CFOが教えるデットファイナンスだけじゃない銀行の有効活用法

CFOが教えるデットファイナンスだけじゃない銀行の有効活用法
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会社を設立するという行為は、やはり特別なものだ。
特に、最初に株式会社を設立した時のことであれば、何年経っても忘れないという経営者がほとんどだろう。
私自身、初夏の刺すような日差しの下、ネットで見つけた格安司法書士の粗末な事務所に足を運び、会社の登記申請を依頼した日のことを昨日のように覚えている。
そして登記簿が上がってきて、登録したばかりの印鑑証明を受け取ると、なぜかそれだけで立派な社長になったような気がした。さて、登記簿が上がれば早速しなければならないことがある。それは銀行口座を開設することだ。
ところで会社を立ち上げる時、あるいは既に会社を経営していても同様だが、付き合う銀行はどこでも良いのだろうか。確かに銀行は、ネットバンキングの維持費用や各種手数料、ATMや支店の数などに差はあるものの、基本的にサービスに大差はないように思える。
そのため、決済機能として使うだけであれば、どこでも良いというのが、普通の経営者の考え方だろう。話は私が初めて法人を設立した時のことだ。
大阪市内の中心部でオフィスを借りて事業を始めた時、周辺には全ての都市銀行とある程度の地方銀行が固まっていたので、どこの銀行に法人口座を開設しようかと考えた時、迷わずに一番近くにある、一番大きな都市銀行に足を運んだ。
オフィス街の中心にある大きな店舗で、窓口はとても多くのお客さんでごった返していた。

そんな中、私は自分の順番が来ると、窓口に来店の趣旨を伝える。
すぐに書類を書いて手続きができると思っていた私は、既に法人印や登記簿謄本も机の上に出し、早く事務的な作業を終わらせて仕事に戻りたいとややイラついていたかもしれない。
しかし窓口の若い女性は、会社名と設立時期、その他私自身のことや事業内容を口頭で聞くばかりで、一向に必要書類を出さない。
私は会社名を伝え、設立からまだ10日ほどしか経っておらず、やっと登記簿が上がってきたのでその足で来店したという意味のことを伝えた。

すると女性行員はそのまま上席の下に行き、二人でこちらをチラチラ見ながら何かを話し始めた。明らかに良い空気ではない。
やがて女性は私のもとに来るとこのように告げた。

「会社のWebサイトはお持ちですか?」
「いえ、コマースサイトとして作り込む必要があるので今、準備中ですが」
「では、会社のパンフレットはありますか?」
「ペラ一のこんなもので良ければありますが」

そう言うと私は、会社の所在地や自分の略歴、事業内容などを記したA4の紙を手渡す。
すると女性は再び上席の下に戻り、今度はものの数十秒で私のもとに戻り、以下のように切り出した。

「事業の内容を確認する方法がなく、判断ができかねるためWebサイトが出来上がってから改めて起こしください。」

いまいち納得のいっていない顔をしている私に、売上と顧客を確保し、形ができあがってからでないと、法人口座を作ることはできないというようなことを説明された。
その顧客を作るために必要な銀行口座であったが、早い話が「飛び込みで与信のない客は身の程をわきまえろ」という強烈なメッセージである。

しかしこれは、今から考えれば当たり前のことであり、私が余りにも世間知らずだった。
私が飛び込みで法人口座開設をお願いしに行ったのは最大手の都銀であり、しかも都市部の大型店舗だ。
法人も個人も、規模の大きなものがメインであり、立ち上げたばかりの、1年後には消えてなくなっている可能性が極めて高い法人口座開設なぞ手間でしか無かっただろう。
むしろ私が窓口にいる、その1分1秒すら時間のムダと、向こうこそイラついて感じていたかもしれない。

結局の所、私は自分がCFOをしていた頃に給与受取口座にし、クレカを含む全ての与信を積んでいた都銀下位の支店に足を運んだ。
オフィスから遠く、非常に不便だったが、法人口座の開設というものに都銀がどれほど冷たいのかを思い知らされたので、馴染みの担当者がいる銀行と支店を選んだということだ。
こちらはその場で口座開設に応じてくれ、やっと事業を開始できる形ができあがったのだが、「口座開設拒否」を経験した後だっただけに、ただそれだけの事が本当に嬉しかった。
会社を立ち上げると、取引をしてもらうどころか銀行に口座を開設してもらう信用すら無いという現実を思い知り、以来一度も浮気せずにその銀行をメインバンクにしている。

銀行には大きく都銀、地銀、信金・信組と言った区分がある。
現状を維持しながら小さな事業を回していこうと考えている中小零細企業であれば、正直これら銀行のどこと付き合ってもいても、それほど大きな差は無いだろう。
だが、将来IPOを目指すような、あるいはより会社を大きくしていくような考えがある野心的なベンチャー企業経営者であれば、これら3区分の銀行の活用方法は必ず知っておく必要があり、時には浮気をしてでも、自社のステージに応じた選択をしていく必要がある。
また都銀や地銀とひとくくりに言っても、大手とその系列には明確なカラーの差があり、この違いも必ず知っておかなければならないだろう。
それは、デットファイナンスという意味だけはない。
むしろ、ファイナンスを引き出した後に、銀行というリソースからどれだけ、成長のためのツールを引き出すかと言うことも含めてだ。
そんなことを、20年以上のCFOとCEO経験を通して多くのことを学んだが、知っていると知らないとではずいぶんと選択肢に違いがあったことばかりであった。

銀行という存在は、自社のステージに応じて使い分けることで、場合によってはIPOまでも付き合ってくれる強力な同伴者になってくれるだろう。
また状況によってはプロパーでの借り入れでも支援してくれる一方で、また時には無情にも突然融資を引き上げることもある。

だからこそ、この融資についての姿勢も、経営者のスタイルと会社の成長ストーリーを強く意識して、銀行を選ぶ必要がある。
例えば都銀の中で、一番に融資を検討し、実際に通してくれるのは緑色の銀行だ。
少し勢いがある売上を積み、一定の与信を確保していると、驚くほど簡単に融資を通してくれる。
ただしここは、会社の状況が傾くとその倍の速さで、取引を切りにかかってくる。
現預金をストックしていた口座を何の予告もなく一瞬で凍結し、迷いなく会社に留めを刺しに来るスリリングな人たちだ。
会社の成長に絶対の自信があり、資金需要旺盛な経営者には向いているかもしれない。

対して紫色の銀行はとても上品だ。
地銀や信金などでの借り入れと返済の実績があり、業歴のある会社であれば、常識的な範囲で十分な支援をしてくれる。
堅実でステップバイステップな経営者であれば肌に合うだろう。

中でもやはり、経営者の意志をもっとも尊重しながら、銀行らしい少し引いたところからの気が利いた支援を一番期待できるのは、赤い銀行だろうか。
詳細な事例を挙げればキリがないが、結局のところこのように、銀行のカラーは千差万別で、経営者のカラーに応じて使い分けることが大事だ。
さらに自社のステージに応じて、支援を期待できる範囲も意識すると、なるべく早いうちにもっとも関係を深めたい銀行を意識して、その準備をしておきたい。

ではそれら銀行ごとの違いと、何を意識してどのような準備をする必要があるのか。
本稿ではそのような内容について、

  • ・地銀・信金信組との付き合い方
  • ・都銀との付き合い方
  • ・上場を視野に入れたベンチャー企業にとっての銀行活用法

といったテーマでお話していきたい。
なおここでは、「誰でもできる」というような便利なテクニック論をお話する意志はない。
銀行の利益を理解することができれば、銀行も必ず企業に対し利益をもたらしてくれる存在になってくれること。
そういった価値観を根本においての実質的な話になると思われるが、どうかご容赦願いたい。

INDEX
地銀・信金信組との付き合い方
都銀との付き合い方
上場を視野に入れたベンチャー企業にとっての銀行活用法

地銀・信金信組との付き合い方

さて、中小零細はもちろん、スタートアップの頃であればもっともお世話になるのが地銀や信金・信組だ。
特に起業当初、国金(日本政策金融公庫)の融資を受ける際には必ず受け皿として指定したい銀行だが、その理由は後述する。

会社を設立した際には必ず口座を作っておきたいこれら地銀や信金・信組だが、よほどおかしな事業内容や、あるいはバーチャルオフィスなどで所在地が確認できない等の理由がない限り、口座開設は問題なく応じてくれるだろう。

その上で、地銀や信金・信組と付き合う上で、お互いの利益を共有するためにはどのようなことに気を配れば良いのか。
それを以下の3つの点からお話してみたい。

  1. 融資は全面的に任せる
  2. 地銀や信金信組には常に見られていることを意識する
  3. 小規模M&Aという使い方

1.融資は全面的に任せる

さて、地銀や信金のもっとも便利な使い方であり、銀行にとっても本業の一つと言える融資についてだ。
安定した顧客に恵まれているため銀行借入は一切必要ないと考えている経営者もいるかもしれないが、売掛金には「まさか」があるものだ。
何らかの理由でまとまった額の入金が遅延した際、最悪の場合は自社の資金繰りまでショートし、致命的なレベルで与信に傷を負うことがある。
このような事にならないためにも、地銀や信金とは常に付き合いを深め借入と返済の実績を作っておき、いつでも緊急的な資金を引き出せるようにしておきたい。
それは会社の業績が安定しているかどうかは関係なく、僅かな利息を支払うことで手当ができる保険を掛けておくという考え方と言い換えても良いだろう。

その最初の付き合いに際しては、国金(日本政策金融公庫)からの融資の受け皿にすると、お互いに利益が大きい。
メインで付き合っていくと決めた地銀を受け皿にすることで、担当者と支店には自社に存在が認識される上に、国金の融資を通っていることで大きな与信を確保できる。
銀行にとっては全くのノーリスクで、当社の事業内容や資金繰りもシェアされる上に、その内容によっては自行の顧客候補になるのだからメリットは大きい。

やがて国金での返済にめどがつき与信を重ねると、地銀担当者は保証協会融資の面倒を見てくれるようになる。
信用保証協会とは、与信力の低い中小企業でも銀行から借入を行えるように、一定の信用保証料を徴収した上で、その保証人になって融資を通しやすくしてくれる存在だ。
そしてその与信枠は、会社の規模や実績などに応じて細かく定められているのだが、銀行と取り引きのない会社経営者ではその手続も与信枠も、融資の実際のところもなかなか知ることができない。
しかし地銀や信金と取り引きを重ねていくと、担当者が与信枠を意識した上で、自社に必要な資金需要をオファーしてくれるようになる。
そして与信枠の合計はどれくらいあるのか、次に借入可能な時期と額はどれくらいなのかといった大まかな情報も提供してくれるようになるので、成長のための資金需要が旺盛な企業であれば、とてもありがたい存在になる。
なおこの信用保証協会融資だが、自分で協会に行き申し込み、その上で受け皿になる銀行を指定するというルートも可能だ。
だが、書類の書き方や担当者とのやり取り、与信調査対応などに際しては一から自分でやらねばならず、その時間と手間は経営者本来の仕事を考える上では非常にムダな時間になる。
一方で地銀や信金の担当者が「通せると思います」と持ち込んできた場合であれば、ほぼ間違いなく融資を通してくれると期待してよい。
プロパーではなく、万が一の際にも銀行にはほとんどダメージがない融資なので、積極的に活用したい融資だからだ。

そしてこのように与信を重ねていくと、銀行によっては当貸(当座貸越)という融資枠を付けてくれることもある。
これは、いざという時には一切の手間いらずで、予め受けた与信枠の範囲で、銀行からいつでもお金を借りられる形の融資だ。
万が一の資金需要を考えると、これほどに便利な「ポケット」はない上に、使わなければ利息も掛からないので良いこと尽くめになる。

地銀には常に小さな実績を積み上げ、成長資金の出し手としても、万が一のリスクヘッジとしても活用できるように信用を確保しておくこと。
会社にも銀行にも、双方にメリットがあるこのような付き合いを是非、小さな規模のうちには心掛けてほしい。

2.地銀や信金信組には常に見られていることを意識する

さて、このような銀行取引だが、銀行には無条件で与信が積み上がり、いつでも融資してくれるようになるのだろうか。
結論から言うと、もちろんそんなことはありえない。
というのも、銀行は資金の流れや取引先、資金使途や経営者個人のお金の使い方と言ったものも含めて、全てを見た上で、企業との付き合い方を決めているからだ。
逆に言うと、会社側は銀行に対して余り情報を見せたくないというような取引をすると、銀行側もそれに応じた扱いになるだけと言うことである。

実際に銀行が、取引先の会社や経営者個人の資金の流れなど見ているわけがないと思われるかもしれない。
特に中小零細であれば、自社のことなど気にも掛けていないと思うのが自然な考え方だ。
しかし地銀クラスであれば、担当者はもちろん、どのような形であれ融資で取引のある会社であれば、支店長を含めて自社のことを詳細に見ていると考えて間違いないだろう。

ある地銀上位で、大手の法人ばかりを相手にする大店に口座を持ち取り引きをしていたことがあるが、たまに「挨拶」で来社する支店長との会話は常に全てを見透かしているものだった。
「振込の社内手続き、少しザルになっていませんか」
などという指摘はいつものことであり、時には経営トップの個人口座に関する資金移動まで話題に出すこともある。

支店長クラスはどれくらいの数字にまで目を通しているのか興味を持ち、本当のところを聞いてみた際に、
個人法人を問わず、50万円以上の入出金は全ての口座で毎日チェックしていると言われたときにはさすがに驚いた。
しかしだからこそ、個人の給与や預金の状況などを含めて、メインで付き合いたい地銀には全てをオープンにしておく価値がある。
お金の流し方・貯め方には経営者の性格や考え方がまともに現れるので、それを上手に見せることで、地銀クラスはいくらでも味方につけることができるということだ。
見られていることを知りながらそんなことは気がついてないふりで、見られている前提でお金を回す。
ぜひそんなことを、心掛けて欲しい。

3.小規模M&Aという使い方

少し会社の規模が大きくなってくると、小規模なM&Aを通して、自社に足りない要素をお金で買い、時間を節約しながら組織を強化するという選択肢が現実のものになってくる。
この際にも、やはり都銀クラスよりも地銀クラスの方が圧倒的に力になってくれることが多い。
特に団塊の世代が現役を引退する時代になってからは、中小企業は廃業が続いており、その理由のほとんどは後継者がいないことである。
しかし地銀も、後継者がいないと言うだけで優良な取引先をみすみす失いたくないという思いがあり、またこのような会社の経営者も、後継者がいないと言うだけで廃業するのも惜しいと思っている事が多い。

このような時代の要請もあって、2000年代に入ってから20年近くもの間、いわゆるスモールM&Aと呼ばれる小規模な事業や会社の買収・売却の件数は右肩上がりだ。
私自身、後継者がいない中小企業を買収した経験もあれば、自社で役割を終えた事業を分社化して売却したこともあるが、これほどまでに街の中小零細やベンチャー企業にとってもM&Aは身近なものになりつつある。

そしてその仲介を担う主要なプレイヤーの一つが地銀であるということだ。
地銀は地域の優良企業に通じているだけでなく、その中で事業を売却したいと考えている経営者の意向も極めて詳細に把握している。
そして若く勢いのある経営者にその会社を引き継いで貰えれば、買収費用を貸し付けることができ、さらに優良企業は存続が担保され、法人としての取り引きも継続。
その上、会社を売却し引退した経営者からは、まとまった預金を確保できるので、あらゆる方向で利益になる。
地銀にとって小規模M&Aの仲介は、良いこと尽くめの施策であることがおわかり頂けるだろう。
そして成長意欲の旺盛な経営者であれば、両者の利益と思惑は一致し、一度でも良い仲介実績を作ることができれば、銀行は次々に優良企業の買収話を持ち込んでくるようになる。

地銀には、このような形での非常に有効な活用方法もあるので、ぜひ付き合いを深めながら、特別な選択肢の一つとして意識をして欲しい。

都銀との付き合い方

さて、小規模M&Aまで取り組むくらいの会社規模になってくると、或いは地銀クラスのネットワークではやや力不足を感じることが出始めるかもしれない。
というのも、地銀はその地域を深掘りする分には都銀には太刀打ちできない力を発揮するが、逆に言うとその地域にないものや企業であれば、地銀の協力を得ることは難しいからだ。

それが地銀の良いところであり限界でもあるのだが、いずれにせよどこかの段階で、都銀にも窓口を広げ始める必要が出始める。
とはいえやはり、都銀クラスであればプロパー融資を引き出すことなど容易ではない。
そのため、最初の付き合いは保証協会融資の受け皿になってもらい、与信を重ねていくところから、ということになるだろう。
このあたりは地銀の場合と同じだが、ただ地銀の担当者と支店長には筋を通し、都銀と付き合うメリットを享受したいので、保証協会の融資枠を一部都銀でも使いたいと挨拶をしておくことは、今後の協力を得る上でも欠かさないで欲しい。

その上で、中小零細やベンチャー企業にとって、都銀に付き合いを広げるメリットはどんなことがあるのだろうか。
細かく挙げていけばキリがないが、ここでは以下の3つに絞った上で、その付き合い方と活用方法を考えてもらいたい。

  1. 都道府県の枠を越えた取引先の仲介
  2. 会社の成長に応じたリソースの活用
  3. 融資規模の大きさと資金使途に応じたパートナーの紹介

1.都道府県の枠を越えた取引先の仲介

どれほど地銀のネットワークが頼りになっても、やはり大阪にいれば東京に本社をもつ多くの企業とはどうしても繋がりが無いか、あっても希薄だ。
逆に東京にいる場合に、地方企業のノウハウや商品に興味がある場合、メインバンクが同じであれば銀行を通じて仲介を受けられることもある。
濃密な地域の繋がりよりも、数多くの取り引き候補先と会ってみたいという時には、やはり都銀のネットワークが有効になる。

具体的な例でお話してみたい。
かつて自社の中で既に役割を終え、一定の利益は出ていたものの、様々な手間から畳むことを検討していた事業を抱えていたことがある。
売上で言うと年商20億円にも満たない規模であったが、地域ローカルに強みがあることは、時に事業には思いがけない価値を生み出す事があるという事例だ。

例えば大手の外食チェーンや中食を手がける会社で見かけられる例だが、日本という国は本当に食の好みに関し地域差が大きい。
日本人にとってもっとも基礎的な調味料である醤油すら、九州ではたっぷりの砂糖が加えられた甘い醤油が主流だが、四国では塩辛いものが好まれ、関西では濃い口と薄口を併用、関東では濃い口がほとんどを占めるという具合である。
そのため外食産業や中食産業などでは、これまで進出していない地域に新たに出店する時、地場の企業を買収するか提携を結び、その味付けに関するノウハウを学ばせてもらうことがよくある。

同様に、地銀の地域ローカルで買い手がつかない事業でも、逆に遠距離にある同業他社には需要があるのではないか。
そう考えた私は、地銀ではなく都銀のネットワークを利用して買い取り希望先がないか探したことがあるのだが、この思惑が当たり、最終的な事業売却まで漕ぎ着けることに成功した。
この例などは、地銀と都銀のどちらが良いか、という話ではなく、どちらにもしっかりとしたパイプを作り、選択肢を多く持っておくべきという大きな教訓を私に与えてくれた。
仕入先にしても顧客にしても同様だが、狭い地域の中でしか共有されない価値観を越えると、意外なところで意外な需要と供給があり、思わぬ事業の飛躍につながることがある。
この点では、都銀の持つネットワークは大いに活用させて貰えるよう、付き合いを深めておきたい。

2.会社の成長に応じたリソースの提供

会社が大きくなってくると、取扱単価もそれに比例するように大きくなり、そしてリスクも大きくなってくるのが一般的だ。
そうなるとやはり会社も大きくなり、管理部門を含めて組織を強化していく必要がある。

そしてこの際、頼りにしたいのは銀行が手がける、投資部門の存在だ。
とはいえ率直に言って、2000年代前半には、都銀系のVC(ベンチャーキャピタル)は非常に大きな存在感を持っていたが、2010年代に入るとその影響力をほとんど失い、今ではイニシアティブを持って投資をしているところはほとんどなくなってしまった。
しかしその一方で、政策的な投資やファンドへの出資という形で、大手VCに影響力を持ち続けている都銀は今も多く、当然のことながら優良な企業への投資斡旋は、VCだけでなく銀行の利益にもなる。

銀行系VCのファンドから投資を受けられればもちろんだが、その影響力があるVCからの投資でも、もちろんその与信に与える影響はとても大きい。
なおかつ、銀行が融資ではなく投資でも企業と関わりを持つということは、単純な融資と違い回収(イグジット)まで持っていくことが、段違いの難しさになる。
そのため銀行としても肩入れの熱意が変わり、銀行のリソースをこれまで以上に提供してくれることが期待できる。
そして管理部門系の強化が、その企業だけでなく銀行側の利益にも直結することから、必要な人材の斡旋までをも受けられることがあるだろう。
ちなみに私自身、都銀系VCからの紹介でCFOに着任したこともあり、その熱意はかなりのものだ。

今となっては都銀系VCの動きはすっかり鈍くなり、どちらかというと地銀系のVCの方が活発になっているが、それでもまだまだ、取引のあるファンドへの影響力を含めて、期待できることは大きい。
都銀系のネームバリューを活用する上で、知っておく価値のある施策だろう。
ぜひ、まずは知識だけでもそういう事があると、心の片隅にも置いてもらえると幸いだ。

3.融資規模の大きさと資金使途に応じたパートナーの紹介

3つ目のメリットは単純に、融資規模が大きくなると地銀単体では引き受けられなくなるという話だ。
特にものづくりの工場を、土地取得を含めて一から立ち上げようとした場合、地銀単体で融資の面倒を見てもらえるという動きはなかなか期待できない。
またこの規模になると、単純に土地を買い建物を立て設備を購入するというお金の使い方だけでなく、あらゆるものをリースという形での融資を受ける形で、運営する事も選択肢になってくる。
単純な融資であれば与信枠を確保できない場合でも、換金が容易な設備や備品であれば、リースという形にすると非常に融資が通りやすく、銀行目線で言えば通しやすくなるためだ。

銀行からすれば、いざという時には換金できる可能性がある現物担保を抑えているリースなら、融資を通しやすいということである。
そしてこのようなリース会社は、都銀はもちろん地銀でもグループ内に持ち合わせていることが多い。
しかしながら、やはり融資の規模が大きくなるとリースとの組み合わせも含めて、都銀の力に依る所が大きくなる。
ものづくり企業であればもちろん、成長意欲のある経営者であれば、将来的な資金需要を担保するためにも、多様な融資の受け方とその規模を確保できる都銀との付き合い方は、早い段階から考えておく価値があるだろう。

上場を視野に入れたベンチャー企業にとっての銀行活用法

さて会社の将来を考えた場合、IPOをするべきだと考えても、何からその準備を始め、上場に関わるプレイヤーとどこでどのように接点を持つべきなのだろうか。
おそらくほとんどの経営者にとっては、最初はその方策すらわからない、手探りの作業になっていくだろう。
CFOなどの参謀に、IPO経験者や証券会社出身のプロがいれば話は早いが、多くのベンチャー企業経営者にとっては、体制ができてから上場を考えるのではなく、上場を考えてから体制を整えるというのが現実だ。
そのため、これらキープレイヤーとのファーストコンタクトは、経営トップ自ら取り組んで行くことがほとんどだろう。
そしてこのような場合に力を借りたいのは、やはりメインは都銀になるが、都市部の一部地銀でも、必要なプレイヤーの仲介を受ける際には頼りになることが多い。

では上場を視野に入れた企業は、具体的にこれら銀行にどのようなことを期待し、活用することができるのだろうか。
細かく上げればいくつもあるが、ここでは以下のような観点からお話していきたい。

  1. 目指している成長イメージに合った証券会社の仲介
  2. 証券代行の活用
  3. 経営者の考え方に合った監査法人の仲介

1.目指している成長イメージに合った証券会社の仲介

上場を視野に入れた際に、最初に接点を持ちたいのはやはり証券会社だ。
しかし証券会社は、銀行以上にそのカラーと対応可能な能力、そして上場時の株価の付き方から上場後の株価形成まで、会社ごとに大きく異なる現実がある。
一方で、最大手の証券会社にはあらゆることを期待できるが、一方で出口(IPO)を見据えても大した時価総額が期待できない銘柄や会社であれば、ほとんど相手にしてくれないか、相手にしても形ばかりと言うことも多い。
一方で、中小や地場の証券会社は、IPOで大きな役割を果す機会が余りないので積極的に話を聞いてくれるが、やはり主幹事(上場事務をメインで引き受ける証券会社)を務めるだけの能力に乏しく、また仮に主幹事を引き受けるとなっても、監査法人や取引所との調整で苦労する事が多い。
なおかつ、場合によっては証券会社の選択をミスすることで、上場そのものが頓挫する原因にも成りかねず、IPOを考える上でどこの証券会社とメインで付き合うことにするのか。
その選択は非常に大きなものになると考える必要がある。

この際に、大きな判断材料を提供してくれるのはやはり都銀であり、場合によっては地銀の担当者だ。
証券会社にプライベートな友人がいれば、会社ごとに担当可能な能力やキャパシティ、証券業界における立ち位置などを聞くことをお勧めしたいが、もしそういったツテがない場合、複数の銀行から得られる情報を頼りに、最初に付き合いを始めて見る証券会社を選ぶのもよいだろう。
都銀クラスであれば、証券会社の法人部にプライベートを含めて、数名程度の知人友人がいるものなので、仕事を越えた飲み会の席から親交を深めてみるのもアリだ。

なおこの場合、ある一定の時期が来れば「主幹事宣言書」の差し入れを求める証券会社もあるが、法的に差し入れる義務があるものでもなく、それがなければ仕事が進まないというものでもないので、慌てて差し入れる必要はない。
複数の銀行から、あるいは別のルートがあるのであればできるだけ多くの情報源に相談をした上で、自社の立ち位置と考え方にもっともふさわしい証券会社を慎重に選ぶようにして欲しい。

2.証券代行の活用

証券代行との距離の近さという意味では、やはり都銀の、更に言うと最大手の赤い都銀以上の存在はない。
なお証券代行とは、証券会社と名前が似ているが全く別の存在だ。
自社の株主名簿を管理し、その資本移動の正当性を担保する役割を担ってくれる存在であり、IPOを考えたことがない会社であれば、まずほとんど接点を持つことはない。
具体的には、信託銀行に設置されている一部署であり、中でも赤い銀行がほとんどのシェアを握る。
日本における上場企業の株主名簿に関し、そのほとんどを管理し、また上場予備軍のベンチャー企業でも、そのほとんどでエクイティの管理を行う。

そしてこの信託銀行という組織。
率直に言って上場後であれば、言葉を選ばずに言うと会社の経営にとって、それほど大きな意味を持つ存在ではない。
株主総会の運営に関し非常に豊富なノウハウで、滞りのない議事運営を支援してくれるが、それ以上でもそれ以下でもないのが正直なところだ。
しかし未上場企業の場合は少し様相が異なる。
未上場企業における証券代行の役割は、その力を借りようとしなければ本当に何も力になってもらえることなど無い。
株主名簿を一度預けたら、余り頻繁とは言えない株主の異動がある時に限り連絡するだけで、株主総会も未上場であれば、役員会とほぼ同様のメンバーで例年通りに消化するに過ぎない。

しかし、この赤い信託銀行の証券代行の担当者ほど、頼ろうと思えば頼りになる存在はない。
そもそも、信託銀行という組織が上場会社との接点も多く、また一般に特別な顧客との取り引きが多い組織だ。
そしてIPOを考えている会社のCOOやCFOを務めている人物にも非常に幅広いネットワークを持っているので、担当者によっては、IPOを断念しその役割を終えたCOOやCFOにも多くの人脈を持っている事も多い。
証券代行の担当者ほど、頼りにしようと思わなければ全く存在感のないIPOプレイヤーも珍しい。
そして頼ろうと思えば、これほどまでに便利なポケットをたくさん持ち合わせているプレイヤーも他にいないだろう。
もしIPOに向けて準備を進めている時。
どこかの段階で証券代行の担当者が付けば、その担当者のことは徹底的に大事にして、個人的な親交を深めて欲しい。
経営者としてその人物の心を掴むことができれば、これ以上はない強力な応援団になってくれることだろう。

3.経営者の考え方に合った監査法人の仲介

最後に、上場を考える上でもっとも深い付き合いになるのが、会社の財務諸表などが適正に記され、会社の経営を正確に表しているのか。
そのことにお墨付きを与え、いわば「上場免許」を交付してくれることになる監査法人だ。
そしてこの監査法人もそれぞれ、監査に望む姿勢、発行体(企業)に寄り添おうとする考え方、不具合が発見された時の対処など、非常に大きな違いがある。

表向きは、かつてIPOマーケットにおいて不誠実な経営者たちが次々に、様々な不法行為をやらかしたため、監査法人は監査に特化する姿勢が徹底されたことになっている。
そしてそれまで、監査業務の中で兼務していたと言っても良いアドバイザリー業務は別部門に完全に切り離されたのだが、それでもやはり、公認会計士個人が経営者に対し、その経験則から様々なアドバイスを行い、IPOに臨む経営者の応援団になってくれることは珍しくないのが実際だ。

しかし、そんな傾向がある監査法人はどこであり、そのような公認会計士の先生は誰であるのか。
さすがに監査法人に電話をして教えてもらおうと思っても、まず相手にされないし、そもそも監査業務を引き受けてくれることもないだろう。

監査法人を取り巻く法律の運用が厳しくなり、かつてほど、IPOを考えている経営者には優しくない状況が続くが、それでもやはり、丁寧に探せばそのような傾向のあるパートナーを見つけることは決して難しくない。
そしてその中で主要な役割を果たしてくれる存在の一つが、やはり都銀の担当者や顔の広い地銀の本店部署の担当者と言うことになるだろう。
こればかりはあからさまに聞いてもまともに教えてくれないかもしれないが、誠実に会社を経営し、銀行とも丁寧に付き合うことで、自ずと引き合わせをしてもらえることもあるはずだ。
ぜひ、そんな考え方も併せ持ちながら、監査法人選びを進めて欲しい。

都銀や地銀といった銀行の規模にかかわらず、その持っている力は非常に大きく、成長の各段階でデットファイナンス以外にも、大きな力を貸してくれることだろう。
ぜひその力を有効に引き出し、お互いにとって利益になる関係を築いて貰えれば幸いだ。

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1973年生まれ。とある企業の経営者。 大手証券会社からキャリアをスタートし、広告代理店やメーカーなどを経験する。 CEOを2社、CFOを3社ほど経験し、現在はマーケティングと人材開発を主なサービスとした企業を経営している。