起業をするうえでのポイント、起業して会社を成長させるための経営のルールについて正田氏に話していただいた。
<連続起業家シリーズ>の最終回となる今回は、いざ成長させた会社を売るときの考え方について話していただきながら、
連続起業家としての生き方を正田氏が提唱する理由に迫る。
【連続起業家シリーズ バックナンバー】
#1:連続起業家のすすめ ― シリアルアントレプレナーとは何者か?
#2:会社を売って旅に出よう ― 起業家なんて誰でもなれる
#3:起業のリスクはほとんどが考え過ぎ ― 事業をはじめるリスクについて考えてみる
#4:事業計画と資金調達のルール ― 教科書に載っていないTips
#5:経営者が必ず間違える創業期の人材採用 ― スタートアップにはスタートアップの採用を
#6:サクッと起業してサクッと売却する ― 人生に「シリアルアントレプレナー」という選択を
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会社売却は成長曲線の「角度」で判断する
これまで5回に渡り、シリアルアントレプレナーについて話してきた。
最終回となる今回は、いよいよ会社売却、バイアウトイグジットについて話をしたいと思う。
そもそも、会社を売ったらいいタイミングはいつなのだろうか。
これは、経営者の数だけ持論があるかとは思うが、
僕がいつも基準としているのは
「企業価値を向上させる踊り場に差し掛かった」と思うときである。
企業の成長度合を表す放物線を描くとしよう。
はじめはやるべきことが多く、その方向性さえ間違っていかければ、
会社の業績は急速に伸びていく。成長曲線は急な角度を描くだろう。
ただそれは長期間は続かない。多くの場合その後の成長は鈍化する。
つまり成長曲線の角度は小さく、ゆるやかになっていき、踊り場に差し掛かる。
創業当初は売上倍増を達成するのに1年しかかからなかったが、
会社がある程度まで成長し切ってしまうと売上を2倍にするのに3年かかる。
たとえるなら、そんな状態である。
そうなると次の成長フェーズが訪れるまでには長い時間を要する。
業績はゆるやかに上がっているが、その上昇速度は決して速くないという意味だ。
そういうときこそが、まさに「売り時」だ。
このゆるやかな成長曲線に乗っているうちに会社を売却し、
また急な成長曲線を描ける別のビジネスにシフトする。
そのほうがトータルで見たときに「成功する確率」が高い。
持ち続けて成長する保証はどこにもない
僕の経験だと、新たな「成長性が見込めるビジネス」が見つかるまでに必要な時間はだいたい2年だ。
2年もあれば次にやってみたいことは見つかる。
それまでは会社の売却益で旅に出るなり、勉強するなりして、次の手をじっくり考えればいい。
ところが会社を売った後、それまであった収入を失うのが不安で、
せっかく売れる会社をつくったのに売る決断ができない人、
買い手がいるのに売るのを渋る人は少なくない。
これは自分の会社に愛着があるというよりも、ゆるやかではあっても成長を続けている会社にいて役員報酬が定期的にもらえる「コンフォートゾーン」から出るのが怖いだけだったりする。
けれど、そういう人たちを見るたび僕は思う。
成長曲線が鈍くなった会社を持ち続けてその後も事業が拡大する保証はどこにもない。
どんな状態であろうと、「人生これで安泰」ということはないと断言しよう。
6度の売却によって数十億の利益を得た僕でさえ、新たな事業を始めるときは怖い。
人間誰しもそんなものだ。
「短期間でバリューアップできる局面がなくなってきたら売り時」
そう考えて売却と新たな起業のサイクルを繰り返し、起業家人生を満喫することを僕はおすすめしたい。
売り先は自分で見つけたほうがいい
売り先を見つけるとき、自分で見つけるか、人に探してもらうかという問題がある。
僕としては極力、自分自身が交渉の窓口となって売った方がいいと思っている。
自分の会社のことは自分が一番よくわかっているからだ。
僕が売るときは自分だけで探すのではなく、念のために仲介会社にも声をかけておく。
しかし、彼らが僕より早く買い手を見つけてきたことは未だかつてない。
買い手はだいたいが同業他社か、同業他社との取引がある業種である。
まったく無関係の業種が買い手になることはほとんどない。
そのため、売り先は自分でも何となく予想がつく。
業界に知識のある自分が売り先を探したほうが、最適なところを見つけられる。
業種によってはすぐに売り先が見つかることもあるだろう。
とくに飲食店は売りやすい。次なる出店先を探している経営者は多いし、仲間内の交流会などで情報を流すとわりとすぐに買い手が見つかる。
銀行が主宰する交流会で話をするのもいいだろう。M&A関連のネットワークを持っている人物が主宰する会に参加する手もある。
それでも自分で売り先を探さず、仲介会社に頼んだほうがいい場合もある。それはテクニカルな知識が求められるときだ。
たとえば、契約書の見直しにあたり、複雑な交渉が必要な場合。
あるいは、百人単位で存在する株主の意見をまとめるために株主総会などの手続きが必要な場合などである。
要するに一歩間違えたら訴訟問題へと発展してしまうようなリスクを負っているときに仲介会社に頼むと覚えておくといい。
理想的なのは売るまでのあいだに小さな疑問や問題が発生した時点で仲介会社を頼り、
売りやすい会社に整えていくことだ。
そのほうが軌道修正もしやすいし、仲介会社に頼む費用を抑えることができる。
売り先を探していると、こちらの希望に添わない買い手が現れることがある。
こうした場合に足元を見られて安くで売ってしまってはならない。
意に沿わない条件にはっきりノーと言えるためにも、会社を黒字にしておくのは絶対条件だ。
黒字なら焦って売る必要はまったくない。自分の条件に見合うところが現れるまで待とう。
あなたがいなくなっても、誰もなにも思わない
「会社を売って旅に出よう」という話をすると、売却を前提に起業したことを他の役員や従業員に言ったほうがいいのか、その場合何と言うべきか? という質問をときどき受ける。
会社を売るという話をすると、後に残される従業員のことを考えるという経営者は多い。
「自分たちを見捨てて会社を売るなんて」
と彼らから後ろ指をさされるのではないか、はたまた経営者が変わった途端に従業員が解雇されるのではないかと心配する経営者もいる。
僕から言わせれば、会社を売ろうと考えて起業したのだから、そんなことを気にするほうがおかしい。すべての人にいい顔をしようと思うのがそもそもの間違いだ。
ここで、残酷な事実を一つお伝えすると、自分の報酬や立場が変わらないかぎり、
従業員のほとんどはオーナーが変わることをそれほど気にしない。
もちろん、売却の事実を知ると最初はうろたえるかもしれない。
退任までの間創業経営者を惜しむかもしれない。
けれど、拍子抜けするほど、彼らはスムーズにいつもの日常へと戻っていく。
経営者が思うより、従業員はビジネスライクに考えている。
みんな自分の人生を忙しく生きるのに必死で、前のオーナーのことなんて考えていない。
売却後は新しいオーナーとの関係構築に勤しむことだろう。
さらに、買い手が元の従業員にとんでもない仕打ちをするのではと考えるに至っては、想像力がたくましすぎると言わざるを得ない。
買った会社の従業員にごっそりと辞められてしまっては事業が立ち行かなくなり買い手が大損するわけだから、ふつうはおかしなことはしない。買い手が合併後に元の従業員を解雇したり、給料を不当に下げたりすることはほぼないと思っていい。
買い手は売り手側ときちんとコミュニケーションをとって、自分が買ったものが値段以上の価値になるよう努力する。ゆえに、そのあたりは心配する必要はないというのが僕の考えだ。
短期でのM&Aイグジット事例
ここで、短期でのM&Aイグジットの事例を見ていこう。いずれも創業から売却までが長くて2年で、20代〜40代の若手起業家による事例を集めた。あなたの起業、会社売却の参考にしてほしい。
① 株式会社ブイエスバイアス(イグジットまでの期間7ヶ月)
ブイエスバイアスは2015年11月、当時、関西学院大学4年生だった留田紫雲氏が創業した学生ベンチャーである。「テクノロジーを用いた“空間価値の最大化”」をビジョンに、複数の民泊予約仲介サイトの物件管理業務を一元化するウェブサービスなどを展開している。2016年7月、株式会社メタップスに事業を売却(売却価格は不明)し、創業からわずか7カ月でのM&Aイグジットは大きな話題となった。メタップス側からは民泊事業における実績、「市場・環境を高精度で分析し、最善の選択ができる」留田氏自身が評価され、現在も同社社長としてブイエスバイアスの経営に従事している。
留田氏は起業した後も、他の学生と同じように就職活動も体験してみるなど好奇心旺盛な人物だ。そうした経験も踏まえた上であえて起業を選択している。メタップス側からの評価理由からもわかるように、この事例は成長性のある事業の買収のみならず、留田氏を採用する意味合いが強い。M&Aの目的は事業を買収して競合優位性を獲得するだけではない。優れた人材の採用にも一役買っているのだ。
新卒一人の採用コストは約百万円といわれる。ポテンシャルが未知数でレベルにばらつきもある新卒を百人採用してもかかるコストは1億円、若く優れた起業家一人を見込みのある事業ごと買収しても1億円だとしたら、後者を採りたくなる企業の気持ちもわかる気がする。
② 株式会社Candle(イグジットまでの期間2年6ヶ月)
Candleは2014年4月に当時東京大学の学生で20歳の金靖征氏が創業した。東京大学企業団体TNKに所属し、同団体のメンバーとともに立ち上げた。
ファッションコーディネートアプリ「Moode」をリリースした後、複数のエンジェル投資家(企業間もないベンチャー企業に出資する個人投資家)から資金調達してキュレーションメディア「Topicks」をスタートさせた。
2015年には独立系VCのインキュベイトファンドが主宰する起業家・投資家の経営合宿「Incubete Camp」に出場し、これを機に複数のVCからの資金調達を実現。その後、「Topicks」を「MARBLE」に改称し、ファッション、メイク、美容などオシャレな女性向けのキュレーションメディアとして人気を博す。
同社は当初IPOを目指していたが、大手のリソースを使って事業に集中したいとM&Aに路線を変更し、2016年10月にクルーズ株式会社に総額12億5000万円で事業売却した。金氏は現在もキャンドルの代表取締役CEOを務めている。③ シンクランチ株式会社(イグジットまでの期間1年4ヶ月)
シンクランチはグーグルの日本法人に勤務していた福山誠氏と上村康太氏が2011年8月に創業した。
立ち上げ直後にKDDIが主宰するスタートアップ支援制度「KDDI∞Labo」の第1期参加企業に選出され、資金調達を実現。フェイスブック上でランチの相手をマッチングし、異業種交流を深める「ソーシャルランチ」のサービスを2011年10月にスタートさせた。事業は順調に拡大し、会員数は6万人を超えた。
2012年12月、福山氏が学生時代にアルバイトをしていた株式会社ディー・エヌ・エーの元社員で、株式会社Donuts社長の西村啓成氏から買収の打診があったのを機に、創業からわずか1年4カ月での売却となった。
現在、福山氏はDonuts社長室室長を務め、ソーシャルランチのリニューアルを図りながら事業を拡大している。上村氏はDonutsのヒューマンリソース部長を務めた後、グロービス・キャピタル・パートナーズのメンバーとしてベンチャー企業への投資・支援事業に従事している。④ 株式会社ペロリ(2年2ヶ月) iemo株式会社(9ヶ月)
ペロリは2012年8月に中川綾太郎氏が創業したインターネットメディア事業をおこなう会社である。シード期にEastVenturesやanriから出資を受けて起業し、ファッションや美容に関する情報を扱う女性向けキュレーションプラットフォーム「MERY」の開発・運営をおこなってきた。中川氏は2014年から投資家集団、TOKYO FOUNDERS FUNDのメンバーとして投資家としても活動している。
iemoは2013年12月に村田マリ氏が創業した住まいやインテリアのキュレーションプラットフォームを運営する会社である。2014年4月にはB Dush Venturesから資金調達に成功している。村田氏は大学卒業後、サイバーエージェントを経て、2005年に自身初の起業となるコントロールプラス社を設立。2012年にはソーシャルゲーム事業をgumiに2億円弱で売却した経験をもつ。
両社は2014年10月に株式会社ディー・エヌ・エーに事業を売却、ディー・エヌ・エーの完全子会社となった。ペロリは創業から2年2カ月、iemoは9カ月でのスピード売却だった。正式な売却価格は明らかにされていないが、両社合わせて約50億円といわれている。
中川氏は売却後もペロリの代表取締役社長を務め、村田マリ氏もiemoの代表取締役CEOを務めるとともに、ディー・エヌ・エーの執行役員におさまった。
2015年には「MERY」の月間アクティブユーザーは2000万人を突破し、2016年には雑誌版『MERY』を発行・完売するなど事業は順調に進んでいたかに見えたが、親会社のディー・エヌ・エーが運営する複数のキュレーションサイトで写真や原稿の盗用が発覚。MERYも同様であることがわかり、全記事非公開、サイト閉鎖の事態に追い込まれた。中川氏、村田氏ともに現在は役職を辞任している。
これらの事例からもわかるように、起業すると誰しもさまざまな現実に突き当たる。
輝かしい成功もあれば失敗も経験する。
資金調達が思ったよりも難しかったり、自分の知識と経験のなさを痛感したり、社内外の人間関係に疲れたり。勢いよく事業を始めてはみたものの、今後の働き方をあらためて考えることにもなるかもしれない。
しかし、こうしたエキサイティングな人生を他人の敷いたレールの上を歩くだけでは味わうのは不可能だ。
起業して会社を売却する生き方は、学校を卒業したら周りの大多数と同じように就職して、新卒で入社する生き方とは根本的に違う。主体的に頭を使い、進むも退くもすべて自分で状況を見極めながら決断しなければならない。
起業家はおもしろい反面、厳しい生き方でもある。
これ以上自分で事業を伸ばしていくのが難しいと思えば、大手の傘下に入り子会社の役員として、また一社員としてやっていくのもアリだろう。
また主体的に動くことの楽しさを知って、引き続き会社経営をやっていきたい、少しピボットして分野を変えてみたいと考える人もいるかもしれない。投資家側でベンチャー企業を支援する仕事をしたいと気づくかもしれない。
いずれにせよ、会社を立ち上げて一定期間回してみることで、あなたは自分の人生や生き方と真剣に向き合わざるを得なくなる。嫌でも主体的に働くか、働かないかを選択するのは自分自身だったのだと気づくだろう。
サクッと起業してサクッと売却する 〜起業に「崇高な理念」などいらない〜
起業すると、「どうして起業しようと思ったの?」と聞かれる。
聞いた人はここで立派な答えが返ってくることを期待しているのだろう。
「お金儲けをしたいから」なんていったらがっかりされ、総すかんを食らいそうだ。
しかし正直なところ、「崇高な理念」など起業には不要だと僕は思っている。
世間体がいいのは、「この不条理に満ちた世界をわが社のプロダクトで変える!」
というような社会変革、社会貢献の姿勢を経営者が打ち出すことなのだろう。
メディアで取り上げられる会社も、往々にしてこうした理想を掲げて事業をしているところが多い。
もちろん、世界をいい方向に変えるのは結構なことだし、
本気でそれを信じて事業を伸ばしていこうとする人のことも素晴らしいと思う。
ただ、会社経営は理念だけでは成果は出せない。
会社を成り立たせようと思ったら、市場に対して適切なサービスを提供しなければ利益は出ない、利益が出なければ社会変革どころではないだろう。
一番大事なのは、お客様に支持してもらえるものをつくれるかどうか。
ここさえ外さなければ、起業に崇高な理念なんかなくてもいいと僕は思う。
先の記事でも書いたように、起業に画期的なアイデアも必要なく、最初は真似でいい。
うまくいっている他社の真似をしながら事業を立ち上げる。
その事業を数年かけて必死で伸ばしていくなかで、あるいは2回、3回と起業と売却を繰り返すなかで、業界の問題点を見つけ、それを解決するやり方や自分の使命を見出していくほうがよっぽど自然で、しっくりくる。
たとえばあなたがベンチャー企業を立ち上げ、ヘッドハンティング会社から人を採用したとする。何社か利用してみて、ヘッドハンティング業界の矛盾や問題点に気づいたとしよう。
その後、自分の会社を売って、今度は自分の理想とする人材紹介業を始めた人がいたなら、僕はこの人に共感するし、応援したいと思う。
実際に動いてみるなかで自分の進むべき方向性を見出すほうが、崇高な理念を掲げるよりよっぽど健全だと思うからだ。
一度も起業したことがなく、業界にも無知な人が「この世界を変える!」と気勢を上げても胡散臭いだけだ。
リクルートスーツを着た学生が、働いた経験もないのに「私の思う商社の役割とは」と大手商社の面接官に向かって言うのと対して変わりがない。
起業の動機を聞きたがる人は多いが、僕はそれも必要ないと思っている。
あえて挙げるとすれば「お金を儲けたかったから」「起業家って格好いいと思うから」「この事業をやってみたいと思ったから」でいい。
プロの野球選手になりたいと言う子どもに「なぜサッカーでもボクシングでもなく、野球なのか」と問い詰める人はいないではないか。
「イチローが格好いいから」それでいいのだ。
これと同じで、起業もシンプルな動機で気負わず始めていいと思う。
しかし日本の空気は起業家にそれを許さない。
殊、お金の絡むことになると「金儲けのために会社を興すなんて」と感情的になって非難する人までいる。
お金は悪いものではない。
あなたの人生の選択肢を広げてくれる、便利な道具なのだから、たくさん持っていたほうがいい。
人はもっとお金のために起業してもいいのではないだろうか。
起業の理由を問い詰めるような空気が薄れれば、起業して会社を売る文化も広がるかもしれない。
こうした文化が広がれば、自分の人生を能動的にコントロールし、人生100年をめいいっぱい楽しむ人が増えるだろう。
起業に一般的な正解などない。あなたがやってみたいことのために起業する。
それが正解なのだ。
さあ、会社を売って旅に出よう。
※今回の記事は正田氏へのインタビューをもとに、ライター側で編集を加えたものとなります。
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