接客を受けてみることをおすすめする。
僕の会社では、インターンの学生にはまず2億円ぐらいの小さなM&A案件を担当させる。
そうすると、ふだんの生活で2億円のものを扱う機会はまずないため、たいていの人があたふたしてしまう。
そういうとき、僕はマンションでも車でもいいから同じ価格帯のものを探して接客を受けてみたらどうか、とアドバイスする。
遠い世界のものを身近に感じられるようにするための工夫だ。高いものには高いなりの売り方があることを実感するだろう。

会社経営は「強くてニューゲーム」でプレイする

会社経営をとんでもなく難しいものと考えている人に言いたいことがある。
それは会社経営が「やればやるほど有利になるゲーム」だということだ。
これは複数回起業した経験のある人であれば常識としてみんな知っている。

若い人なら「強くてニューゲーム」という言葉を知っているだろう。
「クロノ・トリガー」という作品を代表とするロールプレイングゲームでは、
いったんゲームをクリアしたら、クリア時点でのレベルやアイテムを引き継いで新しいゲームで遊ぶことができる。
この仕組みを「強くてニューゲーム」という。

通常ならレベルも一番下の、アイテムもロクに持っていないまっさらな状態からゲームをスタートしなければならないが、
「強くてニューゲーム」はそうではない。強い状態を維持したまま、新しいゲームを始められる。
ほとんどのステージを容易にクリアすることができるため、ゲームが格段にやりやすくなり、短時間でもっと高いレベルのステージに挑戦しやすくなる。

会社経営もこれと同じだと僕は考えている。
何度も起業していれば付き合いが長く、能力も気心も知れた人材でチームをつくることができる。
信頼関係もできあがっているため、相手の腹を探る必要もないし、安心して仕事を任せることができる。

僕が現在経営している会社の役員は、新体制となって10カ月目だ。ところがほとんどのメンバーは僕と10年近い付き合いのある人間だ。
一番付き合いの短い人間でさえ5年だ。以前僕が経営していた会社にいて、その後、回り回ってまた入ってくれた人もいる。
彼ら彼女らが何が得意かも知っているから働きやすいし、相手も僕がどんな人間か、僕の経営する会社で求められるものは何なのかを理解して入ってきている。
「こんなはずじゃなかった」とすぐに辞められて、また再就職先を探す、こちらもまた募集をかけるなどという時間の無駄もない。
これはお互いにとってとてもハッピーな関係だ。

自社の人材だけでなく、取引先に関しても同じことがいえる。
過去に経営していた会社時代から付き合いのある取引先なら、そのときに構築した関係性は消えずに残る。
自分の会社はM&Aで売ってしまえばハードもソフトも買い手側に所有権は移るが、関係性はそうではない。
取引先も「この人は前の会社を経営している間、毎月きちんと延滞することなく支払いをしてくれた」と覚えている。
取引先の中にはある程度こちらの会社の認知度が上がらないと取引の入口にさえ立たせてもらえない会社もある。
それほどビジネスにおける信頼関係は大事だ。

こうした信頼関係を一から構築するのと、ある程度構築されたところから始めるのとでは、事業立ち上げのスピード感がまったく違ってくる。

税理士や会計士、弁護士などの士業についても同じことがいえる。彼らとはとくにM&Aを経て関係性が急速に密接になり、深まることが多い。
ベンチャー企業は人、モノ、金がないため、立ち上げ当初は苦労するかもしれない。
しかし繰り返し起業すれば、たとえ事業内容は変わっても経営者当人に対する情報や関係性は蓄積され、残っていく。
とくに信頼関係は会社を売っても消えるものではない。自分の経験値もどんどん上がっていく。この点を最大限に活用していこう。

起業家として生きてみるのなら、1回といわず、2回、3回と会社を売っていくほうがずっと経営が楽になるし、それに楽しくなる。
売却する回数、起業の回数が増えるにつれて、自分のやりたいことが実現しやすくなり、その実現の精度は上がる。
信頼して任せられるメンバーには事欠かない。素晴らしい仕事をする取引先も知っている。
そうなると、事業を伸ばす本質的な部分にリソースを集中投下できるようになる。いろいろな意味で楽ができるのだ。
この「楽ができる」感覚はなかなか口で説明してわかるものではないかもしれない。しかし会社を6回売却してきた僕は、この点を身にしみて感じている。
会社経営は「強くてニューゲーム」に限る。

※今回の記事は正田氏へのインタビューをもとに、ライター側で編集を加えたものとなります。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

正田 圭(まさだ・けい) 1986年奈良県出身。15歳でインターネット関連事業会社を起業。インターネット事業を売却後、M&Aサービスを展開。事業再生の計画策定や企業価値評価業務に従事。2011年にTIGALA株式会社設立、代表取締役就任。テクノロジーを用いてストラクチャードファイナンスや企業グループ内再編等の投資銀行サービスを提供。著書に『ファイナンスこそが最強の意思決定術である』『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい』『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』(いずれもCCCメディアハウス)がある。