エンジニアとしての気概を持ちながらも一歩踏み出し自分を俯瞰する – アソビュー株式会社 取締役執行役員CTO 江部 隼矢氏

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■略歴
千葉県出身。高校からオーストラリアに留学、スインバーン工科大学情報技術学科を卒業した後帰国。フューチャーアーキテクト株式会社に入社する。大企業向けプロジェクトを中心に、サービス・技術共、さまざまな分野での開発に携わる。2012年4月、カタリズム株式会社(現:アソビュー株式会社)にジョイン。取締役CTOに就任、現在に至る。

 

■旧友とのFacebookでの再会がCTOに導く

――そもそも江部さんが、コンピューティングやプログラミングに興味を持つようになったのは、いつ頃からだったのですか。

実家にMacがあったので、幼い頃からコンピュータは身近な存在ではありました。当然、使ってもいましたが、当時はゲームばかり。コンピューティングに本格的に興味を持つようになったのは、オーストラリアに留学していた大学1年生の時です。
実は、大学入学時の私の専攻はマーケティングや会計といったビジネス領域でした。ある日、コンピュータサイエンスを専攻している仲のよい友達が、隣で課題をやっていたんです。プログラミングでした。「こっちの方が面白そう……」と(笑)。そこから専攻も変更。本格的にプログラミングを学び始めます。そうして帰国後は、技術者としてフューチャーアーキテクトに入社しました。

――フューチャーアーキテクトではどのような業務を担当されていて、そこからどんな経緯で転職されたのですか?

前職ではシステムアーキテクチャの開発などを担当していました。大企業向けの業務システム、決済サービス、教育系サービスなど、さまざまなプロジェクトに携わりました。ただSIerの業務は企業向けのプロジェクトが多く、エンドユーザーの反応を直接感じる機会がなかなかありませんでした。そうした中で、「もっとユーザーに近いサービスの開発に携わりたい」と思うようになっていきます。そんなとき、ある再会があったんです。

――御社の創業者であり代表、山野智久氏との出会いですね。

ええ。彼とは中学時代の同級生でして、Facebookを通じて再会しました。既にアソビュー(当時はカタリズム)を創業していた彼は、旅行に関する新しいサービスを開発したいと、私に相談してきました。企画内容を詳しく聞いていくと、私がまさしくやりたかった、toC向けのサービスでした。ただ、フューチャーアーキテクトでの仕事がありましたから、昼間の仕事が終わってから、あるいは休日に手伝うといった程度の関わりでした。それでもサービスは無事ローンチ。けれど、そのサービスはほどなくしてクローズすることになりました。

――何がいけなかったのでしょう。

若かったこともあり、ビジネスとして明確なビジョンや方針が無いままにただ作っただけだったからだと思います。ただ、私たちはそこで諦めませんでした。もう一度チャレンジしました。今度はリリース後の運用やマーケティングなどをビジネス目線できちんと判断し、開発を進めていきました。コンセプトから練り直して運用を続けるのなら、手伝いではなく社内に入ってしっかり向き合おうと考え、アソビューに正式にジョインしました。それが2012年5月のことです。

――フューチャーアーキテクトはマイクロソフトのビル・ゲイツが「買収したい」と高評価し、一時期メディアで話題にもなったほどの企業。ベンチャーへの転職は、不安ではなかったですか?

まったくなかったですね。私は何かに挑戦すること、人と違う道に進むことを好む性格ですから。だから高校2年の時に、オーストラリアにも行きました。もう1つ、仮に失敗したとしてもいくらでもやり直せる、そのように考えられる楽天家でもあります。

■全国各地のレジャー、アクティビティがネットで簡便に検索・予約できる

――その後にローンチされたのが「asoview!(アソビュー)」ですね。現在、大手旅行会社も注目するWEBサービスに成長されています。事業の概要を教えていただけますか。

プラットフォーム事業として、実は2つのサービスを提供しています。1つはtoC向けの「asoview!」、もう1つは、私たちがパートナーと呼んでいるレジャー施設や体験を主催する会社向けの予約・在庫管理システム「satsuki(サツキ)」です。
「asoview!」のコンセプトは、余暇や休日の課題解決を提供することです。「今度の週末は何をしようかな」「まとまった休暇がとれた、どこかに行きたい」。プライベートを充実させるためのサービスを、「asoview!」では提供しています。北海道の釧路湿原に行きカヌーに乗る。沖縄の海でスキューバダイビングを楽しむ。箱根に行って陶芸体験をするなど。様々な体験・遊び約1万5500件をWEB上で紹介しており、日本全国を網羅しているので、例えば隣町でボルダリングを体験したり、日常の食器を手作りしたりなど、遠出をしない休日にも使っていただいています。
利用者は気になる遊びを見つけたら、料金や持ち物、当日の流れなどの詳細を確認できます。予約状況も随時更新していますので、自分たちの行きたい日に空きがあれば、そのまま予約することが可能です。

――「satsuki」については一般消費者にはあまり知られていないですね。こちらについても教えていただけますか?

「satsuki」は、顧客情報や予約の管理、体験プランの空き状況(在庫)などを管理できるシステムです。asoview!のローンチに際し、体験を提供していただくパートナーを訪れたところ、お客さまからの予約は電話で受け付け、ノートに記載して管理という手段が一般的でした。想像以上にアナログの業界であることを知ったのです。しかしその状態から脱却しないと、データ化が進まず、サイト側に体系化された情報を出すことができません。そこで「asoview!」のプラットフォームとは別に、パートナー事業者に「satsuki」を提供することで、業界の生産性の向上に取り組んでいます。

――アナログであったレジャー業界にITを導入されたわけですね。両サービスの開発にあたり、苦労したことはなんですか。

例えばアウトドアのパラグライダーやラフティング、インドアの陶芸体験や着付け体験など、私達のパートナーは業種がバラバラですし、在庫の観念もそれぞれに異なります。使い勝手のよいシステムを構築するには、多種多様なパターンを必要する必要がありますが、全てのケースに対応するには時間がかかりすぎてしまいます。逆に、あまりに汎用的なシステムでは、利用者の使い勝手が悪いですよね。このあたりのさじ加減といいますか、汎用化と最適化のバランスに苦労しました。
結論として、あらゆる業態で使えるように、汎用的なシステムの提供から一旦スタートしました。まずはプランの空き状況をリアルタイムに届け、ゲストの利便性を向上することを目的にしました。今後は最適化をどんどん進め、個々のパートナーにマッチしたシステムに近づけていくフェーズに入っていると感じます。

――私も実際に「asoview!」を使わせていただきました。見やすく、操作もしやすい。利用者が増えている理由が分かりました。

ありがとうございます。おかげさまで掲載しているレジャーやアクティビティ数は日本トップクラスに成長しました。JTB、Yahoo! JAPAN、地球の歩き方などのメディアとも事業提携しており、経済産業省の「観光予報プラットフォーム」に情報を提供するなどの取り組みも実施するなど、幅広く展開するまでになりました。今後も掲載レジャー数を増やすと共に、使いやすいサービスにしていきます。

 

■「ドメイン駆動設計」× Google「Material Design」

――プラットフォームの構築にはJavaを使われているとお聞きしました。何か、理由があったのでしょうか。

私の得意な言語がJavaだった、というのが元々のきっかけです。ただ最近は、少し違っています。先ほど、「asoview!」のシステムは複雑だ、と説明しました。一時期はJavaではない言語を使うことも検討したのですが、「ドメイン駆動設計」というロジックを取り入れると、うまく構築できそうだということが分かってきました。ドメイン駆動設計とは、オブジェクト指向とアジャイル開発の手法の1つであるXP(extreme programming)が融合したような設計開発手法。使う際の言語はJavaがベストだと知り、現在でも使っているという流れです。

――なるほど。では、ユーザーインターフェースに関してはいかがでしょう。

スマホでの利用を重点的に考え設計していますので、とにかくシンプルに見やすく、ストレスなく操作できるUI/UXを意識しています。具体的にはGoogleの「Material Design」などを採用。特別な技術や奇をてらったデザインは施していません。

 

■ユーザフォーカスなエンジニア組織を作りたい

――ではここからは、上記のようなサービスを実現している組織について、特にCTOとして意識されていることをお聞かせください。

これまでの組織では、事業ごとに部門がわかれ、全てのエンジニアが事業部に所属していました。エンジニアも主体的に事業について考えるという目的のもとこのような体制をとっていました。一方で、各エンジニアが自分の担当システムというものを明確に持っているわけではないので、どうしてもプロダクトに対するオーナーシップを持ちづらく、真に利用者にフォーカスしたサービスを作りづらいのではと感じていました。

――では具体的に、江部さんはどのような組織にしたいのでしょう。

ビジネスが日々拡大していく中で、ベンチャー企業としてスピードを落とさずに実績をあげていくためには、ビジネスドメイン、システムアーキテクチャそしてチームが一致している状態を作ることで、スケールする組織を作っていくことが重要だと考えています。

弊社では一口にユーザーといっても、一般消費者の方々、レジャー施設様、アクティビティ事業者様、社内のオペレーションメンバー、その他ビジネスパートナー等様々おり、それぞれ提供する価値やフォーカスする業務ドメインが異なります。

各ユーザーに対する提供価値単位でチームが構成されている状態が理想だと考えています。

それぞれのチームが、自分達が作るモノに対するオーナーシップをもち、最大限のパフォーマンスを発揮する。デザイナーやエンジニアはものづくりのプロですから、彼らがビジネスの方向は念頭におきつつも、純粋にプロダクトおよびユーザーに向き合い、ものづくりをしていくことが大切だと私は考えています。

――そのような純粋な思考が、これまでにない斬新なプロダクトやサービスを生み出すと考えているわけですね。

はい。良いサービスを生み出すには、手がけているプロダクトを心から愛し、より良いものにしたいという強い思いが必要だと私は思っています。そしてその思いは、自ら生み出し、育て上げたという、オーナーシップの精神があってこそ、だと。自分で作っているからこそ、改善のモチベーションも高まるし、結果として技術レベルがあがる。芸術家と同じような感覚です。

――つまり、エンジニアのモチベーションを高めるために、組織改革を行いたいと。

現在当社で提供しているサービスの大半は、私が作ったプログラムがベースとなっています。先の話に繋がりますが、エンジニアは自分で生み出したプロダクトではないのでどうしても深い愛情を注げないのでは、と感じています。
それぞれのチームが、主体的にサービスづくりを推進し、自律的にマネジメントされている。そこでうまれた価値の合算値が会社全体として結果につながっている。そのような組織が理想だと考えています。

■CTOになったつもりでプロダクト開発に携わる

――CTOに向いているエンジニア、また江部さんがふだんCTOとして意識されていることをお聞かせください。

あくまで私の考えですが、技術者だという思いが強いですし、そのような立ち位置を意識しています。たとえば、これも先ほどの話に繋がりますが、自分たちが作ったサービスに対する愛情がどれほどあるか、ということです。私であれば、自分が手がけた作品はおなかを痛めて産んだ子どものような感覚です。

――技術者としての心構えが大切だと。その上で、マネジメントや経営に関してはいかがでしょう。

私は自分のことを“技術特化型役員”だと捉えています。もっと言うと、組織にいる全エンジニアの代表として、役員会など経営の集まりに参加している、というスタンスです。現場で開発に勤しむエンジニアは、どうしても経営領域から離れている感覚がありますよね。そこをつなぐのが私の役目だと。
もう1つ加えると、役員の中で技術の深い部分まで理解しているのは自分だけだと思っています。だからこそ技術領域に関しては、ビジネスと照らし合わせて的確で迅速な意思決定ができると。それが一番の自分の価値だと考えています。

――なるほど。CTOに大切なのは技術者としての心構えに加えて、役員と技術メンバーとの間のいわば潤滑油のような存在になるということですね。ありがとうございました。最後にCTO目指すエンジニアにメッセージをいただけますか。

技術に対する最低限の理解やスキルは当然必須です。そこから一歩抜け出し、CTOになるにはどうしたらよいのか――。日々与えられる目の前のプロジェクトに真摯に向き合い、懸命に考える姿勢が大切だと私は思っています。

――具体的には、どういったことを考えるといいのでしょうか。

自分の持っている技術が組織の中でどのような役割を担っているのか。その技術によって会社はどのようなベネフィットを得ているのか。そしてそこからさらに一歩踏み込んで、自分はその役割を果たすために、どのような動きをすればよいのか。そこまで深く考える必要があると思います。

――つまり、経営的な視点を持ちながら日々の開発に臨む、ということですね。

ええ。現在のポジションは関係ありません。「自分がCTOだったら」「自分がCTOになったら」というイメージでいいんです。これって、別に誰でもできることですよね。ぜひ、実戦してみてください。その積み重ねが、CTOへの道だと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

樋田 和正

樋田 和正(とよだ かずまさ) 長野県出身。大学卒業後、バーデンダーを経て、2014年BNGパートナーズに参画し、コンサルティング事業部にてマネージャーとしてIT系スタートアップを中心に多数のCxO採用に携わった後、2017年メディア戦略室長就任。執行役員 メディア戦略室長 / エグゼクティブキャリア総研編集長を経験。2018年同社退職。